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シャロンⅪ

 ドロッセルは寮の中でリンドヴルムの一同にチヤホヤされている。

 身体を震わせて涙目で戦闘手アタッカーになると宣言しても、そう簡単に受け入れられるものではないが、彼女の頑固な決意はシャロンから見ていても心に響いた。みんな納得して支えるだろう。戦術長せきにんしゃとしてはありがたい限りだ。

 それを尻目に、シャロンは勝手口を開けそこから顔を出す。

 そこにはハジが居て、蛇口から水を流し、左手を冷やしていた。

 寮の中にも水道はあるからそっちに行けば良いのに、さっきドロッセルをボコボコにした負い目があるのだろう、わざわざこんな所で手当てをしている。


「ハジくん大丈夫?」

「ああ、これくらい何とも無い」


 トボけた事を言ったので、シャロンはさっきより少し威圧するように、

「ハジくん大丈夫?」

「……結構痛い」

「でしょうね」

 そう言って流水から手を出して拳をシャロンに見せる。小指の付け根が赤く腫れ上がって、見るからに痛そうだった。


「素手で魔術師殴るとかバカなの? もしあの子が異能を使ってたらその程度じゃ済まなかったでしょうね」

「ですよね、自分でもそう思った。でも咄嗟に手が出ちゃったから仕方ないじゃない」


 ドロッセルの異能の特性上、生身はジュージューに焼けるかキンキンに凍るかのどちらかだ。

 シャロンは静かに扉を閉めるとハジの傍にしゃがみ、ハンカチで彼の手を拭いて、救急箱から拝借してきた包帯を巻き始める。ハジは手を引っ込めようとするが、爪が立つほどガッチリ掴んでそれを許さなかった。


「良いよ、メンテナンスすりゃ直るんだから」

「ダメ」


 有無を言わせずシャロンは包帯を巻き始める。すぐに直る事は、手当てをしなくても良い理由にならない、と思ったからだ。

 ハジは力尽くで振り払おうとしなかったが、本当に嫌そうだった。


 彼は乾いた口調で、

「リーリスの時も思ったけど、俺は結構非道い奴だよなぁ」


 彼の弱音とか自虐とかは初めて聞いたのでシャロンは驚いた。

 本当に参っている様で憂鬱な感情が瞳に映っている。


 シャロンは鼻で笑ってからかう様に、

「何? 慰めて欲しいの? 優しくハグとかして欲しい?」

「イヤな言い方するなぁ…… して欲しいです」

「絶対したげない」

 軽口を叩くと少しは元気が出たようで、彼の表情は柔らかくなる。


「それで? あなたはドロッセルをどうするの?」


 シャロンはハジの事を信用していない。

 悪意が無かろうが、人造人間ホムンクルスである彼は、無自覚に悪事を行うという事もあるかもしれない。当人もそれを懸念しているのだろう。

 今シャロンがここにいるのも、無責任に信用して放っておくのではなく、疑って、注意して、見続けてあげようと決めたからだ。

 だからちゃんとハジの言う事を聞いておきたかった。


「うん? てっきり、“人は殺したくないけど場合によってはやむなくブッ殺します”くらい言ってくれると思ったけど、とんだ見込み違いだ。まあ、あいつも腹括ったみたいだから、俺も腹括るよ。最悪あいつと心中だな…… そうなったら迷惑かけるな」


 過激なことを言う口元はどこか嬉しそうに緩んでいた。

 シャロンは、やはり“普通の人間”では無いな、と思う。

 それでも、その言葉に嘘偽りは無いと感じた。ハジがドロッセルに納得したように、シャロンもまたハジに納得した。

 すると気が緩んだのか、また別のところにシャロンの想いは至る。 


「ふーん、良いわねぇ。命をかけれる女の子がいて」

「は?」

「そう言えばアーニャとも仲いいわよねえ。良いわねえモテて」


 シャロンは急に目の前の男が無性に腹立たしくなる。

 そう、シャロンは女体が好きなのだ。

 女体と触れ合える機会が多いのは恨めしい。 

 包帯の最後の数周を、思い切り搾り上げるように巻いた。


「ちょっとシャロン、シャロンさん痛い痛い痛いっ! 何怒ってるのッ」

「ごめんなさい、ついうっかり。ええ、うっかりよ他意は無いわ」

「うっかりってレベルじゃなかった! ポッキリいくと思ったよッ?」


 ハジが大きな声を出したせいか、勝手口がガチャリと開く。

 そこから顔にガーゼを貼られたドロッセルが顔をのぞかせた。


 彼女は異様にハイテンションかつ、舌ったらずな声で、

「あッ! こんな所にいました。何してりゅんれすか? ほら、我を褒め称えなしゃい。今ならー未来のえいゆうがー、サインしてあげますよ」

「助けてよハジ、ドロッセルちゃんずっとこんな調子で」


 その後ろから現れたニトラは困ったようにドロッセルが持っている瓶を取り上げようとしている。

 は〜〜とドロッセルが息を吐くと、鼻につく匂いがした。

 酒の匂いだ。それもかなり強い。

 シャロンはこめかみを押さえる。

 魔導学校予科生は、例によって飲酒が許可されている。が、さすがに酩酊するまで呑むのは感心しない。


「ういーー、このジュースかわった味れしゅぅ。ふたりにもあげまーしゅ」

 そう言って酒瓶をハジの頬にグイグイと押し付ける。


 ハジは負い目があるせいか、それを受け取らず、

「俺は遠慮するよ」

「らめでしゅッ! 来なしゃいッ! しゃかづきを交わしぃぎきょうだいのちぎりをむしゅぶので〜す」

「おい、何の話だ?」

「だーかーらー、ハジにはこのキズのせきにんをとってもらいましゅ。ハジはいっしょー私の命令を聞くのでーす」

「いや、ケガはちゃんと治せよ」

「なおしましゅよー、でもぉ私の命令を聞くのでーす。ほらきなしゃい」

「……上等だッ、酔い潰してやらあッ!」


 ハジは、ドロッセルに腕を掴まれ、寮の中に引っ張られていった。その横顔が楽しそうだったのでシャロンはホッとする。


「なんであんなになるまで放っておいたの?」

「それは…… 止めるべき人も酔っ払っているから、かな?」


 愛想笑いを浮かべたニトラは寮の中を見ながらそう答えた。さっきシャロンがいた時よりも陽気な声がこだましている。

 おそらく宴会状態だろう。


「シャロンちゃん、行く?」

「そうね。説教しに行きましょう」


 水を差すことになるが、酔っ払いどもには丁度いい。


第六章はここまで。


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