ハジⅡ
服屋から外に出たシャロンがチラリと振り返り、
「それじゃあ、諸々あとで取りに来るわ」
「お待ちしています」
深々と頭を下げた服屋の店員の頭頂部は少しだけ薄くなっていた。ハジはそれを見るとなんだか寂しい気持ちになった。シャロンが長い髪をなびかせ宮殿通りを歩いて行くので、それを追いかける。
服屋から宮殿の方に向かって歩いて五分ほどすると、シャロンは立ち止まる。
「これが魔導協会本部」
三階建てのモルタルで白化粧した大きな建物だ。窓の並びからして四階建てだろう。玄関からして高級そうな装飾が取り付けられ、格式の高さが伺える。
彼女は振り向き指をさしながら、
「で、あっちが、魔導学校」
通りを挟んて反対側には立派な校門があり、その奥に高い時計塔のある煉瓦造りの学舎があった。敷地はかなり広い様で、校門の左右にはやはり煉瓦造りの塀が長々と連なっている。きっと時計塔の奥にも幾つも建物があるに違いない。
校門の内外にはシャロンと同じく白いブレザーを着た人間はチラホラ見える。
「学生寮もあそこにあるから、みんな新入生でしょう」
「でも用があるのはこっちなんだな?」
「そう、先に魔導礼装を買わないと」
二人は魔導協会本部に入って行く。
エントランスの正面ある受付をすっ飛ばし、右手にある通路に入っていく。
通路の左右はブースになっていて。そこには商店が並ぶ。さながらショッピングモールだ。その中で、エントランスに一番近い店に二人は足を運んだ。
するとすぐに黄色のエプロンをした店員がやってきて、
「いらっしゃいだぜぃ、フランベルゼのお嬢さん」
身長は小さく、あどけない顔立ちの子供の様な女性だが、エプロンには三十四歳独身と書かれている。下手に突っつくと痛い目を見そうなのでハジは見ていないことにした。
「こんにちはユリン、このリストの品を見繕って欲しいのだけど」
「はいはーいちょっと待ってちょうだーい」
メモを受け取った店員は陽気に歌いながらバックヤードに引っ込んだ。
ハジは店内を見渡しながら、
「ここが?」
「そう、魔導礼装のお店は、魔導協会の施設内で販売する決まりなの。この店は協会直営。反対側にあるのは軍務省兵器開発局。隣はミリアストインダストリアル」
シャロンはわざわざ指を三本立てて、
「礼装開発の大手はこの三つね」
通路にある、ズラリと並んだ店の前には、ショーケースやウィンドウがあり剣や盾、杖や壺が飾ってある。
「おっまた」
バックヤードから戻ってきたユリンは一本の刀と革のベルト、手帳サイズの金属の板を幾つも持っていた。
「それじゃあ試してみましょうか」
シャロンとユリンは店から出てエントランスに向かって行くので、ハジはそれについて行く。エントランスには正面玄関の反対側にドアがあり、それを開けると広い中庭になっていた。
ベンチや花壇が幾つかあり、木も植えられている。チラホラ見える人影は、みんなリラックスした朗らかな顔だ。
ユリンは小さな身体を背伸びしてハジに耳打ちし、
「ここで魔術を使うのは本当は許可がいるんですけど…… 秘密ですよ」
彼女は全く悪びれず、シャロンも当然の様に振舞っているので、きっと有名無実化しているのだろうとハジは思った。
ユリンは刀をハジに差し出しながら、
「まずはこれですね」
「魔導力の制御はできる?」
受け取ろうとしたハジは、一度指先でつつく。
「爆発とかしないよな?」
「しないわ」
シャロンは呆れ顔でそう言った。
刀を掴んで持ち上げると、
「結構重いのな」
「超々高密鋼で出来てますから、見た目以上っすね」
と言っても、片手で楽々と持って入れる重さだ。それでもハジはそれが“重い”と思った。
ハジは二歩下がって、二人のいない方を向く。
ハジは柄を握ってゆっくりと鞘から引き抜いた。緩やかな反りのある片刃の刀だ。
鞘をユリンに預け、柄を両手で握り構えてみると、不思議とさっき持った時より軽く感じた。
試しに一度振るって空を切る。
力を入れるとスッと走る様に刀が動き、思ったようにピタッと止まる。
「へえ…… いいな」
刀が自在に動くのが妙に楽しくて、ハジは二度三度と降り続ける。わざわざ一度納刀してから居合抜きもした。
ユリンは胸を張って嬉しそうに、
「重心をうまく調整して出来てますから、意外と軽く感じるでしょう?」
「ああ、驚いた」
「何せ協会のベストセラーっすから」
シャロンは腕を組み、右手を頬に当てて、
「それにしても……」
「なんだよ?」
「いえ、体捌きがすごく滑らかだから。素人の動きでは無いでしょ」
「そう? 前世は大剣豪かな?」
「いやいや」
シャロンは頬に当てていた手を離し、左右に振る。
「じゃあ起動を」
ハジは目を閉じて、一つ大きく息を吐いて集中する。
魔術を行使するには必要なものが二つある。術式と魔導力だ。
生物の身体は、物質として構成される肉体と、非物質で構成される霊格とが重なってできている。
術式は霊格を加工して作られる。いわば魔術の設計図で、これの内容によって魔術の質が変わる。術式を仕込んだ道具の事を魔導礼装と呼ぶ。
魔導力は霊格の中の魂魄と言われる機関が、常に生成する、言わば動力源で、この量で魔術の規模が変わる。
ハジは身体の中心の、魂魄を意識する。熱いような、冷たいような。硬いような柔いような。そんな形容しがたい、それでも確かに存在するエネルギーの塊を意識する。
その魂魄から、絞り出すように魔導力を引き出す。右腕の中を伝わせる。腕自体にも力が満ちているのを感じた。握った手から魔導力を注ぎ込み、刀に染み込ませる。
目を開けると、刀は淡く青い光を帯びていた。
「よかった、ちゃんと出来た」
シャロンは、呆れた顔をして、
「何? まさか魔術を使ったの初めて?」
「いや、二回目」
「そう? 一度魔導力の扱いを覚えれば早々忘れないわよ」
ハジは魔導力を送り込むのを止めると、直ぐに淡い光も消えた。
「その刀は“高虎”です」
高虎は極東の錬金術を使って刀身を作り、更に硬化術式と振動術式で強化したものだ。
もともと十分に切れる刀を更に強化するため、少ない魔導力で高い威力を出せ、シンプルな術式は改造、拡張の余地が多い。
「厳密には術式のみ指して高虎なんですが…… みんな刀身の方も高虎って呼んでますね。で、これが高虎の拡張術式、“大断”です。あ、ちょっと失礼」
ユリンは柄頭をガチャガチャと弄り引っ張る。柄の中が引き出され、中身を取り出し、代わりに同じ形状の物をセットして柄頭を元の位置に戻した。
「さっきと違うの分かります?」
ハジはまた高虎に魔導力を注入する。すると、さっき注入した方と、更に別の術式があるのが確かにわかった。
「“そっち”に魔導力を流し込んじゃって大丈夫くんさい」
「わかった」
ハジはそれに魔導力を慎重に注入する。すると手にした高虎の変化に直ぐ気づいた。
「……伸びてる?」
ハジの勘違いではない。確かに高虎の長さが二〇センチほど伸びている。
「はい、大断は刀身を伸ばす術式です」
試しに、徐々に流し込む魔導力の量を増やしてみる。すると更に高虎の刀身は伸びる。
「……これってどのくらい伸びるの?」
「魔導力を増やせば増やすだけ。ただ、術式のコンセプトが近接用なだけあって、伸ばせば伸ばしただけ効率は悪くなりますね。」
「効率?」
「伸びる長さを二倍にしようとしたら、二倍以上の魔導力を流し込まないといけないってこと」
「ああ、な〜る」
魔導力を注入するのを止めるとやはり直ぐに元の状態に戻った。
「次はコレっすね、遊盾」
ハジはユリンに預けていた鞘を受け取り、高虎を納めると、ユリンに高虎を渡し代わりに金属の板を受け取った。
金属の板は手帳位の大きさで、一枚で出来ているわけではなく、三枚の板を重ねて四隅をボルトで固定したものである。
高虎のように、魔術をかける対象が物質としてある場合は、それに術式を組み込めが良いが、そうでない場合もある。その場合、術式を収める基盤を別に用意する必要がある。術式を収める基盤は、どこのメーカーでも揃っていた方が都合の良いので、魔術協会は主導して出来たのが、術式盤と呼ばれるこの金属の板だ。
ハジは受け取るとさっきと同じように魔導力を注入するが、今度は何も起こらない。
「何も起きない」
「それは思考制御型だから、ちゃんと起動するのをイメージしないと。こんな風に」
シャロンの前に赤い円盤の板がパッと宙に浮いて現れる。
「座標、大きさ、厚さ。それをちゃんとイメージしてから起動することをイメージしないと」
「ちょっと待って」
ハジは目を瞑って、シャロンの出したシールドをイメージして、術式盤に魔導力を流し込む。
「遊盾ッ!」
イメージを明確にするためにそう叫んだ。
目を開けると、そこに赤い円盤が浮かんでいた。
円盤はよく見ると真っ平らではなく中心部が凹んで卵の殻の様にドーム状になっている。
「ふう」
気を抜くとすぐに遊盾は消えてしまった。
シャロンは感心したように、
「へえ」
「なんだよ」
「いえ、思考制御型って中々起動できない人がいるから、直ぐに出来てすごいなって」
遊盾は防御魔術の一つだ。
要は、ものすごく硬い円盤を作って、それを宙に浮かす術式だ。形状は術者を包み込む様なドーム型で変えられないが、大きさと厚みは魔導能力が許す限りは自由自在だ。使用の際に両手を使わなくても良いこともあって人気があり、どんな魔術師でも護身用としてまず携帯している。ただ、イメージの構築が必須で咄嗟に使うには不向きで、しかも一点に力を集中されると意外に脆かったりする。ちゃんと使いこなすには技量が必要だ。
「次は……」
「まだあるのか?」
「あと二つです」
やはりユリンが渡したのは術式盤だ。
「これもイメージが必要なのか?」
「はい、それじゃあシャロン、お手本を」
「はいはい」
そう言うとハジの持っている術式盤を確認したシャロンは、右手を返して空に向ける、すると掌から白いネットリとした液体が湧いてくる。
「ちょっと失礼」
そう言うとユリンは預かっていた高虎を少し引き出し、左手の小指を刃に這わせた。
傷口からは血がポタポタと滴り落ち地面を汚した。
「シャロン」
「はいはい」
シャロンは液体の溜まった右手をユリンの方へ差し出す。ユリンは薬指だけ伸ばして液体を掬うようにつけた。
すると血を吸って赤くなった液体は、みるみる硬化しカサブタの代わりとなって血を止めた。
「止血液って魔術です」
止血液は救急救命用の魔術だ。
止血の他に、殺菌、消毒、痛み止め、気付け、患部の保護を目的とした魔術だ。どんな状況でも出血の放置は死につながるため、こちらも戦闘手に限らず大抵の魔術師は携帯している。術者の皮膚からならどこからでも出すことができる。が、思考制御型全般に言えることだが、イメージし辛いところから出すのは難易度が高い。大抵は手首より先から出すことになる。
「さぁお客さんも」
「ああ」
ハジは左手に術式盤を持ち、シャロンを真似て右手を天に向け止血液が溢れる様をイメージする。
「止血液ッ!」
すると掌からジョロジョロと湧く。左手から。
術式盤に意識を集中し過ぎたせいだ。
シャロンは口元を押さえ笑うのを堪えている。
ユリンは苦笑いをしながら、
「はぁ。まあオッケーっす、それじゃあ最後」
ユリンは最後の術式盤をハジに渡した。
「で、これもイメージが大事なん?」
「はい、交信板と言います、シャロン?」
「ふう、はいはい」
ユリンに言われる前にはもうシャロンの目の前には黒くて四角い板が現れる。
そこには文字がビッシリと書かれていた。
「ああ、これ知ってる。ミレーユが使ってたやつだ」
「はい、情報交換用の魔術です」
交信板の主な機能は通話、書信のやり取り、ラジオ受信、仮想掲示板の利用である。欠点として、設置された基地点の管理している範囲から出ると、機能の殆どが使えなくなる。
ハジはシャロンを真似て起動してみる。
「交信板」
するとやはり黒い表示枠に白い文字が書かれて、下部にはコンソールが表示されている。
「まずは初期設定しちゃいましょうね」
ユリンはハジと交信板の間に割って入りコンソールを叩くと、表示がめまぐるしく変わる。
「……よし、じゃあハンドルネームはどうします?」
「ハンドル? なにそれ?」
「交信板を使うときの、仮の名前っすね。ま、別に本名でもいいんすけど」
「じゃあ八十二号で」
ハジが直ぐに決めると、シャロンは合点がいったようで、指をパチンと弾く。
「“ハジ”だから八十二」
「ちょっちまってください」
ユリンはコンソールを叩く、するとリィィンと鈴の音が鳴る。
「未登録名っす、これでいいすか?」
「ああ頼む」
ユリンはコンソールをまた叩いて、
「はいはーい、詳しい使い方はマニュアル読んでください」
ユリンは右上のバツボタンを押すと交信板はハジの意思とは関係なく消えた。
「魔導礼装はこれで全部でっす。おまけでこれもつけます」
ユリンは交信板の術式盤を奪って、代わりに一本の幅の広い革製のベルトを渡す。
「付けていいのか?」
「いいすっよ」
ハジはズボンの上からベルトを付けるとユリンは腰の左側に回り込み、ベルトに付いていたホルスターに高虎を差し込む。
腰にかかる重みが妙に懐かしく、柄頭を撫でてしまう。
店員は今度は右側に移動すると、ベルトを弄る、すると革製の袋がつけられていた。
「この中にさっきの術式盤が全部入ってるんですけど…… 分かります?」
「ちょって待ってくれ」
ハジは眼を瞑って、魂魄から魔導力を腰まで伝わせる。するとやはりそこに異なる術式が在るのを認識できた。
ハジは手を伸ばして、
「遊盾ッ」
するとまた止血液がダラダラと手から湧く。
「……ガンバッ!」
ユリンの慰めが逆に心に滲みる。
腹と口元を押さえ笑うのを堪えているシャロンを見習ってほしい。
「それでお支払いは?」
「……ふう、キャッシュで責任者はザイスマン教授」
シャロンはミレーユから渡された銀時計と蝦蟇口の財布を取り出して店員に渡す。
「はいはーい、毎度ありッ」




