シャロンⅩ
日が暮れて随分と経ち、リンドヴルム寮では夕食の後の緩やかな雰囲気の中で各々自由に過ごしていた。
ところがシャロンは、玄関の前にパイプ椅子を置いてそこに座り、ハジ隊の帰りを待っていた。居ても立っていられない衝動を、腕と足を組んで堪えるが、思わず指をトントンと動かしてしまう。
頭の中に竜巻が発生したかのように、昨日の夜から動揺が治らない。
ハジが人造人間である事。
造り出したのがレジスタンスである事。
ミレーユがそれをいい事にオモチャにしていること。
魔導協会の上層部が量産化を目指していること。
どれ一つとっても、シャロン一人の力で変えられる事では無い。
“目の間に敵がいて、それを倒せば解決する”
そんな話なら、どれだけ気楽だったことか。
ギイィと寮の扉が開く音が響いた。
「ただいま」
ドロッセルを背負ったハジと、続いてアナスタシアとニトラが寮の中に入ってきた。
ドロッセルはハジの背中に顔を押し付け、子供のようにぐずっている。
ドロッセルは重症かもしれない。彼女を見たシャロンの、率直な感想であった。
シャロンは直ぐに彼らに駆け寄って、
「遅かったわね」
「警察で時間喰った。死人が出ると面倒だな。こいつ頼む」
「こほッ、わかった」
厨房で料理を温めていた主計班のフェリスは、一緒に四人分の食事を持ってきた。
ハジは背負っていたドロッセルを下ろし、フェリスに任せる。
フェリスは医師志望。メンタルのケアも恐らくリンドヴルムの中では一番だろうと、誰もが思っていた。
「やった〜、ごっはんごっはん」
「うん、ほらドロッセルちゃんも」
アナスタシアとニトラは荷物を壁際に置くと、すぐさま食卓につく。
ニトラはドロッセルの事を気遣っているのが見て取れるが、アナスタシアは待ってくと言っていいほど、ドロッセルに無頓着で、食事を前に眼をキラキラさせている。
二人に続こうとするハジの腕をシャロンは引っ張り、寮の外に連れ出そうとする。
「ハジくん、ちょっと」
「なんだよ、報告なら後でするよ」
ハジはそれを嫌がってその場に踏みとどまる。
普通の人間のように食事を摂ろうとするハジ、シャロンはなんだかそれが許せなかった。
「いいからッ!!」
思っていた以上に大きな声が出て驚いた。寮のみんなも目を丸くしてシャロンに注目する。
観念したハジは、踏ん張っていた脚の力を緩め、シャロンに引かれるがままになる。
二人は扉を出てすぐ、壁にもたれる。シャロンは心を鎮める為に深く呼吸する。
すると、ハジの方から口を開く。
「ドロッセルの事か? それならもう少し時間をくれ」
「……あんまり余裕はないわよ。オーダーを出すのが木曜なんだから」
ドロッセルが使えないなら、リンドヴルムの戦闘手は八人になる。これは対抗戦を戦う上で大問題だ。
「頼みがあるんだけど、三週間、時間をくれないか? 来週の対抗戦は棄権して、再来週ハイディ隊に出てもらって、その次に俺ら」
現状リンドヴルムは六不戦敗は避けられない。既に一回棄権しているので、あと五回まで棄権できると言える。ドロッセルのために一回流しても、ハイディは文句を言わないだろう、とシャロンは考えた。
「いいわ。その件はあなたに一任する。じゃあ本題に入っていい?」
「うぇ?」
ドロッセルの件で連れ出されたと思っていたようで、ハジは驚いて息を漏らす。
シャロンは壁から身体を離しハジの正面に立つと、しっかりと目を見据え、
「あなた、人造人間なんですって?」
シャロンは喉の奥に水銀の塊が詰まっていたかと思うほど、その言葉を捻り出すのが大変だった。
「なんだ、その事か。ミレーユに聞いたのか? あんにゃろう、人には口止めしといて」
対してはハジは、ちょっとしたイタズラが見つかったみたいに、頭を掻く。
「言っとくけど、俺は隠す気なかったんだからな」
「問題はそこではなくて…… あなた、なんとも思わないの? 自分の事について」
ハジは唸りながら考え込み、
「うーん? 別に、なんとも。俺が生まれる前のことウダウダ考えてもな。要は生まれてから何をするかだろう?」
ハジは本心からそう言っているようで、あっけらんとしている。
「いいの? あの女、あなたの事モルモットくらいにしか思っていないわよッ」
「それは俺に限った話じゃないだろ? ミレーユは手術台に乗った生き物は全部オモチャに見えてるよ。そこら辺はブレないだろ?」
人造人間として生まれると、みんなこういう割り切った考えになるのだろうか、とシャロンは勘繰る。少なくともシャロンには理解できない。
その立場になったら、思いつめてろくに眠れないだろう。
「ああ、ばれたついでに報告しとくけど、旧市街でロックに会ったよ。腸の蟲に勧誘された」
それこそ、ミレーユにハジの事を聞かされた時と同じくらいの衝撃がシャロンの頭を駆け巡った。
シャロンは右腕を上げ人、差し指をハジに向ける。集束煌の狙いを定めた。
「あなたなんて答えたの?」
ハジは両手を小さく挙げて、
「今は仲間がいるから無理だって言った」
ハジはシャロンの目をまっすぐ見てそう言った。嘘をついているふうではない。それが逆に、嘘っぽい。アナスタシアの異能のように、嘘を見抜く能力があればどんなに良かったか。
「私は…… あなたを信じていいの?」
「……無理して信じる必要無いんじゃないか?」
「は?」
「これは持論だけどさ、“信じる”ってのは悪事を働かないと思い込むことだ。“疑う”ってのは悪事を働かないよう見て回ることだ。俺みたいなマガイ物のために、シャロンが見ててくれるなら、それは結構嬉しかったりするんだぜ?」
ハジはそう言うと歯が見えるくらい、ニカッとはにかむ。すると丸一日渦巻いていた頭の中の竜巻はどこかに吹き飛んだ。
「シャロンにしか頼めないみたいだから」
ハジの考えが全くと言って良いほど理解ができなかった。疑われる事が嬉しいなんて想像も出来ないことだ。それでも、シャロンの喉に詰まった重苦しい物は、ストンと腹の底に落ちて消えた。
だから、精一杯の疑惑を込めて、
「わかった、これからあなたの事、ちゃんと見てる。なんかやらかしたらここに風穴開けるから、覚えてらっしゃい」
シャロンはハジの喉の下に人差し指を突き立てグリグリとねじ込む。
ハジは息苦しそうに、
「グェッ、そん時はだのむよ」




