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ドロッセルⅢ

 ドロッセルは五時になるとハジに起こされた。

 気象観測基地に備え付けられていた布団は湿気ていて、柔らかさのカケラも無い。

 寝心地は最悪で、溜まっていた疲労は抜けず、身体の節々は錆び付いたブリキの玩具のように軋む。特にふくらはぎは少し動かすだけでちぎれるのでは無いかと思うくらいだ。

 ハジは「夜の間は異常は無かった」と言った。

 もしも何か事が起こって、叩き起こされていたら、更に身体は重かっただろう。そう考えるとドロッセルはまだ良い方と思った。

 前日とは別のルートで帰路につく。それは前日のルートよりも地面の起伏が激しく、ドロッセルの傷んだ身体を追い立てた。

 何匹か危険種を討伐しつつ歩き、昼食を摂ると、危険種と遭遇する事も無くなる。帝都と旧市街の境界まであと少しという所まで来た時だった。アナスタシアから想定外の報告があった。


『人がいるんだけど、どうする』

『どんな様子だ?』


 直ぐにハジが問いただす。交信板(チャネルボード)表示枠(フレーム)からは風切り音がするので、彼はアナスタシアの所へ走っているのだろう。

 もうドロッセルは早く帰りたくて仕方がなかった。お風呂にじっくり浸かってからフカフカのベットで眠りたい。


『たくさんいる。なんか男と女がいて…… エロいことしてるって言うか、グロいことになってるって言うか。頭ぶットんでる…… レジスタンスかな?』

『アーニャ、突拍子も無いこと言うもんじゃない』

『あー…… 突拍子も無いのか』

『うわぁ…… 僕も確認したよ。確かになんか変だね。どうする?』

『女の人やばいよ。そろそろ死んじゃうんじゃないかな』


 ハジは少しも考え込まずに即断し

『アーニャとドロッセルで尋問。俺とニトラは周辺警戒』


 旧市街地は全域帝都が管理している、都有地である。一般人は立ち入り禁止なので、少なくとも不法侵入の現行犯で、さらにほぼ確実に婦女暴行である。

 見逃すわけには行かない状況だ。


『わかったよ』

了解ラジャー

『……おいドロッセル、聞いてんのか?』

「あッ、はい大丈夫です」


 返事をしたつもりだったが、ドロッセルの口は意識に追いつかなくなってきていた。彼女の疲労はピークに達していた。早く寮に帰ってお風呂にジックリ浸かって、フカフカの布団で眠りたい。もうその事だけで頭の中が一杯だ。

 だがそれも、ハジの一言で吹き飛ぶ。


『アーニャ、ドロッセル。反抗的なら殺して良い』


 錆び付いたドロッセルの脳みそは、ハジの言葉を聴いてようやく動き出す。

 人を殺す。

 ドロッセルは自分がそんな事に関わるなんて夢にも思ってなかった。

 曲がりなりにも戦闘手アタッカーを目指す以上は想像はしていたが、実際に命令されると、想像を遥かに超える怖さが彼女の身体を支配した。

 絶対にそんな事したくなかった。


「ダメですよッ そんな、殺すなんて……」

 ドロッセルは慌てて表示枠(フレーム)に言葉をぶつける。


 だがハジは苛立ちのこもった声で、

『ふざけんな、魔術師だって頭に鉛玉の一発でも撃ち込まれりゃ死ぬんだぞ? 一手譲ってるだけ良心的だろうが」

「でも、悪い人かもしれないけど…… 殺すなんて……」

『じゃあどうする? このまま無視して寮に戻るか? 帝都の役人はともかく、女の方はそれこそ生死がかかってるぞ? 加害者の命を大事にして被害者の命を蔑ろにするのが、お前の言う英雄像か?」

「いえそれはッ! 違いますけど……」

 そんな事は無い。絶対に無い。

 だからと言って、人を殺める事が許されるとはドロッセルには思えない。


 ハジは少しだけ黙ってから、一転して和やかな声で、

『分かったよお前の言う通りだ。殺生は良くないよな』

「はいッ」

『じゃあ、お前なんとかしてこい。連中説得してこい』

「え? 上手くいかなかったら……」

『そりゃ連中次第だよ』


 アナスタシアはこんな状況でも無邪気な声で、

『どうでも良いけど、早くしないと死んじゃうよ』

「分かりましたッ やってみます」


 ドロッセルは棒になった足で悪路を行き、不審者達の元に向かった。

 どうすれば説得できるか考えてみるが、こんな状況は初めてで、全くと言っていいくらい、考えが浮かばない。

 アナスタシアは彼らから見えない位置で石壁に寄りかかっていた。彼女は親指をクイっと向けて不審者達を差す。

 不審者達は崩れた廃墟の地面にボロボロの絨毯を敷き、その上にいた。

 非道いというものじゃなかった。

 三人の裸の女性が中央にいて、その周囲に何人も男が囲い、彼女らに奉仕させている。

 女性達は身体中に青あざや火傷の痕があり、表情からは生気がなく、虚ろな眼でどことなりを見ていた。ドロッセルの目から見ても危険な状態だと分かる。


「うェッ!」

 ドロッセルは目を背け、うずくまり吐き気を我慢する。

 アナスタシアは心配そうにドロッセルの背中をさすりながら、


「大丈夫? やっぱり殺す?」

「平気ですッ、私にかかればお茶の子さいさいですよ。行きましょう」

 そう啖呵を切ったドロッセルは竦む脚を一回叩き、立ち上がり石壁の影から出る。


「クックック! 我は天使と悪魔の間に生まれし穢れた存在ッ!、我が命じる、その女性ひと達を解放しなさいッ!」

 バシッ!っと決めポーズを忘れない。だが身体がガタガタ震えていつもよりぎこちない動きだった。


 アナスタシアは壁に寄りかかったまま呆れ気味に、

「ああ、空想モードそっちでいくんだ」

 突然現れたドロッセルに男達は一瞬ポカンとし、動きが止まるが、直ぐに嘲笑と罵倒をぶつける。


「あはははッ! 見ろよ、漫画コミック仮装(コスプレ)してるぜッ!」

「きっと杖からビームとか出すんだぜッ? ほらほら出してみろよ? ぎゃははは」

「われはぁ、けがれた存在ぃ! かいほうしなさいぃ! ぐへへへへ」


 男達はドロッセルの言葉に聞く耳を持たなかった。女の人達ばかりを見ていたせいで、気が付かなかったが、男達の方も相当様子がおかしい。遠目にもわかるくらい血管が浮き出て、異様に息を荒げ、口からダラダラと唾液が滴っていた。


「こんなところまできて一人遊びなんて寂しいだろ? 俺らが一緒に(あそ)んでやるよ。おい」

 偉そうにふんぞり返っているリーダーの男がそう言うと、男達の中から三人、気色悪く笑いながらドロッセルに近づく。


「ちょっと発育がわるいなぁ」

「そっすか、俺は全然ありすっすよ」

「お前はロリコンだからな」


 あまりの気色の悪さに、ドロッセルは逃げ出したい衝動を覚える。

 後ろに下がってしまいそうな足をなんとか踏みとどまって手製の杖を掲げる。


紅なる灼熱レッドエクスプロージョンッ!」


 杖の先には紅い球が現れ徐々に大きくなっていく。

 それを見た男達は流石に動揺したようで、足を止める。


「良いですか、これを撃ったら火傷じゃすみませんよッ! 早くッ! 言うことを聞いてください」

「おめえ、魔術師か? 良いねえまだ魔術師はオカした事ねえんだ」


 リーダーの男は床ー地面に置かれていた刀を取り出し引き抜く。

 それは高虎ハイドラだった。


「なんでッ あなたがそんなものを……」

「世の中には、裏のルートがあるってこった」


 魔導礼装の購入は、魔導協会の監視の下で行われる。

 男はとても魔導協会の会員には見えないので、きっと誰かが横流ししたのだろう。

 リーダーの男は高虎ハイドラの淡く光る刀身ブレードをベロリと舐める。

 高虎ハイドラ自体はとりあえず起動するだけならそれほど難しくない。ある程度の魔導の才があれば比較的簡単に扱える。


「魔術師って頑丈なんだろ? フヒッ楽しみだなぁどんな声で啼くのかなぁ〜」

 リーダーの男は恍惚の表情を浮かべ、フラフラと揺れながらドロッセルに近づく。


「ヒャハああああッ!!!」

 急に奇声をあげたリーダーの男は仲間を押しのけ、高虎(ハイドラ)を振り回しながらドロッセルに向かって襲いかかる。


「ッッ!!」


 咄嗟にドロッセルはリーダーの男に向って紅なる灼熱レッドエクスプロージョンを撃った。

 それは牽制のつもりだった。男の頭上を越えて彼方で消えるはずだった。

 だがブンブンと振り回す高虎ハイドラ紅なる灼熱レッドエクスプロージョンを掠めると、そこから爆熱が溢れ出る。


「あ?……」


 爆熱の直下にいたリーダーの男は間抜けな声を残して、一瞬で真っ黒に焦げ固まり、吹き飛ぶ。幾つかのパーツに砕け、地面や壁にぶつかると、ガラガラと重い音を立てる。

 その中の一つがドロッセルの足元に転がり込む。

 それは頭部だったもので、焼け焦げた眼窩がドロッセルの方を向いていた。


「あ、ああ」


 人を殺してしまった。それだけが脳髄を支配し、もう小難しい考えが巡る事は無い。

 ドロッセルは身体の感覚がなくなる。手足は痺れ、目が霞み、耳が遠くなった。

 ザーッと、意識が落ちる。


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