ハジⅩⅢ
「ハジ、眠れた?」
「いや全然、お前はよく眠ってたけどな」
「でも全然寝足りない、ふわ〜ぁ」
ハジは、アナスタシアが眠そうに両手を上げて身体を伸ばすのを見ると、なんだか羨ましくなった。
人造人間であるハジは休息というものが取れない。どれだけの睡眠を取っても殆ど疲労が抜ける事がない。
代わりに定期的なメンテナンスを受け、身体を調整する必要がある。
日付が変わる頃にハジとアナスタシアは見張りの番を交代した。
深夜という事で徐々に気温は下がっていく。ハジは肌寒さを感じ、ふとアナスタシアを見ると、やはり略式制服の袖をロールアップしたままだった。
暑がりにもほどがあるだろう、とハジは思った。
時刻は二時を回ったところだ。
建物の周囲には、これといった生き物は見えないが、時折動物の鳴き声や物音が聞こえる。
「ハジ見られてる」
野生動物の楽園である旧市街の中でアナスタシアがわざわざそう言ったということは、相当危機的状況なのだとハジは察した。
極力動じないように、
「どっち?」
「あっち」
そう言ってアナスタシアは三十メートルほど先にある建物の上を指差す。
そこには闇夜に紛れてあの黒いロングコートを着た人間が立っていた。ただフードはかぶっておらず、気味悪く発色する緋色の瞳が見て取れた。一見ショートカットのようだが、風が吹くたびに頭の後ろの短いポニーテールがフラフラ揺れる。
彼女はハスキーな声で気さくに話しかけた。
「よう、弟くん。迎えに来たぜ」
ハジにレジスタンスに知り合いはいなかったが、心当たりはあった。
腸の蟲の一員だ。
「お前、ロックって名乗ってんだろ? 六十九号、って事で良いのか?」
「ご名答、流石だ。お前のお姉ちゃんだよ」
ロックは心底嬉しそうに両手を広げ、微笑んで答えた。
生き別れの兄弟との感動的な再会。彼女はそんな風に捉えているのかなぁ、とハジは思った。
ハジはどうしたもんかと考え、そしてボソボソと呟く。
「なぁ、魔導学校は窮屈だろ? 俺と一緒に来いよ、他にも兄弟がいっぱいいるぜ?」
ロックは手を伸ばしてそう言った。
腸の蟲は確か人材を融通して金儲けをする集団だったか、と思い返す。
ハジは頭をガリガリ掻いて、
「生憎、金に興味はないんだ。お前らの金儲けに付き合うつもりはないよ」
「金儲け? 違うよハジ、俺たちの目的はそんなところにないんだ」
ロックは弁解するように続けた。
「おかしいと思わないか? この国にはただの人間が偉そうに帝冠をかぶってやがる。“母さん”はそれを変えたいんだよ」
「結局、やってる事は他の過激派と同じく国取りだろ?」
にこやかだったロックはムッとした表情に変わると、
「一山いくらのレジスタンスと同じにするな。変えるのは帝国じゃねえ、世界だ」
「はあ?」
「ハジ、人造人間の製造は国取りの為に使うんじゃねえ、その後に使うんだよ。造るんだよ天帝を」
またとんでもない単語が飛び出してきたなぁと、ハジは呆れる。皇帝を退け、代わりに人造人間に帝冠を被らせる。
にわかには信じる事は出来ないが、彼女の言いようは真に迫っていた。
「既にラストナンバーの製造は始まってる。半年もすりゃあこの国は滅びる。そうなりゃ…… 母さんの悲願が叶うッ」
ロックは声高らかにそう言った。まるで自分に言い聞かせているようだ。もしかしたら彼女は国取りなど、どうでも良いのかもしれない。ただ、慕っている人のために働きたいのだろう。
だが、ハジの心には響かなかった。
「う〜ん、気持ちは嬉しいんだが、誘いにゃ乗れない」
「なんで!」
「ここには俺の仲間がいるんだ」
照れて悶えてしまいそうな言葉を、照れも悶えもせずにハジは言った。
「そんな…… 理由で…… 兄弟より、そんなもんが大事だってのかよッ!」
「そんな事はないよ、兄弟だって大事だ。もし俺が目覚めた時にお前がいたら、今頃楽しく国取りしてるよ。でも先にみんなと出会ったから、裏切るわけにはいかないんだ」
ハジはピョンと跳ね、屋上の手すりの上に乗った。
高虎を引き抜く、起動した刀身は闇夜の中で淡く光る。
「俺と…… 戦うのか?」
「ああ、仲間殺されて兄弟を恨むくらいなら、兄弟殺して自分を恨んだ方が良い」
「分かんねえよ…… 俺はッ、お前を殺せねえしッ! 死んでほしくねぇ!!」
「優しいんだな、それじゃあ死んでくれ」
ハジは高虎を夜空に掲げ、ロックが身構えそれに注目した。
その時だった。
ロックが立っていた建物の屋上から、ピカリと光る刀身がしなりながら伸び、ロックの身体を襲った。
「ッッ!!」
刀身はロックの右脚を縦に切り裂きついでに右腕を肩口から斬り落とす。
ロックは崩れ落ちながら、悲しみの籠った視線をハジに向けた。
すると直ぐにロックの身体は切り落とされた腕と脚を残してフッと消えてしまう。代わりにアナスタシアが、屋上の床を切り抜いてそこから現れる。
ハジは最初、小さな声でアナスタシアに指示を出した。「時間は稼ぐから、ロックに気づかれないように死角にまわり込め」と。二階の窓から隣の建物に飛び移るとそこから建物伝いに移動したようだ。
ロックは感情的になっていたこともあり、アナスタシアは楽に移動できた。
アナスタシアは背筋が凍るような冷たい視線で辺りを見渡すと、直ぐにいつもの無邪気な顔つきに戻る。
「ゴメ〜ン、失敗った」
「いや、あれは向こうが一枚上手だったよ」
アナスタシアの変幻刀改の軌跡は完璧だった。が、ロックの方が、咄嗟に体勢をずらして、刀身が急所に当たるのを避けていた。
「やっぱり、良い腕してやがる」
アナスタシアは周囲を見回しながら、スキップするように建物の上を跳ね、ハジの元までやってきた。
「うーん、もうここらには居ない」
「あれじゃ死なないだろうな」
「そうだね。“死体を確認しない限りは生きてると思え”ってパパがよく言ってたし」
高虎を鞘に収め、手すりの上から降りると、アナスタシアと目が合う。
彼女は困ったように微笑みながら、
「ハジ、この事みんなに言わないほうが良いよね?」
人造人間の件がデリケートな事だと分かっているのだろう、だからこの事をどうすれば良いのか持て余しているようだ。
「うん? いやそれは…… そもそも俺と奴の会話でどこまで分かったよ?」
「え? ハジとあの女は姉弟で、人造人間なんでしょ?」
「……まず、“お前は人造人間だったのか〜、騙しやがって〜”、とか思わない?」
真剣さは無く、かと言って茶化すでも無く、ほんの少しだけ小馬鹿にした口調で、
「は? ハジは“ハジ”でしょ? それだけ感かれば充分じゃん?」
すると、腕を後ろに回り、少し首を傾げて上目遣いになったアナスタシアは、クシャッと顔を綻ばせる。
「……そうか」
よくもまあ、信頼されたものだなぁ、とハジは思った。




