シャロンⅨ
シャロンは銀時計を懐から取り出し、龍頭を押し込むと、蓋がパカリと開く。忙しなく動く秒針を尻目に、長針と短針は仲良く寄り添っていた。
そろそろ日付が変わる時間だ。
ハジたちは無事夜営地点まで行けただろうかと心配になるが、頭をふって気持ちを切り替える。
魔導学校医学部救急救命科。
その教授室の前にひとつのファイルを持って、シャロンは立っていた。一度深呼吸してから、ドアを三度叩く。
部屋の中から細い声で、
「入りたまえ」
「失礼します」
それを聞いてシャロンは、ドアを開き中に入る。
それなりに広い部屋のはずなのだか、山のように積まれた本や書類、見慣れぬ機材で埋め尽くされ、圧迫感が凄まじい。それでも歩くための道が出来ているため、シャロンはなんとかデスクの前までいく事ができる。相変わらず部屋の主は片付けがド下手だ。
「珍しいな、君から訪ねてくるなんて」
デスクチェアに腰掛けたミレーユは、コーヒーカップに口をつける。
「二、三聞きたいことがあって…… 今いい?」
「ああ、ちょうど休憩していたところだ」
逆を言えば、休憩が終わればまた作業に戻るという事だ。
ミレーユの目の下には濃い隈、痩けた頬、青い唇。今にも病院に担ぎ込まれそうなこの医者はまだ働くようだ。
「端的に聞くけど…… ハジくん、彼は何者?」
「何者…… とは?」
コーヒーカップから話したミレーユの口元は少し笑っていた。
はぐらかすような彼女の様子にシャロンは苛立ち、気持ちを鎮める為に腕を組む。
「色々あって有耶無耶になっていたけど、彼の出自について、わかっていることを教えて」
「“彼は記憶がなく、一か月前から私が後見人になっている”では不満かな?」
「ええ不満ね、あなたはそんな殊勝な人間ではないでしょう?」
「それでは、私が尋問される根拠にはならないな。大体、君に説明をしなければならない理由が無いしな」
「理由なら、ある」
シャロンは抱えていたファイルの中から、新聞紙のスクラップを取り出す。
オウルに無理を言って集めてもらったものだ。
「“クロイツェル執務官、レジスタンスのアジトを急襲、帝国側に死傷者なし”。これがどうした」
「この報道があったのが三月三日」
次にシャロンは魔導教会の活動報告書の写しを取り出し見せた。そこには協会役員の活動が記されているものだ。
「三月二日付け“ザイスマン教授、クロイツェル執務官の依頼により出動”。これは明らかにおかしいわよね?」
「おかしくはないさ、私は救命医だよ? 戦闘があれば、負傷者が出る。そうすれば、私が飛んで行くのは不思議ではあるまい?」
「いいえ、おかしいわね。クロイツェル執務官はレジスタンスを一人残らず殺すので有名ですもの。そしてクロイツェル執務官の方には怪我人が出ていない以上、あなたの出る幕はない」
ミレーユは言葉を探しているようで、うなじをさする。
逃げ道をなくすためシャロンは更に詰問する。
「あなたがクロイツェル執務官の依頼を受けたのはいつ?」
「三月二日だ」
「あなたがハジくんと会ったのはいつ?」
「三月上旬だな」
「彼は…… 何者? まさかレジスタンスの一員?」
シャロンはそう言ってみたが、まず無い事だろうと考えていた。ミレーユは政治に無関心だし、クロイツェル執務官が見逃すとも思えない。
ミレーユはデスクチェアにもたれる。背もたれがギギギと軋みながら倒れる。
コチコチとどこからともなく時計の音が聞こえる。見えるところにはないので、紙の山に埋もれているのだろう。
「君には案外、探偵の素質があるのかもな」
ミレーユは引き出しから書類の束を取り出してデスクに置いた。それは折り目一つなく、綺麗に整頓されていた。
シャロンが書類の束を取ろうと手を伸ばすとミレーユは、
「人造人間を知っているか?」
急に突拍子もない単語が出てきたので、シャロンは驚いて手を引っ込めた。
「話には聞いたことあるけど…… 机上の空論すら出来上がってないんでしょう?」
生物は肉体と霊格が折り重なって出来ている。魔導技術の発達もあり、多くの臓器に関しては人工的に造り出すことができるようになった。
しかし未だ、それぞれの根幹とも言える、脳髄と魂魄に関しては造り出す目処が立っていない。
「正確にはゼロから造り出す事が出来ないだけだ。読んでみたまえ」
シャロンは恐る恐る書類を手にとって、ページをめくる。その度に腹の底からドス黒い物が這い出てくるような錯覚を覚えた。
それはクロイツェル執務官が制圧したレジスタンスのアジトの施設についてのレポートだ。
そこでは人造人間についての研究が行われており、既に実用段階にあるというものであった。肝心なのは人造人間の製造方法である。
要約すると、百人の人間を生きたままミキサーにかけドロドロにし、液状の霊薬と混ぜ、沈殿したモノをこねて人型にするというものだった。
材料になる人材の能力によって、出来上がりの質も変わってくる。例えば、剣術に精通している人造人間を造りたいなら、剣術を修めた者たちを材料にすれば良い。
その身体はとても不安定。定期的なメンテナンスが必要で、それを怠ると一週間程度で死に至る。またメンテナンスをし続けても寿命は短く、早いと半年、長くても三年程度だとされている。
レポートには、その人造人間に関する技術は全て得ることができたと書かれていた。
貼り付けられているカラー写真を見るたびにシャロンは喉から反吐が出そうになるのを堪えた。
「当分ハンバーグは食べられないわね」
「しおらしいな」
「……ミレーユ、ハジくんは……」
この資料をわざわざ見せたということは、ハジと関わりがある。それを察すると、シャロンの身体を駆け巡る重い感情は、身体中の毛穴から噴き出してしまいそうだ。
つまり、
「第八十二号実験体、それが彼の本名だよ。彼は人造人間だ、記憶喪失なんて小難しいものじゃない。単に稼動してから一ヶ月しか経っていないから、それ以前の記憶が無いだけだ」
シャロンは言葉が無かった。
人造人間などと言っているが、実際には肉の塊。あのどこか間の抜けた、人間味のあるハジが、マガイ物だなんて、にわかには信じられなかった。
レポートの内容が信じられず、何度も読みこむが、内容が変わるわけもない。
パラリとレポートに挟まれた写真が一枚落ちる。それを拾って見ると、水槽の中で真っ赤な液体に沈んでいる虚ろな目をした。ハジの姿が映っていた。
「それはまだ稼動する前のものだ。立ち上げるのは一苦労だったんだが、上手くいってくれたよ。あの男があれば、当分は楽しめる」
まるで新しく手に入れたオモチャを自慢するようなミレーユの言いように、さっきとはまた別の感情が込み上げる。
「あなたは…… 何様のつもりでッ!!?」
「決まっている、魔導学校医学部救急救命科の教授様だろう?」
そう言って、ミレーユはネームプレートを持ち上げ、見せつける。
ミレーユは珍しく興奮していて舌の回りが速くなる。
「腐っても魔導協会は帝国の一機関、体面上こんな研究はそうそう出来やしないが、連中が頑張って集めてくれたデータのお陰で私も研究できる。人間を人間が造る、こんなに面白い研究テーマがあるかね?」
ミレーユは口角を上げギラリと歯を見せ笑う、それは今まで見たことの無い、悪霊に取り憑かれたようだった。
シャロンはデスクに手を付き声を荒げ、
「こんな非人道的なッ、許されるわけがッ!」
さっきまで楽しそうに笑っていたミレーユは急にスイッチが切れたように無表情になる。“非人道的”という単語がいたく嫌いのようだ。
「許されているのさ。でなければ入学式の前日に入学許可が下りるわけがあるまい。いくら学長が小物とはいえ、この技術の価値は分かるさ、少し背中を押してやれば簡単に折れたよ。“レジスタンスや敵国の捕虜を潰して、戦力を増強できる。こんなに素晴らしい事はない”、と上の連中は思うだろうね」
シャロンは、どこか知らない世界に紛れ込んでしまったのではないかと思い始めた。それくらい現実味の無い話だ。
足元が無くなり、奈落の底に落下しているような感覚に襲われる。
それを察したミレーユは、
「……なるほど、君がこの研究テーマを気に入らないのはよく分かったよ。ではどうする? 研究を中止するかな? そうすれば彼は廃棄処分という事になるが?」
もちろんそんな事をさせるわけには行かない。
非道とわかっていても、動き出してしまったモノはもう止めようがない。
「彼は…… どこまで知っているの? 自分の事」
「もちろん、彼には何一つ隠し事はしていないよ。自分が人造人間だという事も、レジスタンスに造られたという事もね」
「……レジスタンスって?」
「君もよく知っているだろう、先日手合わせしたはずだ」
シャロンの脳裏に、入寮式典の直前に見た黒いコートが思い浮かんだ。
「“腸の蟲”?」
レジスタンスは常に人材不足だ。
そのため、打倒帝国のために、レジスタンス同士が人材を貸し出すことがある。
腸の蟲はそれを取り持つ組織だ。
「そう。裏の人材派遣会社が、人を材料に人造人間を作るなんて本末転倒だと思わんか?」
ミレーユは一息つくと、コーヒーカップの黒い液体を飲み干した。




