ニトラⅢ
ハジ隊は日が落ちる前に旧市街の端までやってきた。地図上のマークを頼りに今晩の夜営ポイントを探す。
旧市街の端も端、草原との境界線上にその建物はあった。
明らかに他の建物より建てられた時期がズレている、煉瓦造の二階建ての小屋だ。重い鉄の扉を開け中に入る。
中は整備され、医薬品や非常食、火薬式のライフルと弾薬、小型の蒸気発電機と石炭など、十分な物資が溜め込まれていた。
二階には観測用の機材が埃を被っていた。こちらは、放棄されてから随分と時が経っていたようで、傷みがひどい。
ここは元々は気象観測用の施設だ。ここから観測用の気球を飛ばし、必要なデータを取るために使われていたのを軍が引き取って、拠点として活用している。
天井から吊るされたランプに火を灯し、荷物を降ろすとニトラは少しリラックスできた。
アナスタシアは絢豪外套と絢豪装甲を脱ぎ捨て、ググッと身体を伸ばし、
「ああ〜、着いた〜」
「あんまり気ぃ抜くなよ。飯食ったら交代で休もう、まず俺とアーニャが休む、その間ニトラとドロッセルは周辺警戒」
椅子に座るドロッセルはショートブーツを脱ぎ、脹脛をもみながら、
「うう…… 先に休めないんですか?」
「別に横になれる時間は変わらないよ」
朝方あったドロッセルの威勢の良さはどこかに行ってしまった。肉体的な疲労もそうだが、精神的な負担も大きいのだろうとニトラは思った。
火を起こし、小さなフライパンをその上に置く。ベーコンエッグを作って厚切りの食パンの上に乗せる。
あとはトマトとオレンジ、それぞれ半分づつが今晩の食事だ。
四人は黙々と口に運んだ。
重苦しい空気だ。その所為で、濃い味付けのベーコンエッグはなんだか砂を噛んでるように味気ない。ニトラは雰囲気を変えたくて、地図を取り出しその裏に書いたメモを見て、今日の戦果を確認する。
「ハジ、今日のところは、まずまずの出来だったんじゃない?」
すでにノルマの七割ほど討伐できてる。怪我人もなく、ほぼ予定の時間に拠点に到着できた。
十分褒められる内容だとニトラは考えていた。
「任務の最中に評価なんて出来ないよ。わかってんだろ」
そう、ここまで順調でも、帰り道にトラブルが起これば何の意味もない。特にドロッセルの様子を見れば、この先楽観視する方がおかしい。
ハジはお昼からずっとピリピリしている。ドロッセルにプレッシャーをかけるために意図してやっているのだろう。
ニトラはもう諦めて、そのままの雰囲気で四人は黙々と食事を口に運ぶ。
全員が食事を終えると、ハジは銀時計を見ながら、
「今が十九時だから…… 日付が変わったら交代。明日は五時になったら飯食って出発、ニトラ、任せたぞ?」
「わかった、じゃあ行こうかドロッセルちゃん」
「はい」
ニトラはドロッセルを引き連れて、二階に上がり、そこから伸びる階段を上がって、屋上に出る。 屋上は周囲の建物よりも一メートルくらい高いが、それだけで見晴らしが別格に良い。
頭上には満天の星空が広がる。明かりにまみれた帝都からでは見えないような、小さな星までちゃんと見える。あまりに綺麗だったので、ニトラはうっとりして天体観測に浸っていた。
ハッと、自分の役割を忘れていたことにニトラは気がついた。周辺警戒を怠ってはならない。
と言っても、すでにこの小屋の周囲には銀色の仕業の展開が済んでいるため、目視の監視にはあまり意味がない。
それこそ、ドロッセルの目を借りる必要なんてない。
「ドロッセルちゃん大丈夫? 休んだら?」
「いいえ、平気です」
「ハジには秘密にしておくよ?」
「……ズルはダメです。英雄のすることでは無いのです」
「そっか、ドロッセルは偉いねぇ」
ニトラは旧市街の方に目を向け、ドロッセルは反対の方を向いて監視をする
しばらくそうしていると、ドロッセルは口を開く。
「ニトラは人を…… 殺したことがありますか?」
「あるよ」
ニトラが即答すると、彼女の身体がビクッと浮き上がったのが背中越しでもわかった。
「それは…… どんな?……」
あまり、自分でも思い出したい事ではないが、ニトラはその時の経緯を説明した。面白い話でもなかったので出来るだけ要約して。
十歳の父親に連れられて、とある密林を探検していた時、そこで密猟者と出くわした。逮捕したかったが、強く抵抗されたので仕方がなく殺めることになった。
その時のことは今でも夢に見る。密猟者の断末魔の叫びは、脳裏から離れることが多分一生ないのだろうと、ニトラは思った。
それを聞いたドロッセルは、
「私は……」
それだけ呟くと、彼女はもう何も言わなかった。




