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誰が為の魔導技術  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
知っている事、知らない事
33/63

ハジⅫ

旧市街に到着した時には、ニトラとドロッセルの懸命な励ましもあり、ハジはメランコリックな状態から抜け出していた。

 旧市街は帝都に隣接する形で存在するが、鉄条網で分断されていて、一般人の立ち入りを阻んでいた。

 元々hハウシュカに遷都される以前に人が暮らしていたところだが、老朽化を理由に破棄され、今では危険種の巣窟になっている。

 鉄条網には旧市街に行き来できるよう一箇所だけゲートになっているところがあり、そこには警備兵が常に待機している。

 警備兵に銀時計を見せると、すんなりとゲートを開けてくれた。

 旧市街はボロボロだ。

 建物も地面の舗装も大理石で作られているが、ひび割れ、崩れ、樹木が伸び、本来の役目を果たすことはもう出来ない。

 昆虫や小動物の姿もすぐに見ることができた。

 ハジはグラディスから渡された地図を確認する。

 地図上では旧市街は海岸線に沿って細長く形成されていてその先に草原が広がっているのだが、ハジのいる場所からは草原なんて全く確認できない。かなり広い事が伺える。

 今日は危険種を討伐しつつ、旧市街を縦断し端まで行って夜営。明日、また別のルートでまたこの場所まで帰ってくるプランだ。


「向こうまで三十キロくらいかな、やっぱり大きい」

 地図を覗き込んできたニトラはそう言った。


「よーし、お前ら、よく聞け」


 三人はハジを見る。

 アナスタシアはいつもと同じ無邪気な顔。ニトラはいつも通りの愛嬌のある顔、ドロッセルはいつも通りの不敵な顔、これから危険種討伐するような面子には見えないのでハジは少し不安になる。

 一番の問題はドロッセルだ。

 アナスタシアとニトラに関して、戦闘面に不満はない。今リラックスしているのは経験が充分だからだろう。

 だが、ドロッセルは問題大あり。今回の任務クエストは彼女の最終試験でもあるのだ。


「とりあえず、互いにフォローできる距離を保つよう心掛けろ。特にアーニャ、勝手にどっか行くな」

「「了解ですイエッサー」」

 アナスタシアとドロッセルは元気に敬礼する。


「あとは交信板チャネルボードを常に待機スタンバイモードにしておこう。そうすれば通信できるから」


 ニトラがそう言うとやはり二人は、

「「了解ですイエッサー」」

「よし、出発」


 そう言ってハジ隊は旧市街に足を踏み入れた。

 入ってしばらくは危険種と遭遇することも無く、隊列を組んで進む。

 先頭にハジとアナスタシアを横並びにおき、その後ろにドロッセル、更に後ろにニトラがついてくる、鎚型陣形ハンマーヘッドという隊列だ。ハジとアナスタシアは建物の屋根伝いに進むが、ニトラとドロッセルは道なりに歩く。

 互いの距離は五十メートルほど。魔術師にとってはこれでも互いにフォローできる距離だ。

 とはいえ、この距離でしっかりとコミュニケーションを取る為には交信板チャネルボードが必須だ。

 ハジの顔に右側には交信板チャネルボード表示枠フレームが浮かんでいる。


『アーニャちゃん、先行しすぎ』

「少しペース落とせ」

『ええぇ、みんなが遅いんだよ』

『はあ、はあ、アーニャが、速いです』


 表示枠フレームからは三人の声が聞こえてくる。

 雑音が気になるが、それでも話をする分には問題ない。

 ハジは振り返り、帝都の方をみる。煉瓦の焦げ茶色やコンクリートの灰色が、立ち昇る排煙に霞む。こうしてみると、帝都の空気は汚そうだ。


「これってもう圏外なのか?」

『そう、代わりに僕が中継役ハブになってるんだ』


 通常、交信板チャネルボードを使うためには、魔導協会の設置した中継局の送受信圏内に居なくてはならない。その外に出た場合、誰かしらが中継役ハブにならなくてはならない。この場合で交信できるのは中継役の送受信圏内の人物とだけである。

 ハジ隊ではニトラがその役目を果たしていた。

 ニトラは同時に索敵も行う。

 先行させている銀色の仕業シルバリオンから細く伸ばした触手を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、生物の出す熱や魔導力エーテルを感知する。


『十時の方角に大きな反応』

「よし、近づいてみよう」


 ニトラの情報をたよりに、ハジ隊は進行方向を変える。

 五分ほど進むと、天井の崩れ落ちた建物の中を埋め尽くすように、緑色の巨大な塊が収まっていた。

 最初に到着したハジは、隣の建物の上から覗き込む。


「なんだありゃ」


 緑色の塊は表面がザワザワ動く。湿った生臭い空気が辺りを覆う。

 ハジはグラディスから渡された資料を確認する。

 危険種、オオゴケネズミである。

 体長二十センチのネズミで、背中にコケを生やし、それと共存関係にある。

 一匹だけでも十分大きなネズミなのだが、常に巨大な群れで行動する。この群れが帝都に入り込むと、感染病が蔓延してしまうため。早急の駆除が求められる。


「うはぁ、きっっも」

 すぐにハジと合流したアナスタシアは舌を出して、肩をすくめる。


「どうする? 私あれに突っ込むのやだよ?」

「俺だってやだ。殲滅は囲ってから潰すのが一番楽だ。ニトラ」

『任せて』


 オオゴケネズミの埋め尽くす建物の周りを銀色の仕業シルバリオンの細い触手がぐるりと一周する。徐々に触手は太くなり、そこから上に薄い壁が伸び、建物を囲う塀ができる。


「ドロッセル、大丈夫か?」

「はあ、はあ、大丈夫です」


 息も絶え絶えなドロッセルは両手を膝につき、肩で息をしながらそう言った。

 旧市街の崩れた舗装を歩くのはかなり体力を使う。まだ探索は始まったばかりだというのに、先が思いやられた。


 しばらくそのまま息を整えたドロッセルは、グッと上体を起こし、

「クックック、我は天使と悪魔の間に生まれた穢れた存在、この程度の散歩で疲れるほどなんじゃくではないッ!」

「それだけ威勢が良けりゃ大丈夫だな。特大の蒼球あおだまぶち込んでくれ」

「蒼球? それは蒼なる極寒ブルーエクスキュージョンのことですか?」

「そう」

「だったら、それなりのお願いの仕方があるのでは? 何と言っても我が穢れた特異能力を発動するのですから」

「……お願いします。ドロッセルさん。ガタガタ言わないで撃ってください」

 ハジはこれっぽっちもお願いしているふうではない。


「ダメです、ちゃんと地面に膝をついて、額も地面にこりついいいっったあああぁぁ」


 ハジはドロッセルの両頬をつまみ左右に思い切り引っ張る。

 よく伸びる頬は蒸しパンのような感触で面白い。


「はは、すご〜い、次わたしもやる」

「お願いします、頬肉がちぎれる前に蒼球打ち込め」

「ひゃい、わひゃりまひらッ」

 ハジが手を離すとポヨンと頬は元の位置に戻る。


 ドロッセルは頬をさすりながら、

「ぅぅ、蒼なる極寒ブルーエクスキュージョンで良いんですか?」

「紅球だと、いろいろ撒き散らしそうだ」

「分かりました」

 ドロッセルは持っていた手製の杖を天に掲げる。


「凍れる悪魔よッ! 汝のしもべたる我れに力を貸し。()の愚かなるものへ極寒をッ! 蒼なる極寒ブルーエクスキュージョンッ!!」

「あの呪文は必要か?」

「そんなわけないじゃん」


 ドロッセルは寒熱天衣サーマルハンドを発動した。

 杖の先には自身の魔導力エーテルの塊があり、徐々に冷気が集まっていき大きくなっている。 代わりにドロッセルの身体からは熱気が排出される。

 異変に気付いたオオゴケネズミの群れは一つの意思を持ったように動き出し、建物から出て行く。だが銀色の仕業シルバリオンで出来た壁があるため、逃げ出すことはできない。


「こんなもんですかね?」

「知らんけど、それで全滅できそうか?」

「多分……」

 自信なさげにドロッセルは言った。


「いえ、こんなにおっきなのって実は作ったことなくて、どうなるかわかんないんですよ」

「……とりあえず、撃ってみれば? そういうのを確かめるのも、今回の仕事の目的だし」

「では」


 ドロッセルは掲げていた杖をオオゴケネズミの群れに向かって振り下ろす。

 すると蒼なる極寒ブルーエクスキュージョンはゆっくりと動き出す。


「前はもっと早くなかったか?」

「おっきくなるほどスピードがゆっくりなんですよ」


 虫が止まりそうなスピードで飛んだ蒼なる極寒ブルーエクスキュージョンは、オオゴケネズミの群れにぶつかると破裂し冷気を巻き散らす。

 大気中の水分は一気に凍り、光り輝くチリとなる。

 オオゴケネズミはすぐさま動きが止まる。彼らは蒼なる極寒ブルーエクスキューションによって作られた巨大な氷塊の中に閉じ込められた。

 冷気はおさまることなく、徐々に育つ氷塊は周囲の建物よりも大きくなっていった。


 ドロッセルは飛び跳ねて喜びそれを指差す、

「見ました? 見ましたよね? これが我が蒼なる極寒ブルーエクスキュージョンの力ですッ!」

「おお、普通にすごい」

「冷蔵庫? ドロッセルは冷蔵庫なの?」

「違うぞアーニャ、凍らせているから冷凍庫だ」

「そっか、ドロッセルは冷凍庫なのか」


 電化製品扱いは不満の様で、ドロッセルは両手を広げ怒りをあらわにしながら、

「私は天使と悪魔の間に生まれは穢れた存在なんです、大体二人は……」


 プンプンと怒るドロッセルを無視してハジは、

「これって死んでるの?」

『ごめん分からないや、一応止めを刺しとこうか』


 氷塊を囲んでいた銀色の仕業シルバリオンは一箇所にまとまり、ドリルの様な尖った部分を作り、氷塊を掘削していく。氷漬けになったオオゴケネズミは何も出来ずにミンチに変わっていく。


「これならすぐに…… アナスタシア?」


 ハジがアナスタシアを見ると、冷たい表情で俯いていた。

 彼女がこういう表情をする時は大抵危険が迫っている時だ。


「危ない」


 そう言い残したアナスタシアは身体を活性化ドライブして高く跳躍する。

 すると、足元がグラグラを揺れ、傾いていく。


「いいですか、そもそも魔女とは、極々限られ…… なッなんですか! 地震?!」

 二人のいる建物は音を立てて崩れていく。


「ヒィィ!」

「ドロッセルッ」


 情けない声をだし身を低くするドロッセルを、ハジは肩に担いでから跳躍する。

 上から見ると状況はわかりやすかった。

 ドロッセルが作り出した肉入り氷塊の重みに耐えられず、周囲の建物を巻き込みながら地面が陥没したのだ。

 ハジはアナスタシアと違う建物の屋上に着地する。


 ハジはすぐに交信板チャネルボードに向かって、

「ニトラ」

『僕は平気。みんなも無事みたいだね』

「ふう、よかった」

「あっあわわ……ダッ、ダメですッハジ離してくださいッ、手! 手!」


 ハジの肩の上でのドロッセルは、涙目でバタバタと暴れる。それが危なっかしいため下ろそうにもおろせない。

 ドロッセルは顔を両手で覆う。

 みるとハジの手がドロッセルのお尻を鷲掴みにしていた。


「ああ、悪い。あんまりにも寸胴だからどこから尻か分かり辛いな。」

「うう〜、もうお嫁にいけない」

「大袈裟だなあ」

「大問題ですッ、乙女の純情をなんだと思っているんですかッ! この痴漢、ヘンタイ、ゴーカンマッ!」

「……こんにゃろう」


 カチンときたハジはドロッセルが怪我をしない様に、少し腰を落としてから手を離した。

 ズルリとハジの肩から落ちたドロッセルは、

「はううぅッ!」

 床に尻餅をついたドロッセルはお尻をさする。


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