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誰が為の魔導技術  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
知っている事、知らない事
32/63

アナスタシアⅢ

「ふふ〜ん、ない」


 アナスタシアは心地よい温もりと、規則正しい振動がたまらなく気持ちよかった。

 四月八日日、土曜日。時刻は五時十四分。

 ハジ、アナスタシア、ニトラ、ドロッセルの四人は旧市街に向けリンドヴルム寮を出発した。

 アナスタシアは五時前にハジに叩き起こされ、なんとか着替えを済ませるまではできたが、睡魔には勝てず、結局ハジの背中で二度寝を楽しむ。

 ハジはもう説教する気もないのか、諦めて背負い、ひんやりとした朝靄に包まれた帝都の街を歩いた。

 格好は全員同じで、略式制服カジュアルの上に絢爛l豪装甲アラクネ・ベストを身につけ、絢豪外套アラクネ・マントを羽織っている。

 マントの長さは個性が出る。ハジとドロッセルは膝上くらいまでだが、アナスタシアはお尻が上半分しか隠れていない。ニトラは足首までスッポリと隠れている。

 ドロッセルはいつもに比べればアクセサリーの数は少ないが三角帽子と手製の杖は手放さない。


「ハジ、大丈夫ですか?」

「いや、もう置いていきたい。それにこいつ乗せられないのか?」


 ハジはチラリと後ろを見る。

 四人の後ろにはやたらと大きな銀色の仕業シルバリオンの塊が、なめくじのように這っている。その内部には夜営時に使うための道具も一式飲み込んでいる。

 おかげで軽装で済む。四人が持っているのは各自の魔導礼装と水筒、非常食、地図とコンパスくらいだ。


「ゴメン、結構非力なんだあれ、もう大分積み込んでるし…… ほら、もう停留所だから」


 人口の多い帝都では、馬車や蒸気自動車で大渋滞が起こる。それを少しでも解消させるために出来たのが路面電車だ。

 停留所に着くとすぐに一両編成の電車がやってくる。

 車体は木製でグリーンのペンキで塗装されている。朝靄のせいで視界が悪いのかライトがピカーッと光っている。


「ひぃ」


 四人が乗り込んで、その後から銀色の仕業シルバリオンが車両に乗り込むと、さすがに車掌が驚き悲鳴をあげる。ニトラが銀時計を見せ、魔導協会の者であると説明すると納得した。

 車内は左右に長い座席、前後には運転席があり、それぞれ運転手と車掌がいる。運良く車内に他の客はいない。

 アナスタシアは雑に座席に寝かされ、三人は横並びに座席に座る。ホッと一同は一息ついた。雑に寝かせられたアナスタシアは枕を求めてモゾモゾと這う。


「うわぁッ」

「うぃ〜」


 アナスタシアはドロッセルの膝に頭を乗せる。

 豊満とは程遠いドロッセルの太腿は細く、枕にするには面白みがない。


 ハジは少し怒気のこもった声で、

「ドロッセル、そのまま頭を冷やしてやれ」

「……じゃあちょっとだけ」


 そう言うと徐々にドロッセルの太腿は冷たくなっていき、まるで氷枕のようだ。


「うわぁッ!」


 アナスタシアは冷たさに驚き、声を出して跳ね上がる。暑いよりかは涼しい方が得意だが、さすがにカチンコチンに凍らされては敵わない。


「どれくらいで着く?」

「三十分くらいかな?」


 ニトラは路線図を見てそう答えた。

 唐突にぐううぅぅ、っとアナスタシアの腹の鳴る音がした。


「お腹減った」


 感じたままの事を口にするアナスタシアに、ハジは呆れた口調で、

「お前が早起きすれば、ゆっくり飯が食えたんだが?」

「まあまあ」


 ニトラは銀色の仕業シルバリオンの背中の布を剥ぐ。流体金属の中から、固体の銀色の箱が浮かび上がる。箱の上部がニュルリと移動すると、中身が見える。

 その中の紙袋を取り出すと、中身を配っていく。

 包みを剥ぐとアナスタシアは嬉しそうに、

「フィッシュバーガーか、フッフッフッ朝からパンチの利いたもんよこしやがって」

 いつかのホットドックくらいの大物だ。バンズの間には昨晩の残りである白身魚のフライと、レタス、タルタルソースもかかっている。朝一番で主計班が作ってくれたものだ。

 この手の電車内で食事をするのは、相当お行儀が悪いのだが、客がいないのをいい事に、アナスタシアは大きく口を開きバクリと食いつく。

 他の三人も彼女を咎めることなく、モシャモシャ食べ始める。


 ニトラは口の中身を飲み込んで、

「そういえば、ハジのハンドルって、何?」

「ハンドル? 車を運転した事ないぞ」


 ニトラは乾いた笑いを浮かべ、

「ハンドルネーム、交信板チャネルボードの」


 合点がいったハジは「ああ」と声を出してから、

「八十二号だよ」

「ふぅん」


 ニトラは交信板チャネルボードを起動した。彼の目の前に真っ黒い表示枠フレームが現れる。


 コンソールをポチポチ叩き、

「……ハジ、もしかして交信板チャネルボード停止オフってる? 最後に起動したのいつ?」


 ハジは指折り数え、

「入寮式典の日だから…… 五日前だな」

充填回路バッテリーが空になってるね、絶対。起動してみて」

 言われるがままハジは魔導力エーテルを込め交信板チャネルボードを起動する。


 ニトラはハジに寄りかかって交信板(チャネルボード)を覗きこみ、

「ほら右上に数字があるでしょ。これが充填回路の残り、ゼロになると強制停止シャットダウンしちゃうから」

 ニトラが指差し、説明する間にも数字は徐々にカウントアップしていく。


「停止状態だと送信側からの書信メールも通信も受信できないから。取扱説明書マニュアルに書いてあったでしょう?」


 ハジはバツの悪そうに、

「いや、読んでない。色々あったし」

「読もうよ、結構大事な事書いてあるんだよ?」

「そうだよ、私ですら充填回路バッテリーは切らさない様にしてるんだから」

 アナスタシアは胸を反らし、偉そうにそう言った。


 ハジはそれがショックの様で肩を落とし、

「アーニャに、負けた?」

「アーニャちゃんのハンドルは、銀狐だっけ?」

「そう、ニトラは金物屋、ドロッセルは堕天使」


 夢中でフィッシュバーガーを頬張っていたドロッセルは思い出した様に、

「そう我れこそは、天使と悪魔の間に生まれた穢れし存在。混沌に愛されし、堕天使ドロッセルとは私の事ですッ!」

 三人は無視する、空想モードのドロッセルの付き合っても多分いい事はないだろうから、生暖かく見守る。


「リンドヴルムの人だと…… 二刀流、守銭奴、リーゼント、能面、麗人、腹太鼓、ゴシップハンター、バクオン、枯尾花…… とか」

 なんとなく顔が浮かびそうな、かと言って確信の持てない微妙なセンスだ。


「へえ…… 全然知らなかった。もしかして、今まで俺、除け者にされてた?」


 ハジは余命を宣告されたような悲しそうな顔で俯向(うつむ)く。

 フリではなく本当に落ち込んでいるようである。


「いやッ、そうじゃなくて用があれば直接言った方が良いしッ、そもそも最近ずっと一緒にいたじゃない」

「大体こういうのは匿名制が大事なんですよッ? リアルとチャットは別物なんです。誰がどれとか、一々確認しない方が、むしろ面白いっていうか。だからこそ、今この場で確かめたわけで」

 ニトラとドロッセルが早口でフォローする。が、ハジは萎れた花のように覇気がなくなっていく。

 ハジのテンションは底なしに落ち、最早手のつけようがない。


 ハジはフィッシュバーガーをアナスタシアに差し出し、

「アナスタシアさん、食べかけですが、いかがですか?」

「敬語ッ?!」

「頂きますッ」

「食べるんですかッ?」


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