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誰が為の魔導技術  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
リンドヴルム内、模擬戦
29/63

ニトラⅠ

 四月五日。

 模擬戦の翌日の午後。ニトラは食堂で昼食をとった後に、リンドヴルム寮の一階のソファセットにいた。

 これからハジ隊のミーティングが行われる。本当は昨日のうちにやってしまうはずだったが、アナスタシアが完全に眠ってしまったので延期になっていたのだ。

 ハジは午後の講義を全く受けず、アナスタシアとドロッセルが受講するのは異能に関する講義を一コマだけ。ニトラの都合が付く限り時間はいくらでも融通が効く。

 部隊チーム分けの際に、そういう所も考慮に入れたのかなとニトラは考えた。


 ハジがアナスタシアとドロッセルの顔を一度見て、諦めたようにニトラに聞く、

「それで、何話しゃいいんだ?」

「今後の部隊の方針とかじゃない? 取り敢えず戦種ポジションの確認とか、装備の確認とか」


 戦闘手アタッカーには適正レンジと役割を合わせてその者の戦種ポジションが決まる。

 レンジは基本的に前衛ショート中衛ミドル後衛ロングのが三つある。

 前衛は、自身の肉体や礼装に直接魔術をかけ、戦闘を行う。

 中衛は、触れていない相手に魔術をかけたり、武器を飛ばし戦闘を行う。

 後衛は、相手に知覚されない事を第一に行動し、それを利用して、攻撃や味方の支援を行う。

 更に複数の適正レンジを持つ場合は前中衛クロス中後衛アンカー前後衛ステルス万能マルチなどと呼ばれる。


 ハジはニトラの説明を聞いて疑問点があったようで、

前後衛ステルスってどういう状態だよ。矛盾してね?」

「魔術によって相手に知覚させないようにして、その状態で格闘戦したりだね。姿を消したり、音を消したりして後ろからバッサリ斬るとか…… 暗殺者的な感じ。数は少ないんだけど」


 役割はその者が担っている仕事の内容である。

 適正レンジは七パターンしかないが、役割に関しては、当人の自称が尊重されるので、どれだけ種類があるかわからない。

 代表的な物は、部隊の盾役である防護手ガードナー。身軽さを強みに戦場を駆ける遊撃手ウィンガー。魔術で飛び道具を造り、撃ちまくる射撃手シューター。戦闘を回避しつつ情報支援をする支援手オペレーターなどである。

 魔術師は味方であっても自身の重要な要素を秘密にしておく場合があるが、その時には作戦を組み立てる際に問題になる。ザックリとした戦種(ポジション)を名乗っておくと、無用な誤解を避けることができる。


「アーニャちゃんは前衛攻撃手ショートストライカーだね。ハジは…… 前衛防護手ショートガードナー、かな?」

「我が戦種はスーパーウルトラハイパーミラ……」

「ドロッセルちゃんは中衛射撃手ミドルシューターだね」

 空想モードのドロッセルのセリフを、ニトラはスパッと切り落とす。


「ニトラは?」

「僕は中後衛設置手アンカーセッターだね」

設置手セッター?」

「罠や障害物を設置するタイプの魔術師」


 そう言ってニトラはテーブルの上に手を掲げた。

 略式制服の袖からトロリと流体金属が零れ落ちる。銀色の雫はテーブルに乗ると饅頭の様な形で硬化した。

 ニトラが持っていた鉛筆でつつくと軟化し、急に薄い板状の刀身ブレードが飛び出て、鉛筆のお尻を切り落とした。

 それを見ていた三人から「おお〜」と歓声が上がる。


「できるのは攻撃だけですか?」

「ううん、一応索敵とかもできるよ。感熱、感音、感光、感魔、感霊、と一通りは。でも結構大雑把な索敵しかできないかな」

「ちょー便利じゃん」

「我れの次に有能ですね」

「照れるなあ」


 アナスタシアとドロッセルが子供の様に褒めるので、ニトラは思わずはにかむ。

 ニトラの先祖は魔導学校の第一期生であった。当時はまだ平民の魔術師というのは珍しく、かなり生き辛かったと伝え聞いている。

 銀色の仕業(シルバリオン)はそんなご先祖が開発し、ほぼ改良もされていない。リトラ家の家宝だ。

 それだけに褒められるとニトラは素直に嬉しかった。


 ハジはアナスタシアに向かって、

「アーニャは? 他に使う魔術とかあるか?」

「ないよ、変幻刀改トーネード・ツーしか使わせてもらえなかった」


 勿体振ることもなくアナスタシアはそう言った。

 変幻刀改トーネード・ツーはかなり扱いにくい魔術だ。何せ純粋にイメージのみで刀身ブレードの形状と生やす場所を決めなくてはいけない、ほんの少しでも、イメージが崩れると簡単に壊れてしまうピーキーな物だ。一般的な短刀の形状を作って手から生やす分にはまだイメージし易いが、普通の人間は脚から刀身ブレードを伸ばすイメージは持てない。

 だか模擬戦で、自分の手足の様に変幻刀改トーネード・ツーを自由自在に扱うアナスタシアの技量は、ニトラの知る限りそれ以上の者はいないだろう。


「ハジは高虎ハイドラだけだよね」

「ああ。で、問題の……」

 ハジとアナスタシアとニトラは、ドロッセルの顔を見る。


「お前のあれは?」

「クックック、良くぞ聞いてくれました。我が異能、蒼なる極寒ブルーエクスキュージョン紅なる灼熱レッドエクスプロージョン。天使と悪魔の間に生まれた我は、二つの異能を併せ持っているのですッ」

「いや、嘘だし」

 アナスタシアは蔑む視線を向けてそう言った。


「グッ…… そうでしたアーニャに嘘は通じないんでした」


 アナスタシアの特異能力“強化洞察力スーパースレッショルド”はどんな些細な変化も気づける異能だ。体温や心拍数すら、知覚でき、様々な事を推測できる。嘘を見抜くなど造作もないことだろう。

 ドロッセルはソファに座ったまま、バツの悪そうにモジモジと身体をくねらせる。

 そもそもニトラは特異能力が二つ以上持って生まれた魔女など聞いたことがなかった。もしそんな人間が見つかった場合、門閥貴族の令嬢ならともかく、平民のドロッセルが今日まで無事に過ごせるとは思えない。まず間違いなく人体実験の材料になっているだろう。


 ふぅと息を吐いたハジは、遠目をして、

「まぁ人間、人に言えない事の一つや二つあるか…… 言いたくないならいいよ」

「ハジがいいなら…… 私は別に?」

 ドロッセルは手をブンブンと上下に振って、

「いえその…… 秘密にしなければならないわけでもなくてですね……」


 少し考えこんだドロッセルは両手の出し掌を三人に向ける。

「いいですか、ここだけの秘密ですよ。アーニャ、手を貸してください」

 ドロッセルはアナスタシアの伸ばした手を両手で挟む。

 するとアナスタシアはビクッと手を引き抜く。


「なにいまの、気持ち悪ッ」


 なにが起こったのかわからず、ハジとニトラは目を合わす。

 アナスタシアはマジマジと自分の手を見る。


「えっとね、手の甲が冷たくて、手の平が温かった」

寒熱天衣サーマルハンドと言う異能でして……」


 寒熱天衣(サーマルハンド)はドロッセルが放った魔導力エーテルを浴びるとその物体の熱量を増減させる物だ。

 ただ、この時の熱量は魔導力エーテルを消費して得られるのではなく。周囲の熱量を移動させて得られる。

 例えば右手に溜めた魔導力エーテルを熱くしようとすると、そのための熱量を他の魔導力エーテル部分から回収しなければならない。結果的に全身に巡る魔導力エーテルの影響を受け体温は少し下がる。

 熱エネルギーを新たに生み出したり、消失させているわけではなく、移動させているだけだ。

 また寒熱天衣サーマルハンドの影響で体温が変化する分にはドロッセル自身には異常は起らないのも特徴で、身体が凍ったり、火傷したりはしない。

 その事をドロッセルが懇切丁寧に説明したが、科学の知識がないハジとアナスタシアは妖怪でも見るような目でドロッセルを見る。


「だから、“暖かくする異能”と“冷たくてする異能”じゃないの?」

「違うよハジ、“暖かくしたり冷たくする異能”だよ」

「ニトラ、どうしましょう。意を決して言ったのに二人がアホすぎて伝わってません」

「うーん」

 ニトラは腕を組んで少し考え込む。


「お湯一リットルの中に氷一リットル分を加えたら、ぬるいお水が二リットルできるよね?」

「当たり前じゃん」

 アナスタシアは当然と言わんばかりにふんぞり返った。


「ドロッセルの異能は逆なんだよ」


 二人は息を揃えて、

「「逆?」」

「二リットルのぬるいお水を氷一リットルとお湯に一リットルに分別できるんだよ。自分の魔導力エーテルの中で」

「「ああ〜」」

 やはり二人は息を揃えて感心した。


「いいですか、あくまで私は二重の魔女と言うことにしておいてください」

「充分すごいと思うけど……」

「ダメです、設定が壊れちゃうじゃないですかッ」


 そう言ってドロッセルは一冊のノートを取り出し、テーブルの上に叩きつける。

 衝撃でバラバラッとページが開く。そこにはビッシリと、自分がいかに優れた存在かが痛々しいほどに書かれていた。

 自分で設定と言ったらおしまいだなあと、ニトラは思った。


「どうするハジ? 作戦とか思いつく?」


 ニトラがそう聞くと、ハジは深刻そうに目頭を押さえ、

「まあ少し考えてみる」

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