シャロンⅧ
模擬戦が負傷した怪我人が、全員病院棟から戻って来るのを待ってから、リンドヴルム寮では全体ミーティングが始まる。
新魔術の実験台にされていたハジも、無事何事もなくリンドヴルム寮に戻ってきた。流石にうまくいく確信も無しに人体実験をするほど、ミレーユも外道ではないということだろう。
全員が一階の黒板の前に集まっている。
五人がソファセット、四人が小上がりの畳の上。残りが椅子に座っている。班ごとに分かれているわけではなく、各々が居心地の良いところにいるようだ。
シャロンは全員に注目されているのを確認してから、
「みなさんお疲れ様、みんな大した怪我も無く、戦術長として嬉しく思うわ」
ハジあたりは全身ズタボロなのだが、その程度では怪我扱いしないあたり、戦闘手と言う生き方の熾烈さを物語っていた。
「本日の議題は対抗戦における基本戦略。特にリーグ戦での戦い方を決めたいと思います。リーグ戦を回す場合、セレクト式とローテーション式とがありますが、当分はローテーション式で行こうと思います」
クローネは呼ばれてもないのにスッと立ち上がり、扇子で口元を隠しながら、
「反対ですわ、やはりここはセレクト式で行きましょう。高度な柔軟性を維持しつつ、対戦相手のよって臨機応変、これぞまさに戦術ではありませんか。ローテーション式など、怠慢もいいとこですわぁ」
セレクト式は対戦相手のオーダーを予想し、それに優位を取れる様に自らのオーダーを毎回変える方式。逆にローテーション式はオーダーを決める際に、予め決めておいた組み合わせを順次使っていく方式だ。
セレクト式は相手の弱みにつけ込み、ローテーション式は自分の強みを押し付ける戦いになる。
小上がりに畳の上で、仰向けに寝転がっているアナスタシアは、
「要するに、決まった部隊作って交代でリーグ戦に出るってこと? それって、相手に対策取られない?」
「取られるでしょうね。ただ、序盤は相手からしても情報不足で明確な対策は取りにくいから、優位は取れるでしょう」
「わたくしを無視しないッ! なんと言っても特別顧問の言葉ですわよッ!」
「クローネはいいとして……」
「よくありませんわッ!」
ソファセットにゆったりと座っているオウルがクローネを遮って口を開く。
「いいとして、実際ローテ式で勝ち目あるか? 戦力で不利なんだから、定石通りじゃ厳しいぞ?」
「一戦ごとの勝率に関しては、無理に奇をてらうこともないでしょう。それは自分たちの強みを殺すことになりかねない」
「強みってなんだよ?」
「質の高さよ。今日見た限り、みんな戦闘手としての練度は充分に高い。活きた情報があれば、やりようはあると思うけど?」
「……そう言われると悪い気はしねえな」
情報長は自慢のリーゼントを撫でる。
負けたら情報班のせいだと、暗に責任転嫁しているのだが、そんな事は気にならない様だ。
代わって黒板の直ぐそばのパイプ椅子に座るグラディスが、
「現実問題、戦闘手の数が少ないのは致命的なのでは? 現状、六戦は不戦敗ですよ?」
リーグ戦は一戦につき四対四の戦いになる。それが全二十一戦。つまり出場枠が八十四枠あることになる。
リンドヴルムの戦闘手は九人、そして一人七回までしか出場できない決まりがある。その為六十三枠しか埋まらず二十一枠ギャップがある。
「私の責任は、今ある戦力で勝ち筋を通すことだから、戦力不足まで私の埒外。そっちの文句はボスに言ってよ?」
「エッ? 私?」
自分は無関係とでも思っていたのか、ロッキングチェアに揺られていたエレンはビクッと驚く。
「他のレギオンからどうにかして戦闘手を引っ張ってきて。九人と十人じゃ全然違うから」
「ですってオウル、引っ張ってこれそうなのリストアップしていてもらえる?」
そう言ってウインクをオウルに飛ばす。
オウルは顔を青くして姿勢を正し、
「……分かった、なるべく早く上げる」
「それはいいとして、六戦不戦敗するのが回避できたわけではありません。戦術長として、どのように考えているのです?」
グラディスは追及する。彼女の数字というものに対する拘りは強い様だ。
「確かに無条件に六敗は厳しいけれど、六不戦できるとも考えられる。上手く使えば残りの十五戦の勝率はかなり上がるでしょう。とりあえす初戦は棄権して、準備をしっかりしましょう」
リーグ戦のルールでは、オーダー表の提出日は木曜日の十八時。対戦相手のオーダーと対戦日時が発表されるのが金曜の十二時。そして土日のどちらかに対戦となる。
今が水曜日の夜なので、早いと準備に費やせるのは三日しかない。
だが初戦を見送ると準備に費やせる時間が一週間延び。十日となる。この差は練度が重要なローテーション式にとって比較にならない大きさだ。
「具体的な部隊分けは?」
「考えてある」
シャロンは黒板に部隊分けを書いていく。
ハジ隊 ハジ、アナスタシア、ドロッセル、ニトラ。
ハイディ隊 ハイディ、タイロン、ネーナ、ダン。
「ハジとハイディが隊長ってこと?」
アナスタシアがそう聞いたのでシャロンは端的に、
「そう」
それまで畳の上で胡座をかき、卓袱台に頬杖をついていたハジは冷水をかけられた様に驚き、
「うぇ? 俺? ちょっと待て聞いてない」
「いやね、本人に確認せずに役職につけるのはリンドヴルムの伝統でしょう? ねぇボス?」
「そうね、伝統ね」
シャロンは嫌味のつもりで行ったのだが、エレンは全く意に返さない。
「にしても…… 他にできそうな奴が……」
ハジは他の戦術班の面々を見渡す。
だが、その中に自分より適任者を見つけられなかったのだろう、ハジは悲しそうに眼を伏せて、
「うん、俺がやる」
「ハイディも良い?」
椅子に座って脚を組んでいたハイディは、
「ああ、それで? どっちの部隊からリーグ戦に出るんだ?」
「怪我人の少ないハジ隊からにしましょう。ハジ隊は来週末の第二節までに、ハイディ隊は再来週末の第三節までに、部隊戦術を仕上げること。じゃあ、他に意見のある人いる?」
クローネは自分の言葉を聞いてもらえないのが不満な様で、顔を真っ赤にし、
「ですから、セレクト式できましょう。その場合わたくしが……」
「賛成多数のようだし、これでいいわね」
一同は「賛成」「異議なし」など、シャロンを支持する。
それに対してクローネは持っていた扇子を噛んで悔しがる。
「もうッ」
クローネが不憫だったのか、ハジが強い口調で、
「シャロン、聞くだけ聞いてやれよ」
「……それじゃあ、三分だけ」
シャロンは銀時計を眺めながらしばらく黙ることにした。
クローネの顔がパアッと明るくなる。するとまたクローネの大演説会が始まる。自分の血統がどれだけ優秀か、身ぶりを交え、情感たっぷりに。
リーグ戦とは全く関係無い話なので、一同はこれっぽっちも聞く耳を持たない。
「……つまり、我がラインフロスト家はこの帝国においていかに」
「はい三分経った、それじゃあ解散で」
シャロンがそう言うと、一同はゾロゾロとバラけていく。
クローネはそれに気づかず演説が終わったのは更に三分経った後だった。




