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誰が為の魔導技術  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
リンドヴルム内、模擬戦
25/63

ドロッセルⅠ

 そして夕方、

 魔導学校の敷地内には幾つか鍛錬場がある。そのうちの一つにリンドヴルムの戦術班と他にサポートのために数人来ていた。

 鍛錬場と言っても大して設備があるわけでもなく、単に地面に一辺百メートルの正方形の形になるように石畳が並んでいるだけ。


 ドロッセルは声高らかに、

「最初は誰からですか? 私からですか?」

「……ちょっと待って」


 一々決めポーズをして話しかけてくるドロッセルにシャロンは呆れているようだ。

 ドロッセルは実戦経験がない。どころか模擬戦の経験もない。だから、こういう時どういうふうに過ごせば良いかわからない。

 震える身体を喝を入れる為、いつも以上に痛々しい事を言いたなる。

 模擬戦と呼べば少しはマイルドに聞こえるが、やっている事は仲間同士での殺し合いと言って間違いない。

 少なくともドロッセルにはそう思えた。


 シャロンは初戦の前から手の内を見せるようなことはしたくなかったようで、

「トマス君、お願い」

「は〜〜い」


 リンゴの入った紙袋を小脇に抱えた男が指をパチンと鳴らす。すると魔術が起動し、鍛錬場を覆い隠すように立方体の結界ができる。境界が薄い緑色になってるが、向こうが透けて見える。

 トマスは丸々と太った男だ。まるで腹の中に風船でも仕込んでいるのではないかと疑ってしまうような、重量感のない腹をしている。見た目を裏切らない大食漢で、すでに昨日今日の食事の様子から、グラディスがお代わり禁止令が出るほどだ。


 アナスタシアが不思議そうに結界を眺めて、

「これ大丈夫なの?」

「平気、情報が一方通行になってるから、こっちから向こう側に漏れない。それより今晩はお代わりし放題ってホントだよね?」

「もちろん」


 トマスに聞かれたグラディスは静かに頷いた。

 トマスは情報班に所属していて、こと結界魔術の扱いに関してかなり高い水準にあり、普段リンドヴルム寮の周囲を取り囲んでいる結界は彼が張っている。今張っている結界も、下手な魔術師ではまともに維持できないくらいナーバスなものだ。


「さて、確認するけど…… 全員、絢豪装甲アラクネ・ベストは付けているわね」


 絢豪装甲アラクネ・ベストは装着者の上半身を守るためのものだ。見た目はダウンベストのようだが、中身は超硬繊維である絢豪アラクネ繊維であり、見た目からは想像できないくらいに高い防御力がある。また装着者のバイタルデータを検知し、評価する機能もある。評価は襟の部分に色で示され、黒、赤、橙、黄、緑、青の六段階で、黒に近いほど重体となる。

「グラディス」

「問題ありません。既に魔導力エーテルは注入済みです」


 グラディスを始め、サポートに来ていたリンドヴルムの一同は、馬鹿でかい水槽の隣に佇む。

 水槽の中は薄い緑色の液体で満ちていた。

 絢豪装甲アラクネ・ベストを装着している者のバイタルデータを感知し、対象者のバイタルが危険域レッドに達した場合、水槽の中に転移される仕組みだ。中の液体は錬金術で作った生体保護液で、例え頭が胴体から切り離されてもこの液に浸けていれば一時間くらいは死なずになんとかなる。その間に救命救命の処置室に運べば大体死なずに済む。


「今回はイエローまでいったら終了、みんないいわね」


 シャロンは四本のクジが入った空き缶を取り出し、グラディスに差し出す。意図を察したグラディスはその中から一本を引き抜いた。


「それじゃあ、赤組の二人」

「くっくっく、やはり天は我にその異能を世に知らしめせと言っているようだ」

「よろしく、ドロッセルちゃん」


 そう言って鍛錬場の中央に進んだのはニトラだった。ニトラは丈の長いマントを羽織り、足元まですっぽり覆っている。

 ニトラはフードを被った。すると、全くと言っていいほど彼の身体が見えない。

 ドロッセルも鍛錬場の中央に進む。三十メートルの間隔をあけて、目印として石畳の一部が真っ白い物になっている。その上にドロッセルとニトラは相対して立つ。

 バクつく自分の心臓の音が、ドロッセルにははっきりと聞こえた。


 鍛錬場の端にいるシャロンは二人の準備が整っているのを確認して、 

「それじゃあ二人とも準備はいいわね? それでは第一試合、初めッ!」

 ドロッセルはその場に高く飛び上がり自身の異能を発動させる。


「我が異能、“蒼なる極寒ブルーエクスキューション”をくらえッ」


 ドロッセルは手製の杖を持っていない方の手を前に突き出す。そこから幾つもの球が出来ていた。蒼い色をしたそれは、ニトラの方に向かって射ちだされた。

 ところが実際には蒼い球はニトラに直撃するコースに入っていない。

 戦闘経験のないドロッセルにとって、人間に攻撃するという事はすごく心に負担がかかる。自分でも驚くくらい、蒼なる極寒ブルーエクスキューションの軌道がズレた。

 ニトラのマントの中から、光沢のある銀色がニュルリと出てきて、巨大な盾となる。蒼い球は盾には当たらず、地面にぶつかると氷柱が生え、鍛錬場には冷気が満ちる。

 ドロッセルはホッとする。これならそう簡単にニトラを傷つける事は無さそうだからだ。


「なるほど、それが噂の“銀色の仕業シルバリオン”ですか」

「知ってるの? 照れるなあ」


 ニトラの魔術は先祖代々受け継いだものだ。

 独自に調合した流体合金を自在に操り、攻撃や防御はもちろん、索敵、隠蔽、拠点の製作までできる。リトラ家は金属操作の名門で有名だ。

 観戦している一同からは歓声が上がる。

 着地したドロッセルはやはり手を突き出す。


「やりますね、でもまだまだ」


 蒼なる極寒ブルーエクスキューションを次々射ち出す、がニトラはまさに涼しい顔でそれを銀色の仕業シルバリオンで受け止める。氷柱は徐々に大きさを増してゆくが、銀色の仕業シルバリオン自体に変化はない。

 蒼なる極寒が当たった物体は急速に冷やされるが物理的な衝撃は皆無。直接であれ間接であれ、術者に冷気が伝われなければ意味はない。


「だったらッ、これでどうですかッ」

 ドロッセルはニトラを軸に時計回りに走る。銀色の仕業に隠れていたニトラの姿が見えた。


「とうッ」

 走りながら蒼なる極寒ブルーエクスキューションを乱れ射つ。


「まあ困らないけどね」

 ニトラはドロッセルと同じく時計回りに走る。同時に銀色の仕業(シルバリオン)は張り付いた氷柱をパキパキと剥がしながら変形し、常にドロッセルに面が向くようになる。だがマントの中から出てきた時のように滑らかの動きではなく、とてもスローなものだ。温度が下がり、流動性が()がれたのだろう。

 ドロッセルは足を止め不敵に笑う。


「くっくっく、時は満ちた、受けよッ! 我が異能ッ!」

蒼なる極寒ブルーエクスキューションじゃあいくら射ってのラチがないよ」


 それはドロッセルも承知だった。

 液体金属を冷やしたところで破壊する事は難しいだろう。

 だが逆ならどうだろうか?

 ドロッセルは再び高く跳躍しマントをまくり、杖をニトラに向け異能を発動する。


「受けよッ“紅なる灼熱レッドエクスプロージョンッ!!」


 ドロッセルの杖の前には、煌々と輝く巨大な紅い珠が現れる。

 ニトラは現れた紅い球から発せられる熱気を受け、異能の一端を感じ取ったようだ。


「うわぁ、そうきたか」

「死なないで下さいねッ」


 ドロッセルは思わず本音が出た。

 紅なる灼熱レッドエクスプロージョンはニトラに向かって射ちだされた。

 ニトラはあくまで銀色の仕業シルバリオンの影に隠れる。紅なる灼熱レッドエクスプロージョンが直撃すると、周囲に熱風がばら撒かれる。

 熱風が収まると、溶岩のように真っ赤にトロけた地面の上に、トロけた銀色の仕業シルバリオンがあるだけで、ニトラの姿は見えなかった。


「ニ、トラ? 大丈夫ですよね? ちゃんと避けてくれましたよね?」

 ドロッセルの額に滲む汗は爆風のせいではない。取り返しのつかない事をしてしまったのではないかと、心の奥が万力で絞められたように苦しい。


「ニトラッ!!」

 ドロッセルは爆心地に駆け寄りニトラの姿を探す。絢豪外套アラクネ・マントを見つけると、それを捲る。その下には銀色の仕業シルバリオンがトロけた人の形をして倒れていた。


「これは」


 驚いて後ずさりする、一歩、二歩、三歩と下がると、肩をツンツンと突かれる

 慌てて振り返ると、ニトラの姿があった。彼の無事な姿を見るとホッとして全身から力が抜ける。


「ニトラッ!」

「ごめんね」


 申し訳なさそうに手を合わせるニトラは、マントの中から蛇のように細長い銀色の仕業シルバリオンを出してドロッセルの身体を縛る。

 更にニトラは、短剣状にした銀色の仕業シルバリオンをドロッセルに突きつけた。

「ギブアップ、してくれるよね」

「どうして、ニトラは我が異能で死んだはずッ!」

「まあ、簡単なトリックなんだけど」


 ニトラはトロけた銀色の仕業シルバリオンを指差す、するとニトラの背丈と同じくらいの人形になる。


「あれにマントを着せると割と簡単に騙されるんだよね」

「いつ入れ替わったんですか?」


 ニトラは人差し指を口に当てて、

「それは秘密、手品のネタを教えたら面白くないでしょう?」


 ニトラは無邪気に笑ってそう言った。


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