クローネⅡ
その日の夕食は、クローネから見れば豚の餌同然であったが、それでも他人の不幸は蜜の味というのは本当で、不思議と喉の通りが良かった。
昨日エレンから、レギオンの一同の前で怠け者扱いされたが、ハジの行動で自分の事など有耶無耶になっただろうとクローネは考えた。
ついでにハジを徹底的に非難して、存在感を出せれば一石二鳥。自分は有能の人材なのだという事をアピール出来たと、エレンの信用を得たと思っていたのだ。
夕食後の全体ミーティングは、レギオンメンバー全員がどの班に所属することになるか発表があった。
「以上、主計班はこの六人で回していきたいと思います」
「あの、エレン様? 私は?」
ところが。戦術班、情報班、主計班、どこの班にも呼ばれることのなかったクローネは妙にバクつく、心臓が気持ち悪くて仕方ない。
「クローネ、私考えたの。あなたのような高貴な存在に、誰かの下で働かせるなんて出来ないって…… そこで、クローネ、あなたを特別顧問に任命しま〜す」
エレンはパチパチと拍手する。
シャロン、オウル、グラディスもそれに倣う。同時に心ない言葉で祝福する。
「わー、いいな、特別顧問だって」
「何と言っても、特別な、顧問ですから」
「高貴な血筋のお方にしかできませんね」
結果、クローネは浮かれた。
端で聞けば上っ面だけの言葉なのは明らかだったが、一度、落ち込んだ分だけ、それらがクローネの自尊心を擽るのに充分だ。
豚もおだてれば木に登るというが、クローネは天まで登ってしまいそうな気持ちだ。
「お任せ下さいエレン様、私こと、クローネ・アイリスディア・フォン・ラインフロストが見事勤め上げてみせますわッ」
もちろん、特別顧問など閑職だ。
これといって何の役割もない。何もしないのが仕事だと言ってもいい。そんな事はつゆ知らず、クローネは続ける。
「最初の仕事として、ハジの処罰を決めます」
「だから、それはリーリスの回復を待って決めると言ったでしょう?」
エレンはため息混じりにそう言ったが、クローネの舌は留まることがない。
「そんな悠長な事を言っていてはいけません、直ぐに決めましょう。リーリスも浮かばれません」
「リーリス、生きてるけど」
その時リィィンリィィンと鈴の音がなる。
「失礼」
グラディスは交信板を起動する。
『り、リーリスの意識が戻りました。ケホッ、それで…… 直ぐに寮に顔を出したいみたいで』
交信先のフェリスが涙声でそう言った。
「きっとハジに文句を言いたいのでしょう、せっかくだから直接この場で言ってもらいましょう」
エレンはグラディスの交信板に顔を寄せ、
「身体の状態は大丈夫なの?」
『直ぐに戻ってくるならいいって、ザイスマン教授は言ってます』
「じゃあ連れてきて」
『はい』
そう言うと交信板の接続は切れた。
それから十分ほどの時間、クローネの演説大会になった。一聴するとハジを非難するモノのようだが、実際には自身がどれほど有能かを語るものだった。血筋と言うものに品格や才能といったものが宿ると本気で信じていて、自身を優遇することがいかに素晴らしいかを延々言い続けた。
それを聞いていた、リンドヴルム一同がウンザリし始めたころようやく寮のドアがガチャリと開く。
そこには車椅子に座り、点滴のチューブが腕に刺さり。ひどく顔色の悪いリーリスがいた。
脚は手術によって繋がってるが、ギブスで固定されている。
「さあリーリス、あなたを斬った男に言いたい事を言ってやってやりなさい」
「あなたはちょっと黙って」
エレンがそう言うと寮内は一瞬静寂に包まれる。リーリスの言葉いかんによっては、ハジの処罰も変わってくる。
みんな一言一句、聞き逃せなかった。
クローネはリーリスの口から恨み節の一つも出ないかと期待した。それを呼び水にまたハジを非難して、存在感を出せると思ったからだ。
リーリスは弱々しい声で、
「ハジ君」
「うん」
流石にリーリス本人を目の前にすると、彼は申し訳なさそうに目を伏せる。
そんなハジにリーリスは、ぺこりと頭を下げ、
「助けてくれて、ありがとうございます」
予想外の言葉にクローネは目を丸くする。
「あなた、記憶がおかしいのではありませんか? あなたを斬ったのはその男ですよッ」
「わかってます、そうしてくれなければ、私は、死んでたと思います」
「仮定の話をしているのではありません。事実としてハジはあなたを斬ったのです」
「ハジ君はッ!」
リーリスは力を振り絞って、弱々しく叫ぶ。
「私を介抱するときずっと辛そうな顔でしたッ、私を抱き起こす時ずっと手が震えてましたッ、私を背負ってる時もゴメンゴメンって言ったましたッ。簡単に斬ったなんて言わないでくださいッ」
車椅子の上で掠れた声を絞り出し、大粒の涙をボロボロ流してリーリスは叫んだ。
それを見てクローネは絶句した。どうして自分を傷つけた人間をそこまで庇えるのだろうか、全くと言って良いほど理解ができなかったからだ。
フェリスは、落ち着かせるためにリーリスの肩に手をかけ、
「リーリス、傷に障る」
「ハジ君は私を守ってくれたんですッ、命の恩人なんですッ、悪く言わないでッ」
それでもリーリスの口は止まる事はなかった。それを見ていた一同は、まるで弱い者いじめをしているような、そんな後悔の混じった表情になる。
前のめりになりすぎたリーリスは車椅子から落ちる。
「リーリスッ?」
何人か駆け寄って、抱き起こし、車椅子に座らせる。ただでさえ瀕死だったのに、今では更に息も絶え絶えで、それこそ今にも死んでしまいそうであった。
「リーリスが結論を出した、みんな異論は無いわね」
そもそも、ハジを非難する方も擁護する方も、百パーセント正しいと思っていたものは居なかった。クローネすら、ハジの行動に理はあると思っていた。
その上斬られた本人が瀕死の身体に無理をして弁護しだしたら、もう意を挟む余地はなかった。
第三章はここまで




