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エレンⅡ

 エレンは手紙にかれている通り、学生寮本棟にある会議室にやってきた。

 手紙の差出人はマルコシアスのマスター。緊急の議案があるとの事で全てのレギオンに出されたようである。

 会議室はそれほど大きい部屋ではなく、黒板がありそれに向くように学習机が綺麗に並んでいて、普通の教室を大差ない。

 呼び出された各レギオンのマスター達は、思い思いのところに座っている。


「あらあら、お揃いで」

「遅いぞ、エレン、俺を待たすなど片腹痛いわッ! ワッハッハッ!」

「ごめんなさい、今ちょっとゴタゴタしてて」


 台詞に反して、グリフィス・レギオンのマスターであるアインハルトのどこか嬉しそうな高笑いが会議室に木霊す。アインハルトは教室の真ん中の席に座っていた。

 呼び出されたのは各レギオンのマスター達で、付き人を連れている者もいる。

 アインハルトの高笑いが治ると、黒板の前に立つ男が咳払いをしてから喋り出す。


「陛下、お待たせいたしました。ようやくグリュンベルン公が参られたので、早速始めたく存じます」

 “陛下”と呼ばれたアインハルトは急に機嫌が悪くなった様で、目に角が立ち、腕と脚を組んだ。


「改めまして、マルコシアス・レギオン、マスターのテオドール・エルンスト・フォン・グリーツロットでございます」


 テオドールは対照的に機嫌が良さそうで、口元はニヤつくのを抑え込めているが、目元が笑っている。燃え盛るような赤毛と、二メートルはある巨漢だ。

 テオドールは公爵家の三男坊で、実家は銃の製造、販売しており、帝国軍にも納品してる。野心的な瞳がアインハルトを見つめ離さない。


「揃ったって、一人少なくない?」

 エレンが指差し確認すると、そこにはレギオンマスターは七人しか居なかった。


「……リヴァイアサンは不参加だそうだ」

「あらあら」


 テオドールは咳払いをしてから、

「この度は急々なお呼びたてにお応えして頂き恐悦にございます。陛下におかれましては……」

 テオドールは明らかにアインハルトのみを相手に話していた。


「前置きは良い、要件を申せ。できるだけ、端的にな」

「はッ、僭越せんえつながら、既に陛下の耳に入っていると存じますが、ご報告させていただきたく存じます。先刻、我がレギオンの同胞であるヨハン・シューマンが冥界の門をくぐりました」


 ハジ達が黒コートに襲われる少し前の事だ。一人で買い物をしていたヨハンは突然現れた黒コートに首を刎ねられ絶命した。

 その情報はすぐさま帝都中を駆け巡り、今では街の中は厳戒態勢となっている。昨日の国立図書館と合わせて、再興派の犯行だろうとされている。


「肝心の実行犯ですが、魔導協会を通じて司法省から情報提供がありました。“ロック”と呼ばれているそうで存じます」


 テオドールは紙束を持って机に座るアインハルトの前で跪き差し出す。すると付き人のジークフリートがそれを一枚取って、他のレギオンマスター達に回していく。

 紙束にはモノクロ写真が印刷されていた。目つきの悪い女の横顔だ。モノクロ写真なので正確な色は分からないが、暗い髪色に明るい瞳の色だ。

 写真の下には彼女の情報が書かれていた。

 反政府活動団体レジスタンスと言ってもピンからキリまである。

 正規ルートで帝国政府に抗議文を出すだけの団体から、爆破テロのように過激なものまで。規模も数人のものから数万人もいるようなものまである。

 そんなレジスタンスたちは常に人材を欲している。たとえば暗殺したくてもそういう能力を持った人間が組織の中にいなかったりする。

 そんな組織に人材を派遣する組織がある。

 “腸のベルゼブブ

 ロックはそこから派遣されているようだ。

 要はレジスタンス御用達の殺し屋だ。


「これは魔導協会、ひいては帝国社会への挑戦であります。我々は一致団結してこの愚劣な行いを正すために全力を尽くしたく存じます」


 テオドールの視線は皇帝アインハルトに向いていた。アインハルトの心象を良くしておきたいのだろう。

 公爵家の息子といえば聞こえはいいが、家督を継げなければ名ばかり貴族だ。そして末っ子で三男のテオドールが家督を継ぐ方法は、上の二人を亡き者にするか、皇帝に推してもらうかくらいだ。仮に家督を継げなくとも、皇帝に気に入られれば、将来安泰だと考えているのは明らかだ。


 エレンはシナッと手を挙げ、

「付け加えると…… このロックとやらに、ウチのも襲われたわ」

「なんとッ、それで?! ロックは?」

「逃げたわ」

「やはり天誅を加えなければッ」

 テオドールは大袈裟に身振り手振りを交えエレンの言葉に反応した。


「で? 卿は具体的に何をしたいのだ?」

「はッ、もちろん、賊を捕らえ、陛下の御前に跪かせたく思います」


 “具体的に何も考えていない”

 そう言っているも同然であった。

 結局メンバーが死んだ事も帝国への忠誠心もテオドールに取ってはどうでも良く、皇帝アインハルトに取り入りたいだけなのは明白だった。大した意味もなく全レギオンマスターを集めたのも、自身のありもしない忠誠心を飾り立てるためだろう。


「質問なんやけど、我々言うんは、僕らも入っとんの?」


 会議室の後ろに陣取り、机の上に脚を乗せているバシリスク・レギオンのハロルドは、テオドールを小馬鹿にする様にそう言った。


「当然だ」

「そらぁ困るわ、僕たちはやる事が沢山あるねん、そんな暇ないわ」

「なんだとッ!! この下郎がッ! 帝国の威信をなんだと思っているかッ!!」


 テオドールは声を荒げハロルドを弾劾した。

 ハロルドは気にせず言いたい事を言い出した。


「僕なあ、お金がメチャクチャ好きやねん」

「はあ?」

 急に言い出した突拍子もない言葉に、テオドールは間抜けな息で応えた。


「お金があればなんでも買えるやん、服も買えんねん、ご飯も買えんねん、家も買えんねん、時間も買えんねん。愛情も買えんねん。せやから好きやねん。それで? 君ぃと一致団結して僕はどれだけ儲かるん?」

「……言っただろ、これに掛かっているのは帝国の威信だッ」

「やったら付きおうてられんわぁ、他に要件無いならもう帰るよ?」

 そう言ってハロルドは会議室から出て行った。


 テオドールは取り繕うように、

「陛下、あの様な下賎な者が居ては寧ろ和を乱すだけの事。残りの者たちで十分……」

「あのう……」


 小さく手を挙げたのはフェニックス・レギオンのミーシャ・マリア・シェリルストだった。

 彼女は頭にヴェールを被り表情は定かで無い。華奢な体だが、声色はハキハキとしたもので独特の説得力があった。

 首から円十字のペンダントをかけている。霊王教と言う宗教の信者が身につける物だ。


「わたくしも賊の討伐などというものに協力する気はありません」

「な、なぜッ!」

「わたくしは霊王に仕える身、帝国の威信のために働くつもりはありません」

「しかし、今は魔導学校の学生では無いか。帝国のために動こうとは思わんのかッ!」

「で、あればなおさら。学生の本分は賊の討伐ではなく学習。真面目に講義を受け、対抗戦に精を出すのが本当でしょう?」

「正論だな、私も付き合ってられん。失礼する。」


 ユニコーン・レギオンのナルカミ・チドリがそれを支持した。

 チドリの事をエレンは少しも知らなかった。

 名前の響きからして極東出身なのだろう、と判断出来るくらいである。

 彼女は、長い黒髪を高いところで一本に結い、腰には刀が二振り。細長の目からはキレのある眼光が、テオドールを値踏みする。彼女が発するピリピリとした威圧感プレッシャーから、危険な女だと察知した。

 ミーシャとチドリも会議室を後にした。


「じゃあ、僕も……」

 それを追うようにケルベロス・レギオンのヴァイザー・ウノ・ザクセンも出て行った。

 ヴァイザーは同い年とは思えないような老けたなりだ。生え際は後退し、白髪が混じる。目尻に皺が多い。ひ弱な印象だった。

 とは言えかなりの有名人。昨年度の帝国中の博学者を集めた大会で準優勝した秀才だ。


 テオドールは深々と頭を下げ、

「陛下ッ、あのような不埒者どもの力など無くとも……」

「醜態をさらしたものだな」

「陛下ッ?!」

 アインハルトの視線は下等生物を見るような、そんな冷めたものだ。


「卿は間違いを犯した。一つは余をレギオンマスターとして呼び出しておきながら、皇帝として扱った事だ。不愉快で仕方ない。二つ目は自身の虚栄心を満たすために、面白くも無い弁舌を持ってした事だ。更に不愉快だ。三つ目は、冥界へ逝った同志をないがしろにしている事だ。不愉快極まる」

「しかしッ」

「もう良い、喋るな」


 それはテオドールには死刑宣告に聞こえただろう。

 アインハルトはもう何も言わずに会議室を後にした。

 少なからずテオドールに期待していたのだろうが、それも消えてなくなったことだろう。

 会議室には、エレンとテオドールの二人だけになっていた。

 テオドールは恨めしそうにエレンを見つめる。


「貴様も言いたいことがあるのか?」

「そうね……」


 エレンは少し考え込んで、

「お悔やみ、申し上げるわ」


 それだけ言い残すとエレンも会議室から出た。

 ドアを閉めると、中から絶叫しながら暴れ回る音が聞こえた。


「うちの“テオドール”はどうなるかしら」

 誰もいない廊下でそう呟いた。


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