アナスタシアⅡ
リンドヴルム寮の一階には食卓としての長机が二本あり、それぞれ十六人分、合わせて三十二人分の椅子がある。
にもかかわらず、席はギチギチに詰まっている。誰もハジの近くに座りたがらないからだ。
ハジは食卓の端に座って、黙ってスプーンを口に運んでいる。小麦粉を練った団子がスープに浮かんだだけの味気ない物になっている。
あの公園に置いていった荷物の中に、今日の分の肉と野菜を用意できていないからだ。
それこそハジのせいではないのだか、親が憎けりゃ子まで憎い、といった具合に、味気ない食事までハジのせいにする陰口が、アナスタシアには聞こえた。
アナスタシアはハジの正面に座り食卓に突っ伏し、
「ハジ、ゴメ〜ン」
「何がだ?」
ハジは全く責めるふうでもなく、器をもってガツガツと食らいつく。
アナスタシアはハジの内心が後悔と反省でいっぱいなのを見抜いていた。
それこそ、食欲なんてないくらいに。
それでも無理やりに頬張って食べるのは。彼の立場ではそれが許されないと思っているからなのだろう。
何せ自分から仲間を斬ったのだ。それを責められ「俺だって辛いんだ」なんて論法に説得力があるのか疑問だ。
それがわかっているアナスタシアは余計に落ち込む。
「私が、あの時動かなかったら、もっと違ったかも」
「そうだな、でもまあ…… 自分でやった事の責任は取るさ。万事上手く選択肢が何時もあるわけでもないし」
酷く落ち込んだアナスタシアの顔を見て、ハジは慰めるような口調で、
「まあ、次に活かしてくれればいいさ」
食卓の下で、アナスタシアの脚がハジの爪先で突かれた。
アナスタシアはそれが妙に嬉しくて、あっという間に元気になる。
「リーリスの……」
シャロンは自分の皿を持ってきてハジの隣に座る。
「リーリスの脚の接合手術、うまく行ったって」
ハジはスプーンを動かす手を止めずに、
「そうか良かった」
ハジは淡々と言ったが内心で安堵しているようだった。
「どれくらいで治るの?」
アナスタシアは身を乗り出しシャロンに聞いた。
「再生魔術を絡めると…… 一週間くらいじゃない?」
再生魔術は霊薬を使い、細胞を無理やり分裂させる魔術である。
自然に回復するような傷はもちろん、本来回復しないであろう欠損を被った場合でも回復することができる。
「そもそも買い出しの際の取り決めを全く決めて居なかったのが迂闊だった。というより、こんな事になるなんて……」
シャロンの敵意の無い言葉にアナスタシアは訝しむ。
「あれ? シャロンはハジを責めたいんじゃないの?」
「躊躇なく仲間を斬れるのはどうかと思うけど、見殺しにするよりかはマシでしょうね。みんなその事は分かっている。だからこそやるせ無い…… あなたがもう少ししおらしくしてればだいぶ違うのに」
アナスタシアは眼光鋭くなり、食卓を叩く。
その場にいたアナスタシアはハジがどれだけ辛い思いで刀を振るったのか知っていた。それを免罪符にしないハジの潔さも知っていた。
だから彼を悪く言うのを許せなかった。
「ハジはッ!」
「アーニャ、良い」
文句を言おうとするアナスタシアをハジが手で制した。
「シャロンならどうした?」
ハジがそう聞くと、シャロンは右手を頬に当てて少し考え込んでから。
「私の装備なら、アーニャが敵を察知した時点で、集束煌を射ち込んでるから。ただハジくんの装備とロックの装備を考えると、アーニャが飛び出た時点で詰んでるのよね」
「やっぱり私のせいかなぁ……」
アナスタシアは食卓に両肘をつけ頬杖してうなだれる。
「結果的にはね。ただ、戦場での最良とは最善ではなく最速であること。頭を動かして時間を浪費するより、悪手であっても先手を取って行動に移すと良い結果に繋がるものよ」
「マジでか」
そう言われたアナスタシアは少し元気になった。
「シャロン」
「何?」
ハジは真剣な目つきでシャロンを見つめる。
「早食いは?」
「……軍人の基本」
シャロンがハジの持っている器と見ると既に空っぽになっていた。
ハジは食卓の下でグッとガッツポーズをした。
「胸がいっぱいで食べ物が喉を通らないとかない?」
ハジは無理やり口角を上げて、
「空元気だって元気だ、元気だったら元気だ」
「御立派、バカの鑑」




