ハジⅦ
ハジはアナスタシア、リーリスとグラディスの三人と一緒に、とある公園のベンチに座ってホットドックを頬張っていた。
銀時計を見ると十五時を過ぎている。昼食と言うにはだいぶ遅い時間だ。
グラディスに連れられて大量の物資を買い込んだり契約をする為に、帝都中の店を転々とし、一通りの目的を果たすとようやく腰を据えて食事ができた。
グラディス曰く、帝都で最もコストパフォーマンスの良いホットドックというだけあり、安さの割にボリューム満点で、妙な土臭さも相まって革靴でないのか、とハジは錯覚する。
既にそれを食べ終えたアナスタシアは不満があるようで、ずっとグラディスを恨めしそうに見つめている。
「……お昼ってこれだけ?」
「これだけです」
「少なくない?」
「先を考えれば贅沢できません」
不満の在り処は味ではなく量というところがアナスタシアらしい。かく言うハジも物足りない量とは思うが、二個目を食べたいとは思えない。
リーリスは半分ほど無くなった自分のホットドックを差し出して、
「アーニャちゃん、良かったら私の食べる?」
「ホントッ?」
リーリスは目を逸らしながら、
「うん、私もう胸が一杯だから……」
お腹が一杯と言わない辺りにリーリスの心情が見え隠れする。
急に鋭い目つきになったアナスタシアは、ジッとリーリスの顔を見る。
すると納得したようで、
「ぃやったッ!」
アナスタシアはリーリスからホットドックを受け取るとバクバクと食いつき、あっという間に食べてしまった。
「後はハジくんだけですよ、早くしてください」
「え?」
ハジがグラディスを見ると、確かに彼女の手にはホットドックは無かった。
ハジは昨日のシャロンとの会話を思い出し、
「グラディスの親父さんって…… 軍人だっけ?」
「はい、いわゆる軍官僚ですが」
「早食いは?」
「基本です」
グラディスは得意げに鼻を高くする。
「クッソ…… 腹痛になれッ」
ハジは食べるというより、入れるというつもりでホットドックを口にする。
すべてを口に入れたのは良いが、いつまで経っても飲み込むことが出来ない。
グラディスはハジの事を気にせずに立ち上がって、
「じゃあ次に行きましょうか」
「ふほ? まっへ」
「男の子のくせに、一番食べるのが遅いなんて情けないですよ」
「ふほふぃファっへ」
「まあまあグラディスちゃん、待ってあげましょう」
半分しか食べなかった後ろめたさがあるのだろう、リーリスがハジの代わりにグラディスに言った。
「仕方ないですね」
グラディスは魔術を起動した。黒い表示枠がその場に現れる。交信板だ。仮想掲示板上では様々な情報が飛び交っている。
コンソールを弄り、流し読みしている様だ。
「おや?」
すると指が止まり、食いつく様に読み始める。
「ふぉひた?」
「ちょっと事件があったみたいです、予定を変更して寮に戻りましょう」
グラディスはハジの足元に置いた荷物をハジに押し付ける。
「ふぉっふ」
「大丈夫、口に物が入っていても荷物持ちはできますから」
ハジはもう諦めてそれを受け取った。
「ふぁにがあっふぁんだ?」
「それが……」
「アーニャちゃん?」
グラディスを遮ったリーリスは、心配するように言った。
アナスタシアの脚はいつの間にかベンチの上にあり、しゃがみ込んでいる。手は軽く握りこみ、膝の上に置き、踵を浮かしている。
大きな切れ目は釣り上がり、口を真一文字に結んで、獲物を狙う肉食獣のように五十メートルほど先の林の中を見つめている。
いつもの無邪気で愛嬌のある様子はもう無かった。凍てつくような威圧感こそ無いものの、殺気立っているのは明らかだった。
三人は急なアナスタシアの変化に驚き顔を見合わす。
ハジは荷物をベンチに置き、右手を高虎に添える。口に入っている物を地面にプッと吐き出すと、グラディスはそれが気に入らなかったようで、ボソボソと呟くがとりあえず無視する。
「どうした?」
「見られてる」
「それは直感か?」
「そう」
アナスタシアの眼光は林の中に向いたままだ。
ハジはどうしたもんかと悩む。
ハジ自身はまったく見られてる感覚はない。アナスタシアの根拠が直感では鵜呑みにはできない。だが、有無を言わさぬ説得力がアナスタシアにはあった。
「いつから?」
「ちょっと前から」
「どんな奴?」
「危ない感じ、ハジみたい」
危険人物扱いは癪だが、おそらく戦闘手なのだろうとハジは判断した。
「グラディス、リーリス。お前らどれくらい戦える?」
「まったくできません」
「わ、わわ私、も無理です」
リーリスは突然変わった雰囲気に動転したのか、グラディスの後ろに隠れている。
グラディスも一見落ち着いているようで、顔色が少し青くなる。
真偽はさておき、最悪のケースは避けたい。アナスタシアのカン違いなら良いが、直感が当たっていたら一大事だ。
「グラディス、サッサと帰ろう」
「そうですね」
グラディスは即決した。
だがアナスタシアは納得しない。
「殺しちゃおうよ、その方が早いって」
アナスタシアの口から突然出た「殺しちゃおうよ」という言葉はグラディスとリーリスの心にグサリと刺さったようで、ビクリとし一歩二歩と後ずさる。
それに気づいたアナスタシアは視線そこ動かさなかったが、少しだけ目が細くなった。
ハジはアナスタシアを諌めるようと、
「“あれ”が囮かも知んないだろう。“お荷物”を抱えて無茶する場合じゃない、帰るぞ」
「だから、私が殺すってッ」
アナスタシアは氷水を錯覚させる威圧感を残して、林の中に向かって跳び出した。
八重歯が見えるほど口角を引きつらせ、どこか楽しそうでさえあった。
「アナスタシアッ!」
あえてあだ名ではなくファーストネームで呼び止めたが、活性化したアナスタシアの身体は、ハジが言葉を発した時にはもう林の中にあった。
林の奥からキラリと光る物が幾つもアナスタシアに向かって飛ぶ。
それを最小限の動きで避けたアナスタシアは飛んできた方へ向かって、一層力強く跳ねた。
アナスタシアに当たらなかった光る物はそのままハジたちの方へ飛んでくる。
ハジはグラディスとリーリスの前に立ち、遊盾を起動してそれらを弾く。地面に落ちたのは、昨日見たばかりのものだったので背筋が凍る。黒コートの短剣だ。
「アナスタシアッ!! 戻ってこいッ!!」
ハジは叫びながら周囲をぐるりと一周視線を走らせる。もしハジの懸念している通りならすぐに奴がくるからだ。
「いやあああああッッ!!」
リーリスの絶叫が響いた、彼女の目の前に黒コートが現れたからだ。頭を抱えたリーリスに向かって、黒コートは短剣を振るう。
ハジの立ち位置ではリーリスの影に隠れて黒コートがいるため、彼女が邪魔で黒コートを攻撃することができなかった。
それでも、このままではリーリスが殺されるのは明白だった。
ゴメン。
心の中でそう呟いて、ハジは高虎を居合抜きしながら大断を起動した。
刀身はグングン伸びて、リーリスと黒コートの二人分の脚を太ももの辺りで斬って落とした。脚を失くした二人はボトリとその場に落ちる。
ハジは更に追い討つ。
リーリスに駆け寄り、いざという時のためにフォローが効くように彼女の身体を跨ぐと、すぐ側に転がっている黒コートの胴体に高虎を振るう。
黒コートは体勢を崩した時にフードがめくれていたようで、隠れていた顔が露わになっていた。
蛍光塗料を思わせる発色の緋色。
ハジと同じ瞳の色だ。
それを見たハジの頭は雷に撃たれたように思考が止まる。
反して身体の方はしっかり黒コートを仕留めるために高虎を振り切った。
刀身が胴体に触れる直前で黒コートはフッと消えてなくなり、残ったのは両脚から吹き出た血溜まりだけだ。
ハジは高虎を納めてしゃがみ、足元のリーリスを介抱する。
血液が壊れた蛇口のようにブチャブチャと傷口から溢れ出る。彼女の顔色はみるみる薄くなり呼吸は荒く、意識は朦朧としていた。鉄と潮の匂いが辺りに充満しする。痛々しい彼女に、自分のやった事とは言え絶句する。
すぐに止血液を起動し、リーリスの両脚を手当てした。出血はすぐに止まったが、顔色は変わらない。危険な状態だ。
「ハジッ」
林の中に突入していたアナスタシアが戻ってくる。
「奴さん、どこにいるッ?」
アナスタシアは殺気立った表情から、叱られた猫の様に伏せ目がちに、
「わかんない、もういない」
「そうか…… グラディスッ」
「あの、その……」
グラディスの指示を仰いだが彼女は呆然としていて、目の焦点が定まっておらず、指示を出せる様子ではない。
「わるい」
ハジは右手でグラディスの頬を一回叩く。
ハッと我に返った彼女は、それでも足元が浮ついている様に思えたので、ハジが変わりに指示を出す。
「グラディス帰るぞ、脚は全部お前が持て。荷物は全部置いて行くぞ。アーニャは“次”に備えていつでも動けるようにしておけ」
「はぃ」
力なく返事をしたグラディスは、地面に転がっている脚を拾う。
ハジはグッタリとしたリーリスを背負いこむ。自分の手に力が入っているのかいないのか。よくわからない。
妙に軽いリーリスの身体が、ハジに重くのしかかる。
「ハジ……」
「なんだ?」
アナスタシアはジッとハジの眼を見つめ、
「ゴメン、なさい」
「……謝る相手が違うし、まだその時じゃない。とりあえずできることやれ」
「うん」
「グラディス、どうだ?」
「すみません、これ以上は……」
グラディスは申し訳なさそうに言った。抱えているのはリーリスの両脚と黒コートの片脚。それぞれ断面は止血液で保護してある。黒コートのもう一本の脚は地面に転がったままだ。それでも手一杯といった具合だ。
「私が持とうか?」
「ダメだ」
アナスタシアの提案をハジは即却下した、リーリスを背負っている以上ハジはもう戦えない、せめてアナスタシアは万全であって欲しかった。
「よし、人の多いところを通って寮まで帰るぞ。アーニャ、グラディス、俺の順だ」
ハジがそう言うと三人は足早にその場を去る。
走ってるあいだ、ハジはずっとゴメンと呟き続けた。




