ハジⅥ
ハジは入学式が終わると自室に戻った。
部屋の中にはベット、勉強机、大きなクローゼットと本棚。天井には電球、窓は上に引き上げて開けるタイプだ。クローゼットや本棚には前年度の学生が残した物がいくつかあった。
ハジは制服を脱ぎ、代わりに制服を着る。
魔導学校には二種類制服がある。
一つは正式制服と呼ばれ、全学生が共通で持っているものだ。夏用と冬用があり、白と紺を基調にしたブレザーで、儀式や行事に参加する際でも通用する事になっている。
これに対して、略式制服というものがある。上下ともに軍用の戦闘服をモデルにしていて仕立てにゆとりがあり、柔軟で丈夫だ。夏冬兼用だが、内側のライナーを取り外したり、捲った袖を留めるためのボタンがあったりと、機能性に優れている。
魔導学校は校則で寮外ではどちらかの制服を着用する決まりとなっている。見栄えを気にするなら正式制服、着心地を気にするなら略式制服と言った具合である。
更に学校指定のマントがある。これは絢豪繊維と呼ばれる魔術で紡いだ物で織られているため、絢豪外套と呼ばれ、薄く、軽量でそれでいてかなりの強度があり、普通の刃物や、火薬式の銃はまず防いでくれる。魔術が絡んだ攻撃もある程度は軽減してくれる代物だ。
ハジはリンドヴルムのイメージカラーである深紅の色をした略式制服に袖を通す。
大きな鼈甲のボタンを一番上まで留める。襟は首全体を隠すように覆う、すると思ったより窮屈だったので、ボタンをひとつ外した。ショートブーツを履いてから、高虎と術式盤を納めたケースを今履いているズボンのベルトにつける。試しにその場で二度屈伸してみた。
「うん、動きやすい」
この解放感に比べたら正式制服なんて拘束具みたいだとハジは思った。
着替えが済んだハジはすることも無いので、取り敢えず一階に降りるために部屋を出る。
すると、無邪気な声を上げたアナスタシアが、
「スキありッ」
「ねえよッ」
右側からアナスタシアがハジに飛びついてくる。
ヒザ蹴りがハジの顔面を襲うが、左手を間に挟んでガードする。
アナスタシアはその手首を取って、さらに両脚で腕を挟み、身体を反らす。腕ひしぎ十字固めだ
ハジは上体を曲げ、アナスタシアの身体は床に着いた。木の床は思いの外音を出し、寮内に響く。
アナスタシアは黒いショートパンツに白いキャミソール、フラットサンダル。略式制服のジャケットを腰に縛っている。ただでさえ薄着なのに、バタバタと暴れるため更にはだける
ハジの肘関節は可動域を超えてギリギリと悲鳴をあげる。
アナスタシアは楽しそうに、
「さっきの続き」
「チョークスリーパーじゃねえのかよッ」
ハジは全身に魔導力を巡らし、活性化する。力が充実するのを実感すると腕に力を込め、アナスタシアを持ち上げる。そして、ハンマーを振り下ろすように床に叩き落とす。
床にぶつかる直前で、アナスタシアは腕を解き、猫を思わせるしなやかな受身を取る。すぐに立ち上がり、両手を前に出してレスリングの選手のように構える。まだまだやる気のようだ。
ハジも同じように、両手を出して備えた。
「軟体生物にしてやる」
「返り討ちだ」
昨日のような背筋の凍るような威圧感はなかった。ハジもアナスタシアもおふざけだ。
だかそれを快く思わない者がやって来た。
「何をッ!! してるんですかッ!!」
螺旋階段を登ってきたグラディスは落ち着いた普段の様子とは一変して、声を張り上げ叫んだ。
恐らく彼女の戦闘技能はハジやアナスタシアよりずっと劣るだろう。しかし怒気を含んだそれは、有無を言わさず二人の身体を芯から恐怖させた。
この人は怒らせちゃいけない、ハジはそう思った。
「俺は襲われた側だし」
「……暇だったし構ってもらおうかと思って」
グラディスはいつもの物静かな口調で、
「元気が有り余っているなら仕事をあげます。二人とも下まで来てください」
そう言って螺旋階段を降りてゆく。
「どうする?」
「言うこと聞いとこう、後が怖いからな」
「そだね」
ハジとアナスタシアは恐々としながらグラディスの背中を追う。
階段を降りると、絢豪外套では隠しきれない大きな胸を揺らしリーリスが近づいてくる。
胸だけで重さはどのくらいあるのだろうか、そんなしょうもない事がハジの頭をよぎった。
ハジは頭を叩いて、失礼な思いを叩き出すと、
「それで? 俺らは何すんだ?」
「買い物です。お二人は私たちの荷物持ちです」
「めんどっちぃ」
うな垂れるアナスタシアの態度に、グラディスは真剣な表情で、
「そんなこと言う人にはご飯抜きですよ」
「やだなぁ、ちゃんと行くって」
アナスタシアは背筋を伸ばしなぜだか敬礼をする。
「リーリスも行くんだ?」
「はい、グラディスさんに頼まれて」
「彼女は家事全般できるそうですよ」
ハジとアナスタシアは声を合わせて「へぇ〜」と感心する。
「いやいやそんな」
リーリスは照れてマントの裾を持ち上げ顔を覆った。
「いきましょうか」
「出掛ける時ってマントいるんだっけ?」
「必須ではありませんが…… 待ちましょうか?」
「いや、良いや」
防具としてはともかく、ファッションとしてのマントにハジは興味は無かった。高虎もあるし必要ないだろう。
「それではいきましょう」
グラディスが先導して四人は寮から出てまずは校門を目指す。
寮の周囲には薄くオレンジ色の膜が立方体になって包んでいる。
四人は膜に遮るられることなく通過する。
ハジはボソリと、
「あれって、こんな簡単に通れて良いの?」
「結界と言ってもいろいろですから、問題があればオウルくんがなんとかしているでしょうし、大丈夫でしょう」
ほとんど独り言に近かったのに、グラディスは律儀に答えた。
「それで、何を買いに行くんだ?」
「何って、色々ですよ」
するとグラディスはブレザーのポケットからメモを取り出し上から順に読み上げていく。
ハジは当初、ちゃんと覚える為に指折り数えていたのだが、数が十を越えた辺りでもうウンザリして流し聴きに変わった。
到底四人で持てる量とは思えなかった。
「それを四人で持つのか? どう考えても人手が足りないんじゃ?」
「頑張ってください」
グラディスが心を込めずにそう言った。




