アナスタシアⅠ
浴場の扉から漏れ出す湯気を浴びたアナスタシアは、心底嫌気がして、
「ああ゛〜、お風呂嫌い」
「そんな事女の子が言っちゃダメだよ」
アナスタシアの手を引き、浴場に入るリーリスがそう言った。
リーリスは可愛い垂れ目に泣きぼくろのある娘だ。背は低く、アナスタシアよりも少しだけ高い。赤味が強いブラウンの髪色のボブカット。性格通りの優しい声色を持った娘だ。
浴場は脱衣所、洗い場、浴槽と別れているが、その間に仕切りはない、代わりに二人ぐらいが寝転がれる大きな竹製の腰掛けがあり、浴場の中央を占領している。
一応、天井にガラス板が設置されていたり、換気窓があったりするが、浴槽からの湯気で浴場中がいっぱいになっている。
床と壁は全面木製で、脱衣所の所には簀の子が敷いてあり、水捌けが良くなっている。
開放感があり、大きさ以上に大きく感じる造りになっている。
アナスタシアは風呂が苦手だ。
というより暑いのが苦手だ。
浴場に充満する湯気がアナスタシアの身体を包むと、腹の底に灰汁でも湧いたように不愉快で仕方ない。
加えて既に二十二時を回っている。普段ならアナスタシアは既に寝てる時間だ。
今日も風呂に入らずにさっさと寝てしまいたかったが、リーリスの手を振りほどき、力尽くで逃げ出すほど、アナスタシアの心はスレていない。
「身体を洗ったら、休んでいいから、ね?」
「うん〜」
アナスタシアは着ていた制服を脱ぐとポイポイと脱衣籠に放り込む。
対照的にリーリスは丁寧に畳んで納めていく。
二人は女性用の湯着を着た。
年頃の女の子が公衆浴場に入る場合は、人の目を気にしてまず身につける。
浴衣から袖を引きちぎって、丈を太ももの真ん中あたりで切った様なデザインだ。
真っ白な上に薄手なので、水を吸って肌に張り付くとかなり透けるが、それでも直に肌を晒すよりずっと精神的に楽である。
アナスタシアは自分とリーリスの身体をじっくりと見比べて、
「リーリスって、大きいよね」
「なッ、なに何がですか」
「おっぱい」
「そんな明け透けな」
リーリスは湯着を引っ張り、胸元を隠すように押さえる。湯着は脇が大きく開いているので、これまた横から溢れそうになる。
リーリスの乳房は大きい。
レギオンの女子には他にも巨乳と言えるようなサイズの娘は何人もいるが、それですら比較対象としては不足する。
まさに規格外だ。
眠たげだったアナスタシアの目は今ではパチリと開き、もうリーリスの胸に釘付けだった。
アナスタシアは両手を広げ、
「揉みしだいて良い?」
リーリスは後ずさりしながら、
「やめて欲しいな、やめましょう、やめて下さい」
「ぶぅ、じゃあ、力付くで」
アナスタシアはゆっくりと手を伸ばす。
「ひぃ」
リーリスは湯船の方まで駆け足で去る。その度に乳房は揺れて、余計にアナスタシアのやる気を掻き立てる。リーリスは側にあった桶で湯を掬い頭から被り、湯船に避難する。
アナスタシアはリーリスの後を追い湯船に入ろうとする。
「アーニャ」
湯船に浸かっていたシャロンが声をかける。
シャロンは長い黒髪をバレッタでまとめている。更に大人っぽく、紅くなった頬が色っぽい。
リーリスは助け舟が来たと思ったのか、パアッと表情が明るくなる。
「まず汗を流しなさい。そして次は私よ」
「オッケィ」
ぬか喜びであった。
それが信じられないリーリスは、
「たっ、助けてくれないんですかッ」
シャロンは湯船の中を移動、親指と人差し指を擦り合わせながらリーリスに近づく。
そして少し声を低くして伊達男のように、
「大丈夫、先っぽだけだよ」
「それもう大きさ関係ないじゃないですかッ!」
シャロンはザバァッと立ち上がり、
「だってほら、自分より大きな胸って癪じゃない。腹いせに弄りたくなるじゃない?」
リーリスがシャロンの身体を眺める。
無駄な贅肉などなく、うっすらと浮かぶ筋肉。スラッと伸びた四肢、艶かしい柳腰。形良く張りのある乳房。身体に張り付いた湯着が逆にセクシーで、誰が見ても官能的に見えた。
あまりの眩しさにリーリスは目を背ける。
「シャロンちゃんは充分魅力的だと思います」
「シャロンって結構エッチぃ?」
「時と場合によるわ。具体的にはお風呂とか更衣室でエロくなるわ」
リーリスは恐る恐る、
「……女性が好きな人ですか?」
「違うわ、女体が好きな人よ」
「タチ悪いですね」
お湯を被ってから湯船に入ったアナスタシアは、身体を反らし胸を張って、
「代わりに私のおっぱい揉んで良いよ?」
リーリスはアナスタシアの胸を見て言うか迷っていたが、このまま一方的に揉まれるのは嫌なようで、意を決して、
「……アーニャちゃんは揉めるほどないと思う」
「おぅふ」
予想外の口撃に、アナスタシアは湯船に沈む。
シャロンがすぐにアナスタシアを引き揚げる。
「ダメよ、髪を湯船につけるものではないわ」
「この流れで、そんな真っ当なこと言わないで下さい」
リーリスは話を逸らすためにシャロンを指差し、
「わ、私よりシャロンちゃんの胸はどうです? すごく魅力的ですよ?」
アナスタシアはシャロンの身体の頭のてっぺんから爪先まで、観察する。が、
「ん〜、そうじゃないんだよね。私の好奇心は、エロにはないんだよ。なんといえばいいのかな? ほら、登山家は高い山に登りたがるじゃん? あんな感じ?」
シャロンはやはり少し声を低くして伊達男のように、
「大丈夫、天井のシミを数えている間に終わるよ、痛いのは最初だけさ」
「リーリス諦めよう、今日揉まれなくても明日揉まれる」
「今日も明日も嫌なんですけど…… グラディスちゃん、二人を止めてください」
リーリスは助けを求めて浴槽の隅で体育座りをしているグラディスに助けを求める。
グラディスは眼鏡を外し、虚ろな眼で、惚けている。
「……マシュマロ、食べたい」
「無駄よ、あの子ド近眼で眼鏡を外すと、目が遠くて何にも分からなくなるから」
「目どころか意識が遠くなってませんかッ? 大丈夫なんですかッ!」
リーリスは他に助けてくれそうな人を探し右往左往するが、さっきあったばかりの人に「巨乳すぎて揉まれそうだから助けて」とは言えないようだ。
「それでも、負けませんッ」
リーリスは胸元を強く抱き。深く湯船に沈み込む。
「ぶぅ、どうする、シャロン」
「アーニャ、世の中には話し合いで解決しないこともあるの。そういう時どうなるか…… わかるわね」
「戦い…… なんだね」
「そう、悲しいけどそれが人類の血塗られた悪癖なの」
「屁理屈にもなってませんよ」
シャロンとアーニャは少しも悲しそうではない。二人はリーリスの左右からはさみ込む様に近づく。
二人の手がリーリスに触れる、その時だった。
ハスキーな声が浴場に響いた。
「てめえら、さっきから見てりゃ二人がかりで寄ってたかって、恥ずかしくねえのかい?!」
ザバァッと湯船から立ち上がったのは、ハイディだった。
背が高く、ボーイッシュなショートカットで、立ち振る舞いが男前だ。
ただフィーネはレギオンでも二、三を争う巨乳で、むしろボーイッシュさが彼女のグラマーな所を引き立てる。
「そんなに乳が揉みてえてんなら、あたいの乳揉みな!」
ハイディは仁王立ち、湯着をはだけさせ胸を張る。
シャロンとアナスタシアは堂々とした振る舞いに息を飲んだ。
「イケメンだ、おっぱいのついたイケメンがいる」
「イケメンにそこまでされたらもう悪態がつけないじゃない」
シャロンとアナスタシアはスッと身を引いた。
こうして夜は更けていった。
第二章はここまで。




