クローネⅠ
クローネは三階から降りて、一階にあるソファセットの一人掛けの椅子に陣取っていた。掃除が始まってからもう一時間が経ち、そろそろ集合の時間になるからだ。
掛けているソファは古いためか、異様にカビ臭く、自分にまで匂いが移ってしまいそうだったが、食卓に備え付けてある椅子も年代物に変わりなく、やはり座る気はしない。
自分がレギオンの財布を握ることになったら、真っ先にこのソファを捨てて、新しい物を用意しよう、とクローネは決めた。
手の空いた者が次第に集まっていた。みな額にうっすらと汗をかいて、顔も少し赤みが増している。
それを見て、気品のない姿だとクローネは思った。
「ハジ、トイレはもう良い?」
エレンはトイレから出てきた男にそう聞いた。
彼は満足気に手につけたゴム手袋を引っ張って取りながら、
「ああ、あんなもんだろう」
「そう、じゃあこれで全員ね」
確認をとったエレンはパンパンと手を叩き、一同の気を引いた。
「みんなお疲れ様、これで全体を解散してから男子と女子で別れて部屋割りをしましょう。その後で順番にお風呂に入って汗を流してもらうけど…… 女子が後で良い?」
グラディスが挙手をしながら、
「一応、順序の理由を聞いても」
「後に入ったほうが気兼ねなく長湯できるわよ?」
グラディスは納得した様子で、それ以上何も言わなかった。
「それではここで、重大発表がありまぁ〜す!」
エレンは身体をくねらせながらそう言うと、黒板にメンバーの名前を書いてく。
「この三人がリンドヴルムの執行部という事で、これからは三人の言う事をよく聞く事〜」
戦術長、シャロン・エルフリーデ・フォン・フランベルゼ。
情報長、オウル・シュンジュン。
主計長、グラディス・ウィンストン。
「それじゃあ細かい事はお願いね〜、明日は入学式の用意をして七時にここに集合。はい解散」
エレンは鼻歌を歌いながら浴場に行こうとする。
突然の人事発表にレギオンの全員が一瞬呆気にとられたが、直ぐに喚声が響く。
特に名指しされた三人の反応は過激で、エレンに詰め寄り、オウルに至っては胸ぐらを掴んでブンブンと振り回す。
「ちょっと待って、聞いてないんだけど」
「どういうことだッ! この野郎!」
「納得できる説明をしてください。さあ、早く」
「ちょっ、ちょっと。そんなにしたらはだけちゃうじゃないッ!」
胸元を抑えてエレンは悶える。さも映画のワンシーンの様に。だが男だ。
三人は気持ち悪すぎてドン引きし、それ以上追求できなかった。できるだけそばにいたくなかった。
「エ、エレン様」
代わりにクローネがエレンに詰め寄る。顔は真っ青で、足元もふらついていた。
自分はリンドヴルムで重責を負うと信じて疑っていなかったからだ。それが、クローネのクの字も出ないのだから、精神的なショックは計り知れない。
「わ、たくしのお役目は、なんでしょうか?」
「特にないわ、三人の誰かの下で働いてもらうことになるんじゃない?」
エレンは止めを刺す様に冷たくそう言った。
「そんな、わたくしは、ラインフロスト家の…… だいたい、何を根拠に……」
「根拠? そんなの考えるまでもないでしょう? 掃除をしている時の態度よ」
「なッ?」
「あなたはずーっと三階のソファで寛いでいるだけだったじゃない? 仕事を振ったのに、怠ける人に責任ある地位はあげられないわ。他に、人事に異論のある人はいる?」
指名された本人たちは不満げだったが、それ以外は誰も文句は言わなかった。
三人はエレンの狙い以上のことをしたと、だれもが理解して納得したからだ。
「はい、それじゃあ今度こそ解散」
エレンはポン、と手を叩いた。




