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誰が為の魔導技術  作者: 白牟田 茅乃(旧tarkay)
魔術師の卵たち
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エレンⅠ

 学生寮本棟の裏手には小さな噴水があり、それをグルリと取り囲む様に、木組みの建物が八棟並んでいる。

 学生寮の別棟だ。

 ひとつひとつがレギオンに充てがわれた学生寮である。

 上流階級の子弟は大抵甘やかされて育っていることもあるため、社会人となる前にこの中で共同生活をし、経験を積まそうというのが魔導学校側の狙いのひとつだ


 寮に入ると、一階は共用スペースになっていた。

 広々とした空間に木製の長机が二つ。

 空いたスペースに古く壊れかけの大きなソファセットがある。かなり古いもののようで、その隣に四十センチ高の四畳半の小上がり、その上に卓袱台が乗っている。ソファセットと小上がりの近くの壁には黒板がかけられている。他にも観葉植物の鉢が部屋の隅にあったり、生活感が溢れる。



 エレンは全員いるのを確認すると二度手を叩き、一同の注目を引き、

「はぁーい、ちゅうもーく改めて、愛と美の伝道師、エレン・ダリューン・フォン・グリュンベルンよ」


 身体をグネグネとしならせながら名乗ったエレンに対して、誰かが「気持ち悪い」とつぶやいた。それはとても小さな声だったが、誰もが絶句したせいか、寮の中に良く響いた。


「あらあら、みんなおとなしいのね。もっと叫んでいいのよ? 愛を。さて、今日これからのことだけど…… 何か提案ある人は手ェ上げて」

「なんも考えてないんかいッ!」


 エレンは自分の肩を抱き、嬉しそうに、

「キレの良いツッコミありがとう、ゾクゾクするわぁ」


 レギオン・マスターに決まった者の名前が公になったのは、一月以上も前だ。打診自体はもっと前にあった。

 当然、準備期間はたっぷりあったはずなのに、なんの案も出さないのだから文句が出るのは致し方無い。


「やったら、まずは部屋割りすればええじゃないの?」

「湯浴みをしたいですわ」

「緊張しっぱなしで、お腹すいたな~」

「寝たい、てかダルい」


 エレンショックから立ち直ってきたレギオンのメンバーたちは、各々がしたい事を言い合う。

 その中で一本、手が伸びる。


「シャロン、なんかある」

「点検も兼ねて、掃除をしましょう」


 建物に目立った汚れはなかった。

 前の予科生がここを引き払って一か月近く経っていて、その間の学校側がこの建物をどう扱っているかわからない以上メンテナンスは必要だろう。


「そうね、そうしましょう」


 エレンは二度手を叩き、

「時間も遅いし、手早くね。一時間後にここに集合という事にしましょう。いい? こういうのは最初が肝心よ? じゃあ開始ぃ~」


 エレンのゆるい号令を受け、一同は動き出す。

 迷いなく動き出す者。

 それに付いて行く者。

 椅子に座って一息つく者。

 どうすれば良いか分からずその場でオロオロする者。

 こういう時に性格や経験が出て、意外と面白いものだとエレンは思う。


「エレン君、良いですか?」

「何?」


 彼女はズレた眼鏡を直しながらエレンに声をかけた。

 ブラウンの髪のボブカット、目は細く、落ち着いた女の子だ。

 エレンは記憶の枝を揺さぶって、彼女の情報をふるい出す。

 グラディスだ。


 小さなメモ帳と鉛筆を持つグラディスは、

「レギオンの初期供与金。歓迎式典が終了した段階で、受け取れるはずなのですが……」


 私が受け取ってきましょうか。グラディスはそう言わなかった。

 一年間を通してレギオン・マスターが一人で仕切っていくのはまず不可能だ。よってレギオンの中で役職を設けて、上の者に下の者の面倒を見させるのが普通だ。

 もしエレンに人事の腹案があるなら、ここで踏み込んだ事を言うのは良くないと思ったのだろう。金の絡む事なら尚更だ。


 その事が察したエレンは、

「それじゃあ受け取って来てもらえる? あとジークリンデの補填金の件も今日中にお願いして出来る?」

「初期供託金は構いませんが、補填金の方は…… あちらの都合がありますから」

「そうね、じゃあそっちは、出来るだけ早めにって事で」

「わかりました」

 そう言うとグラディスは寮から出て行った。


「ボス」


 背後から声後かけられたので、振り返りながら、

「愛情たっぷり込めてエレンって呼んで。今度はなぁに」

 リーゼント頭が目立つ背の高い男であった。

 彼の頭は印象的だったのでエレンの頭にパッと彼の名前が出てきた。

「オウルね、何?」


 リーゼントのオウルは咳払いをしてから、

「汎用結界張れる奴がいた。やっちまっていいな?」


 断るはずがない。そう確信した言い方だ。

 情報戦という名の戦いは既に始まってる。

 レギオンの振り分けが終わった直後に情報漏洩がしやすい。

 それを知っていたオウルは掃除をせずに、結界を張れる者を探したのだろう。


「良いわ、やってちょうだい。一人寮の外に出ているから、後で入れてあげてね。あと“掃除”もしっかりね」

「ああ」

 オウルはそれだけ言い残し、二階に続く階段を登って行く。


「エレン」

「なになに?」


 シャロンが声をかけた。

 上着、革靴、靴下を脱いでシャツの袖を捲り、髪をシュシュでくくりスカーフを付けていた。

 子爵家の娘のくせに、その格好がとても絵になっていたので驚いた。


「お風呂すぐに使えそうだけど、お湯張っちゃって良い?」

「そうねお願い」

 シャロンは返事を聞くとまた浴場に戻って行く。


「さてと」


 エレンはみんなの様子を見て回る。

 一階は共用スペースの他にも厨房、トイレがあり、その間に短い廊下があって、その先に浴場がある。玄関の近くには螺旋階段があり、上の階に登る事ができる。

 二階と三階は同じ造りだ。

 左右に八部屋づつあって更に階段の近くに小さな共用スペースがある。二階は四人掛けのテーブルと古今東西のゲームが収められた棚。三階の共用スペースには一階の物より小さいが、ずっと新しいソファセットが置いてある。

 どの階でも、メンバーたちは怠けることなく動いているが、会話の内容は事務的なものばかりで、ヨソヨソしい。さっき会ったばかりなのだから、仕方ないのだが、あまり良い雰囲気とは思えなかった。


「それで? あなたは何をしているの? クローネ」

 エレンは三階のソファでくつろぐ女の子に声をかけた。


 彼女は悪びれることもなく、むしろ当然といった様子で、

「エレン様? いえ、掃除など私がする事ではありませんから。なにせ私は将来の帝国を背負って立つ人材。こんなことで手を汚すわけにはいきません」


 クローネ・アイリスディア・フォン・ラインフロスト。

 侯爵家の一人娘で、我儘な事だけで有名だ。エレンの次にリンドヴルムの中で社会的地位の高い事になる。もっとも学外での話だが。

 三階の掃除をしている者はいるが、彼女の事を知っているのだろう、注意できない様だ。


「どうです? エレン様もご一緒に」

「遠慮しておくわ」


 エレンはそう言って、その場を離れた。


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