シャロンⅤ
「はあぁぁ」
シャロンは肺の中の空気を全て吐き出すような、深い溜息を吐いた。
式典に到着したハジの姿を見たからである。
頭のはボサボサ、ネクタイは曲がっているとか以前に正しい結び方でない、荷物をロープで縛る時の結び方だ。正装とは程遠い。
シャロンはブレザーの内ポケットから折りたたみ式の櫛を取り出して、彼の背後に回って、
「あなたはとりあえずネクタイを解きなさい」
シャロンはハジの後ろに回って襟を掴み、彼の膝を蹴る。
すると身体がガクッと落ちる。彼女はハジの膝が床に着く前に襟を吊り上げ、海老反りの体勢になる。
その体勢のままシャロンはハジの髪を手早く梳いてゆく。
「……シャロン」
「なぁに?」
「これは何でしょうか?」
「こうした方が私が楽だわ。ほら早くネクタイを解きなさい」
ハジは諦めてそのままの体勢でネクタイを解く。
するとシャロンは襟から手を離し彼の肩を叩いて、
「ほら、回れ右」
ハジは言われるがまま、くるりと回る。
その顔はいかにも“もう勝手にしてくれ”と言わんばかりの覇気のない表情だ。
シャロンはハジの顎に手を当て、
「少し顎を上げて」
彼の顔は天井に向く。少し、と言うにはいささか上げすぎた。天井の照明が眩しいのか彼はギュッと目を瞑った。
シャロンは首にかかったネクタイを手早く締め、またハジの顎に手を当て頭の位置を戻した。
シャロンは両手をはたき、
「……まあ、こんなものでしょう」
少し不満だったが、シャロンはそう言った。
せっかく美容院でオールバックに仕上げてもらったのに、整髪料が全て落ちいている。櫛で梳いたくらいではビシッとした髪型にはならない。
それでも一応の体裁を繕えるくらいにはなったのでそれで良しとした。
「ちゃんと銀時計は受け取った?」
「ああ、これだろ?」
ハジが受付で貰った銀時計をシャロンに見せた。
銀時計は魔導協会の会員証だ。
一見飾り気のないものの、素人目にも手が込んでいると分かるほど繊細な紋章が掘られた銀の懐中時計だ。
もしかしたら受け取り忘れるかもしれないと危惧していたが、さすがにそこまで抜けてはいないようだ。
ハジは銀時計を内ポケットにしまいながら、
「それよりシャロン、なんか良い匂いするな」
式典会場は食べ物の匂いで一杯だ
彼でなくとも食欲が湧いてしまうのは無理のない
できることなら、シャロンは少しくらい食べさせてやりたかったが、懐から自分の銀時計を取り出し時間を確認すると、それは不可能だと思った。
「残念、時間切れよ」
会場の照明がゆっくりと暗くなる。
足元が見えないほどになると会場の中央がにいるタキシードの男がスポットライトで照らされる。
タキシードの男はマイクを片手に、大袈裟なくらいの身振りを交えて、それでもどこか事務的に進行する。
「それではッ! これよりッ! レギオンの振り分けを行いたいと思いマァースッ!」
「レギオンってなんだっけ?」
「そうねぇ……」
シャロンは自分の顎に手を当て少し考え込んだ。
「要は同じ寮の仲間、と言うかは運命共同体って感じ。詳しい事はレギオンの仲間に聞きなさい。名前を呼ばれたらあそこでサイコロを振って、出た目があなたのレギオン」
「へえ」
それだと人数に差が出てしまうのだが、それも含め運命共同体という事になっている。
「さて、ご存知の通りッ!、レギオンマスターは厳正なる審査の上既に決められておりまぁーすッ。順番に紹介していきましょうッ!」
そしてタキシードの男はそれぞれのレギオンと、そのマスター達を紹介していった。
レギオンは合わせて八つある。
グリフィス。
リンドヴルム。
ユニコーン
マルコシアス。
フェニクス。
バシリスク。
リヴァイアサン。
ケルベロス。
一緒に紹介されるマスター達はみな、一筋縄では行かなそうな曲者ぞろいだとシャロンは思った。
「それでは順番に名前をお呼びしますので、呼ばれた方は壇上までお越しください」
タキシードは箱の中に手を突っ込み、ガサガサと中を掻き回した後、引き抜いた。
「最初はシャロン・エルフリーデ・フォン・フランベルゼ!」
「あら私? それじゃぁ…… ハジ君、これから先は敵同士、戦う機会があったら手は抜かないから」
「分かってますよ」
やはりハジは淡々と返した。
シャロンは壇上に上がる。
ダイスを振ると、タキシードの男が出目を読み上げる。
「リンドブルムッ!」
シャロンはそのまま、会場の片隅にあるリンドヴルムの旗が掲げられたスペースに歩いて行った。




