1 小学校時代
ボクは願った――。
強い力が欲しいと――。
すべてを守ることのできる強い力がほしいと――。
でも、願いは叶わなかった――。
今でもボクは弱いままで――。
何も守ることはできなかった。
*****
ボクは子供のころから体が弱くてずっと入院していた。
仕事で忙しい両親はあまり病院に訪れることはなく、ずっと1人で病院のベッドの上から空を眺めるていた。だから、外の世界はボクの憧れだった。
『体が丈夫になったら学校に行き、友達と一緒に外を駆け回る』
それがボクの1番の願いだった。
そんな姿を何度も夢想しては、早く元気になりたいと希望を持っていた。
そしてその夢は実現へと近づいていった。
小学校の4年生になるとボクは学校に行くことのできるまでに回復した。
これで夢を叶えることができる。そう思っていた。
けど、そんな考えは甘かった。
ずっと入院していて体力のないボクと今まで元気で遊んでいたみんな。実際に遊んでみてよくわかった。その差がある限りボクはみんなといることはできない。
みんながそのことでボクに何かを言ってきたなんてことはない。そう、ない。一緒になにかを始めても、途中でボクはいないものになってしまう。それこそが本当の差。
現実――。
理想とは違うそれが心に重くののしかかる。
こんなことなら、元気なんてならなければよかった。
こんなことなら、病院で1人でいたほうがよかった。
ベッドの上で、外で元気にみんなと遊んでいる自分を想像していたほうがよかった。
そのほうが、楽しくいられた。知らなければ、こんなこと考えることさえなかったのに。
そういう感情しかでてこなかった。
それは自分の願っていたことを否定することだった。
きっと努力もしてないだろうに。
それでもボクは否定した。自分の浅はかさを。簡単に変えられると思っていた自分を。
もうこのときのボクはみんなと遊ぶより1人でいることのほうが多くなった。本当に否定した。
他人と自分に壁を作り、自分はそのことに自分で苦しむ。
負の連鎖――。それを続けている。
今のボクには夢も希望もない。
逃げたから。努力をすることを。
否定したから。自分自身の存在を。
そんなボクを誰が受けて入れてくれる?
……誰もいない。自分ですら嫌気がさすのに、誰もいるはずがない。
これからボクはどうすればいいのだろう?
そんなことを考えていてもなにも出ては来ない。そうしてすべてが投げやりになってその日は考えることをやめた。
*****
次の日。いつものように休み時間がやってきた。
その時間はボクにとって楽しいものではない。みんなが楽しそうに遊んだりしている間、ボクはただ自問自答を繰り返す。答えはいつもでない。いや、出るのかもわからない問題。それについて考えるのがボクの休み時間。
そして今日もそうするはずだった。
「ねぇ! 一緒に遊ぼうよ! 鬼ごっこしよう!」
誰かが声をかけてきた。誰なのかは分からない。ただ、声の感じから相手が男であるということはわかっていた。
ボクは顔を見るのが怖かった。その人がボクをどう思っているのかを考えることすらいやだった。だからボクは他人とは関わらないことにしていた。自分のことだけで精いっぱいだった。
「ほら、遊ぼうよ」
さしのばされる手。だけど、ボクはその手を取ることはしない。
「だめ……だよ……」
「どうして?」
「ボクは体が弱いから……。みんなの迷惑になっちゃうよ。少し走ったら息切れしちゃうし……ボクと一緒に遊んでもつまらないよ」
ボクは何を言っているのだろう。体力をつける気もないのに。
「そんなことないよ! 遊ぶんなら大勢いたほうが楽しいよ! ほら!」
彼はまだそんなことを言って手を伸ばしてくる。それでもボクは躊躇った。
「でも……」
悪いの全部ボクなんだ。結局はそうなんだ。だからボクには構わないでほしい。
「うーん……」
彼は必死に何かを考えている。そして何かを閃いたかと思うと、こう口にした。
「よし! じゃあ、ボクがおんぶしてあげる! そうして逃げる!」
「え?」
それはあまりにも予想外な提案だった。ボクをおぶってまで逃げる。ボクのためにそんなことをしてくれる。なんのために? どうして、そこまでしてボクと遊びたいなんて思うんだ? わからなかった。
「疲れたらボクがおぶってあげる。そして一緒に逃げてあげるよ! ほら!」
また手をのばしてくる。もう3度目だ。
ボクはどうしたらいいのだろう? この手をつかめばいいのだろうか?
ボクは自然と手を伸ばし始めていた。
でもその途中で思った。本当にいいのだろうか……
でもその答えが出るよりも前に彼はボクの手をつかんだ。
「よし! いこう!」
そうして手を引かれ外の世界へと出ていった。1度挫折したその世界に……。
もう一度頑張ってみよう。そう思った。
*****
「おーい。遅いぞ~!」
校庭で集まっていた何人かのうちの1人の少年が少し気怠そうにも元気の良い声でこちらに向かって言ってくる。
「ごめんごめん」
「あれ? そいつは?」
ここまで彼は手を離さずこの場所まで連れてきた。そしてたどり着いたここには4人のボクと同じくらいの人たちがボクを不思議そうに見つめていた。正直、今まで人とのコミュニケーションを断っていたボクには外と人に一緒にいること、相手と目を合わせること。それだけで限界だった。しかし――
「はぁはぁ……」
「って、おい。大丈夫か?」
そうじゃなくとももう限界だった。教室から校庭までくる。たったそれだけの距離でボクはもう息切れしていた。自分の体力のなさにうちひしかれた。
(やっぱりボクはみんなと遊ぶことはできない)
そう思った。
「ああ、ごめん。こいつ、ちょっと体力がないんだよ」
「はぁ!? じゃあなんで連れてきたんだよ、お前!」
「だって大勢のほうが楽しいじゃん?」
「いや、そんなやつが鬼ごっこなんてできるわけが……」
「もういいからさ~始めようよー」
少し間の抜けた声で男の子が言った。
「ったく……」
頭に手をやって考え込んでいた彼は観念したように次のことをいってきた。
「お前、名前は?」
「えっと、海人」
一応答えはしたがどう反応されるのかわからない。緊張した。けど返ってきたのは……
「よし海人か……。OK、遊ぶぞ! 海人!」
「え――」
さっきまでとは打って変わって、反対するような感じはなくなり、遊ぼうとまで言ってきた。
「えっと君たちは?」
少しだけ怖かったけど聞いてみた。
「うん? オレか? オレは信二」
「ボクは陸」
「ワタシは明美」
「そしてボクは裕也だ!」
みんな答えてくれた。ボクの言った質問に答えてくれた。他の人にとってはどうでもいいことでも、ボクにとっては大きいことだった。それがボクがここにいるという証拠だった。この世界に認められた証拠だった。
「よし、みんなやるぞー」
『おー!』
「ほら、海人も!」
「え……うん」
ボクはもう迷わない。
『ボクは自然と手を伸ばし始めていた』
否定したりなんかしない。
『えっと君たちは?』
ボクはここにいることを誇りに思いたい。
『友達と一緒に外を駆け回る』
これはボクの願った夢だから――。
みんながボクを見ている。
ボクの返事を待っているのだろうか? だとしたらなんて言ったらいいのだろう?
……変われている。
「やろう」
ボクはそう言った後、一拍おいてこう続けた。
「みんなで遊ぼう!」
ボクは今までになく気持ちのこもった声でそう言った。
……ボクの願いは叶った。
ボクの願いは叶った。
しかし、いつからだろう。世界は狂い始めていた。
あの楽しかった日々はもうもどってこないのだろうか? いったい、どこにいってしまったのだろう……。