忘れ去られし者の詩
「あ゛ー……、」
ちらちらと桃色が舞う中、俺はその建物を見上げていた。
三年間ほど過ごしてきた、思い出の篭った校舎。
今日を最後に訪れなくなる、通過点となる校舎。
今後の人生の中で何度訪れるか分からない校舎。
もしかしたら二度と訪れないかもしれない校舎。
そんな校舎を見上げながら、卒業証書を片手に呟いた。
「はぁ、」
否、
「俺の青春は何処に消えてしまったって言うんだよぉぉおおおォォオォォォオオォォ!」
叫んだ。
高校生になれば彼女が出来る。
そう考えていた時期が俺にもありました。
だが、気付けば高一の一学期が終わり、二学期が終わり、三学期が終わり、高二の一学期が終わり、二学期が終わり、三学期が終わり、高三の一学期が終わり、二学期が終わり、三学期が終わり、
「あ゛ー……、」
今に至る。
「あ゛ー……、」
いや、彼女とまでは言わない。言いたいけど言わない。
でも、さぁ。こう、なんて言うか、もう少し波乱万丈でてんやわんやな青春もあったと思うんだ。
空から女の子が降ってきたり、行き倒れの女の子を見つけたり、なんか色々とあったような気がするんだ。
でも、皆無だった。
空から女の子が降ってきたり、行き倒れの女の子を介抱したり、曲がり角で女の子とぶつかったり。
もしかしたら、神様がそういうイベントを設定し忘れたんじゃねぇの? とか考えたりしてしまう程度には何も無かった。
もしかしたら、神様が俺という存在をうっかり忘れてたんじゃねぇの? とか考えたりしてしまう程度には何も無かった。
ここから挽回するにはトラックに轢かれて異世界に行くしか無いのか? とか考えたりしてしまう程度には何も無かった。
そのせいでうっかり轢かれに行きそうになったけどどうにか持ち直して今に至る。
「はぁ、」
桃色の吹雪の中、桃色の思考の俺が、青空の下、青色吐息を吐き出す。
無駄に長ったらしいモノローグを構築してみても、第二ボタンを求める声は何処からもかかりはしない。
自分で第二ボタンを撤去しようともしたけれど、空しさが増すだけなのでやめて今に至る。
「卒業、か」
三月と言えども、まだまだ寒い日は寒い。
それ故か、叫んだことでスッキリしたからか、頭が少し冷えたような気がする。
数週間後からは、また新しい生活が始まる。
数週間後からは、似たような生活が始まる。
また『~になれば彼女ができる』なんて言ったりするのだろうか。
「……卒業、か」
分からない。
でも、卒業しなければならない事もあるのだろう。
祭りはいつか終わる。
終わった後には寂しさが残る。
だから、いつまでも楽しかった時間に浸っていたい。
でも、いつまでも浸っていられるほどは暇ではない。
だから、
「よいっ、」
俺は自分の胸元に手を伸ばし、
「しょっ、っとぉ!」
金色に輝くボタンを、遠くへ放り投げた。
未練、後悔、躊躇い、迷い、甘え、ストレス――その他もろもろを込めて放り投げた。
可能性はまだ青天井。
忘れたなら、思い出せば良い。
思い出して貰えないなら、思い出させてやろう。
空の中で小さく輝くボタンのように、輝こう。
誰かの記憶の中に、残れるようにと。