殺人波動(02)
入院中の千亜樹は、新聞やテレビで何度も風城高校のニュースを目にした。大衆の興味をあおりたてる、刺激的なタイトルだった。
・女子高生殺人鬼、全校生徒700人を殺害。
・テレビ局に送られた予告状。大量殺人の恐るべき計画性。
・進学校でおきた犯罪史に残る惨劇。犯人の少女は逃走中。
・天使を演じたコスプレ美少女殺人犯の心の闇にせまる。
・唯一の生存者は幼なじみ。彼女が殺されなかった秘密とは。
・全校生徒殺人事件、動機は生存者へのいじめに対する報復だった!?
・生存者に独占インタビュー。友人少女が語る犯行の前兆。
報道には悪質なねつ造もあった。
千亜樹はいじめを受けていない。インタビューを受けていない。
だが、千亜樹がいちばん衝撃を受けたのは、警察や病院関係者しか知りえない事実がニュースに含まれていることだった。目をさました日に刑事に伝えた言葉が、そのまま記事になっている。医師に語った心情が、ニュースキャスターに読みあげられている。
正義感に燃えていた刑事も、看護をつくしてくれた病院関係者も、仮面の裏ではカネほしさに少女の情報を売っていたのだ。
千亜樹は、教師・友人をうしなった悲しみだけでなく、初めて知る社会の悪意にも耐えなければならなかった。
入院から8日後、夕刻に千亜樹は退院した。
父親が運転する車は、病院の敷地でマスコミのカメラフラッシュをあびた。
病院関係者から退院日の情報も流出していたのだ。
千亜樹を乗せた車は自宅へ走らなかった。報道陣が待ちかまえている可能性を考えて、となり駅に住む親せき宅に停車した。
親せきにあいさつしてから、千亜樹と両親は、すぐに九磨子の家へ電車でむかった。
千亜樹の強い希望を、両親が聞きいれてくれたのだ。
事前に九磨子の家に電話したとき、九磨子の母は「ぜひ来てほしい」と答えていた。
エレベーターがマンションの最上階で千亜樹たちをおろした。
千亜樹がインターホンを押した。
千亜樹はセーラー服、両親は喪服である。
九磨子の母がドアをあけた。
――リビングの陽のあたる場所に、九磨子の遺影があった。
(……クマちゃん、会いに来たよ)
写真のなかで、九磨子がとびっきりの笑顔を見せていた。
テーブル席に九磨子の両親と、千亜樹、千亜樹の両親がすわった。
ひとり娘を亡くした父母に請われて、千亜樹は九磨子との思い出を語った。
九磨子の両親はすすり泣きながらうなずいていた。
千亜樹も涙をながしていた。
千亜樹が、亡き級友の家を退出しようと玄関で靴をはいた直後、
九磨子の母が千亜樹の手をにぎりしめて、
「千亜樹ちゃん、お願いだから長生きしてね。九磨子の分まで生きてあげて。それが、それだけが、私たちの望みだから……」
と懇願した。ひざをついて泣いていた。
千亜樹は、九磨子の母の手を両手でにぎりかえし、
「はい、わかりました。約束します」
想いをこめて言った。
九磨子の父が、
「ここ最近は、あちこちで凶悪な事件がおきています。気をつけてお帰りください。ありがとうございました」
と深々と頭をさげた。
事件のことは、入院中に見た新聞やテレビで千亜樹も知っていた。
下北沢の連続通り魔殺人事件。
代々木公園のバラバラ死体・大量遺棄事件。
犯人はつかまっていない。
千亜樹は、火織のしわざではないかとうたがっていた。
千亜樹たちは、マンションから徒歩15分で駅のホームに立った。
厚い雲が太陽をかくしていた。暗い夕闇だった。
乗車予定の各駅停車が来るまで、約10分。
駅のアナウンスが流れる。
「まもなく特急電車が通過いたします。当駅にはとまりませんので、白線の内側までおさがりください」
千亜樹は白線をふんでいた。数センチうしろにさがる。
どこかでカラスが鳴いた。
千亜樹は顔をあげた。
すぐ上の電線に4羽いた。
特急電車が近づいてくる。
轟々とレールの鳴る音がせまってくる。
突然、千亜樹の足元からホームが消えた。
(えっ!?)
千亜樹は空中に浮いていた。
うしろから突き飛ばされたのだ、とわかるまで数瞬かかった。
両手とひざから線路に落ちた。
おきあがろうと動いたとき、千亜樹を落とした人物の顔が視界に映った。
千亜樹の胸を黒い矢がつらぬいた。
(クマちゃんの、お母さん!)
九磨子の母がほえた。
「どうしてオマエだけ生きているんだ。私の娘は死んだんだ。全校生徒が死んだんだ。教師だって死んだんだ。オマエも死ねばいい。みんなみんな死ねばいいっ!」
千亜樹の母が大音声を発した。
「千亜樹、逃げてっ」
特急電車の先頭車両は、立ちあがった千亜樹の眼前にあった。
血風がほとばしった。
時速100キロの鋼鉄の大蛇に蹂躙され、千亜樹の体は無残な肉片になって飛散した。
即死であった。
特急は、駅から100メートル以上をこえてトンネル内部で停車した。
車両の周辺にはブルーシートで幕が張られている。
運転手と車掌、駅前交番の警察官が、千亜樹だった肉をビニールの手ぶくろでひろいあつめていた。
バラバラになった千亜樹は、すべて、五指で持ちあげられる重さだった。
駅前警官は、近づいてくるサイレンの音を聴いた。
救急隊がブルーシートのなかに入ってきた。
駅前警官は、苦々しい顔で救急隊員に首を左右にふった。もうとっくに死んでいる、というジェスチャーだった。
救急隊員はあつめられた体を見た。
頭の一部と思われる、長い髪のついた肉塊。
胸部らしき肉片。
識別不能の部位。
あきらかに死んでいた。
救急隊は帰還した。
続いて、警察署から担当の警察官たちが現着した。遺体に合掌し、専用袋につめていく。
運転手と車掌は、特急の車輪やブレーキに肉がつまっていないことを確認すると、電車の運転を再開させた。事故から25分がたっていた。
警官たちは現場検証を終えると、遺体袋をパトカーのトランクにしまった。
パトカーには、渋谷警察、と所属がしるされている。
千亜樹が死散したのは、十王線・早影駅。
渋谷区であった。