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殺人波動(01)

 KillerKillerキラーキラー


 それは、殺人鬼だけを殺す殺人鬼。



 千亜樹は目をさました。


(ん、ここは……)


 天井も壁もベッドも自宅のモノではなかった。

千亜樹は、左腕に点滴の注射針がささっていることから、病院の個室にいるのだと理解した。


(ここが病院じゃなくて、あたしの家だったらよかったのに。そうしたら、学校での殺人事件を、もしかしたら夢だったんじゃないかって思えたのに……)


 目じりがぬれていた。右手でふきとった。涙だった。眠っているあいだも、千亜樹は泣いていたのだ。

 千亜樹は少しずつ現状を把握していく。

 火織が学校で生徒たちを殺した。

 千亜樹は殺されなかった。

 助けを呼ぶことも脱出することもできず、千亜樹は気絶した。

 そしていま、入院服を着て、病院のベッドで横になっている。

 個室のドアがひらいた。看護師だ。


「まぁ、気がついたのね、桜木さん。あなた、3日も眠っていたんだから。ここは、風城市の総合病院よ。そのまま横になって安静にしていて。すぐに先生を呼んでくるから」


 医師が来ると、看護師が、千亜樹の左腕から点滴の針をぬいた。

 千亜樹に立ちあがれる体力があるとわかると、病院内を移動し、検査が始まった。

 血圧。

 心電図。

 採血。

 視力。

 聴力。

 歩行。

 --。

 検査が終わった。個室にもどろうとすると、ドアのすぐそばで、スーツの男ふたりと看護師が言いあらそっていた。

 男のひとりが、


「10分、いや、5分でいい。桜木千亜樹さんに会わせてくれっ」

「だめです、まだご両親だって面会していないんですよ。きょうはお帰りください」

「悠長なことは言ってられないんだっ。何百人も高校生が被害者になった殺人事件なんだ。どうしても桜木千亜樹さんに話を聞きたいんだ。捜査に必要な情報を知りたいんだっ」


 男ふたりは刑事だった。

 千亜樹がめざめたことを、病院関係者がこっそり警察へ連絡したのだ。

 千亜樹は男たちに近づいて、声に強い意志をこめて言った。


「刑事さんですか? あたしが桜木千亜樹です。捜査に協力できるなら、いますぐお話をしたいです」


 医師の立ち会いのもと、個室で、千亜樹への事情聴取が始まった。

 千亜樹はベッドで上半身をおこし、刑事の質問に答えた。


・前日まで火織のようすに変わった点はなかった。

・事件直前、校庭でメイド服の少女を見た。

・凶器はわからない。

・火織が指をふるだけで教師や生徒が切断された。

・動機はわからない。

・なぜ千亜樹が殺されなかったか、わからない。

・事件当時、だれもさわらないのに教室のドアが閉まった。

・教室から逃げようとした生徒がいたが、ドアが開かなかった。

・警察を呼ぼうとしたが、なぜか携帯電話が圏外だった。


 刑事は次の質問をした。


「――桜木千亜樹さん、あなたは『渋谷で自殺した少女は、天使に生まれ変わってよみがえる』という都市伝説を知っていますか?」

「はい、知っています。……クラスの友人から聞きました。でも、どうしてこんな質問をするんですか。なにか、事件と関係があるんですか?」


 と言ったあと、千亜樹は気がついた。事件の日、火織の頭からは白い翼がはえていた。


(まさか、あの翼は、天使の翼なの!?)


 刑事が答える。


「事件直後、連城火織は、学校の正門でテレビ局のインタビューを受けているんです。そのインタビューで連城は、都市伝説は真実だ、と言ったんですよ。事件前、連城火織は都市伝説について、なにか言っていましたか?」

「……いいえ。なにも言っていませんでした」


 刑事からの質問が一段落すると、逆に、千亜樹がたずねた。


「火織ちゃ……連城火織は、まだ、つかまっていないんですか?」

「まだ、身柄を確保できていないんです。共犯と思われる連城家のメイドも逃走中です。現在、各地の警察が全力で捜査しています」


 千亜樹は、いちばん聞きたくて聞けなかった質問を、ついに口にだした。


「風城高校での殺人事件で生き残ったのは、あたし以外に、だれかいるんでしょうか? 生きている生徒や先生は、いるんですか?」


 刑事は首を横にふって、


「生存者は、ほかにいません。教師も生徒も、あなた以外の全員が殺害されました」


 千亜樹は無言だった。のどが急にかわいた。心臓を見えない手にしめつけられた。刑事と医師がいなければ、大声で泣きたかった。

 友人が死んだ。

 先輩が死んだ。

 先生が死んだ。

 まだ会話をしたことのない、だが、これから仲良くなれるかもしれなかっただれかも死んでしまった。

 火織が千亜樹に伝えた「あなただけは殺さない」という言葉は、やはり、千亜樹以外を皆殺しにするという意味だったのだ。

 刑事はせきばらいをして、


「では、最後の質問させてください。全校生徒殺人事件の当日は、桜木千亜樹さん、あなたの誕生日でした。なぜ、あなたの誕生日に事件がおきたか、心あたりはありますか?」


 千亜樹は、天と地が逆転するのを感じた。耳鳴りを聞いた。


(刑事さんは、いまなんて言ったの? 意味がわからない。イミガワカラナイ)


 平静をうしなった意識のまま、千亜樹はつぶやいた。


「誕生日……、あたしの、16歳の誕生日? あたしの誕生日に、みんなが殺されたの……?」


 医者が声をあらげた。


「刑事さん、あんた、ひどすぎるぞ。言っていいことと悪いことがあるだろうっ」

「いいんです、先生」


 と桜木千亜樹が言った。両手でシーツをにぎりしめ、自我をとりもどしていた。16歳の少女とは思えない強固な精神力だった。


「あたしの誕生日になぜ事件がおこったか、心あたりはありません。――すみません、これで面会は終わりにさせてください。ひとりになりたいんです」


 刑事ふたりが退室した。

 医者は、刑事の言ったことは気にするな、なにかあったらすぐに看護師を呼ぶように、と慰撫の言葉をかけて去った。

 残された千亜樹は、両手のひらを口にあてた。泣き声をおさえているのだ。涙だけはがまんできなかった。大粒のしずくがこぼれた。


(火織、火織、火織、火織、火織……っ!)


 悲しみと憎しみが、黒い粒子になって背骨から分泌され、血液にとけて全身にまわるのを千亜樹は感じていた。


(わすれていた。あの惨劇の日は、あたしの誕生日だった。火織は、あたしの誕生日に、学校のみんなを殺したんだ……)


「誕生日プレゼントは、もう用意してあるわよ」という火織の声が、千亜樹の脳で鮮烈によみがえった。


(あたしは、もう、誕生日を祝ってもらっても、うれしいと感じることはないだろう。毎年、誕生日には、友達の生首を思いだすだろう。友達を殺された。先輩を殺された。先生を殺された。大切な居場所を殺された。ゆるさない。――天使だろうが悪魔だろうが、連城火織を絶対にゆるさないっ)


 烈火の想い。胃液が逆流した。のどが熱い。口の中までとどいた吐瀉物があふれでようとするのを、千亜樹は手のひらで押さえた。はげしい嘔吐感に耐えながら胃液を飲みこみ、体内にもどした。

 吐いて服をよごせば、火織が遠いどこかで笑う気がした。

 大声で泣きさけべば、火織に負けることになる気がした。

 涙だけをながしながら、千亜樹は気づいた。

 一番ゆるせない事実は、千亜樹から「火織ちゃん」という大切な幼なじみをうばったことだった。



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