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全校生徒殺人事件(06)

 昼休みになっても火織は登校してこなかった。

 千亜樹は携帯電話からメールをしてみたが、返信はなかった。

 5限目の授業を受けながら、千亜樹は、ふと窓から外を見た。見なれないものがあった。

 グラウンドの中央に、メイド服の少女が立っている。


(なんだろう、あの人。なにをしているんだろう)


 と千亜樹が不安をおぼえたとき、教室のまえのドアがひらいた。

 美しい影が入室した。連城火織である。登校してきたのだ。


(あっ、火織ちゃん! ……あれ?)


 ここは1年A組。授業中に、1年D組の火織がやってくるのはおかしい。しかし、それ以上に奇妙な点があった。

 火織の頭部、両耳のあたりから白い翼がはえている。ふたつの翼は頭より高い位置まで隆起し、続いて火織の腰のあたりまで伸びていた。羽根をすきまなくたくわえた、大きく優美な翼であった。

 火織にいちばん近い位置に立つ教師が、


「ど、どうしたんだ連城? 授業中だぞ。ここはキミのクラスじゃない。それから、その、かぶりモノの翼はなんなんだ? いますぐ、はずしなさい」


 火織は悠然と動かない。

 教室のまえのドアがしまった。

 だれもさわっていなかった。

 火織だけがおどろかない。

 白い翼の美少女が、ゆっくりと、右手をひたいより高くあげた。人差し指と中指だけを立てている。長い指は、小さな剣のようにも見えた。

 火織が、数歩離れた教師へ指剣を振りおろした。

 瞬間、教師の頭頂から股間にかけて、赤い線が走った。

 教師の体はVの字にかたむき、そのまま左右に倒れた。

 生徒たちは、教師の断面から、人体には脳と内臓がつまっているという事実を肉眼視して、赤い悲鳴をあげた。狂乱。数人が脱出しようと教室のうしろのドアをつかんだ。開かない。男子3人の力でも動かない。

 泣きわめく生徒たちを、火織は教壇から傲然と見おろして、


「だまりなさい」


と指剣を横に振った。

 それだけで、1年A組の35人の首は体を離れて飛んだ。生首には長い背骨がつながっていた。空中に、人面の白い蛇たちが血けむりをつれて舞う。胴体はまっぷたつに割れ、右半身は廊下側の壁に、左半身は窓にはりついた。肉の壁。どろりと内臓がこぼれ、まじりあい、床を地獄色にそめた。

 ただひとり無傷の千亜樹だけが、現実とは思えない光景を茫然と見つめていた。

血をあびて真っ赤になっている。

 千亜樹以外の全員が首だけになっていた。

 背骨つきの生首が机や床に落ちた。

 生徒たちはまだ生きていた。白目をむいて涙をながし、ぱくぱくと口をあける。

 ――達人がさばいた魚は、頭と背骨だけになった直後でも水をおよぐという。

 生首たちは異界の生物のように背骨をばたつかせていた。

 机の上から、九磨子の首が千亜樹を見ていた。生首のくちびるは、


 た、

 す、

 け、

 て。


 と動いた。

 数秒後、すべての首は停止した。苦悶の絶命であった。

 千亜樹は、赤い教室で力のかぎりさけんだ。


「きゃああああああ、いやあああああああああああああああああああああっ!」


 火織は返り血をあびていない。かがやく翼の美少女は、無表情で千亜樹へ歩きだした。

 絶世の美少女が千亜樹の眼前に立った。

 千亜樹は、たちすくんで動けない。

 火織の右手が千亜樹へ伸びた。

 千亜樹は目をとじた。耳が、鼓動で轟々と鳴っている。

 火織の手は千亜樹のほほにふれた。そのまま動かない。


(え……?)


 千亜樹はゆっくりと目をあけた。

 翼の少女は千亜樹をみつめていた。

 火織は、


「あなただけは、殺さないわ」


 と背を見せた。数歩を進み、教室のドアに手をかける。

 扉はなめらかにひらいた。

 火織が退室した。

 ドアが、ふたたび、見えない手に動かされたように閉められた。

 千亜樹はロッカーに背中をあずけて、そのまま脱力してしゃがみこんだ。視界は、天井も壁も床も赤かった。眼前には、生首が散乱している。教室の左右には、死体の半身がへばりついている。


(なぜ先生が死んでいるの。どうしてみんなが死んでいるの。なぜ、どうして?)


 混乱する千亜樹を聴覚が現実に呼びもどした。

 となりの教室から断末魔のさけびが聞こえたのだ。

 千亜樹は、火織が残した「あなただけは殺さない」という言葉の意味をさとって蒼白になった。

 白い翼の少女は、風城高校の全校生徒を殺害するつもりなのだ。


(警察……、警察を呼ばなきゃっ)


 涙をぬぐわず、千亜樹は携帯電話をだした。画面を見て愕然とした。圏外になっていた。


(そんな、どうして? いままで、学校で圏外になったことなんて一度もないのにっ)


 千亜樹は、這うように窓側の死体に近づくと、目をそむけながらポケットをさぐって携帯電話をとりだした。

 圏外だった。

 次の遺体からケータイをとりだす。

 圏外だ。

 床下から男女の悲鳴が聞こえた。

 下の階は2年A組の教室である。


(やめて、殺さないで。もう、だれも殺さないでっ)


 心で何度もさけんだあと、桜木千亜樹は意識をうしなって、体を血まみれの床にあずけた。



 火織はうわばきを下駄箱にしまい、靴をはいた。校舎をでた。

 大樹の木陰にメイド服の少女が立っていた。赤い右目と青い左目。佐綾である。


「火織お嬢様、終わりましたか?」

「ええ、終わったわ」


 終わった、とは、風城高校の全生徒・全職員を殺戮した、という意味であった。


「お疲れさまでした」


 と佐綾は一礼した。メイド少女の両手の甲からは小さな白い翼がはえていた。

 火織は校門を見て、


「テレビ局のカメラ、来ているようね」


 連城火織はホシテレビに、「きょうの午後に風城高校で全校生徒を殺す」と書いた便せんと、テレビ局の社員の生首をダンボール箱で送りつけていた。

 いや、正確には、生首ではない。首をさらに縦に切断して、顔だけを箱の底にしのばせておいたのだ。


「佐綾、いまから校門に行くわ。ただ、手ぶらではよくないわね。小道具がほしいわ。首をふたつ、ひろってくれるかしら。髪の長い女子がいいわ」

「はい、火織お嬢様」


 数秒後、ふたつの生首が佐綾の胸前にこつ然とあらわれた。

 どうぞ、と佐綾が差しだした生首の髪を、

 火織は左手でにぎった。


「これでいいわ。行きましょう、佐綾」


 美しい殺人鬼は、すずやかに言った。



 テレビカメラが、正門へ歩みくる火織と、うしろに続くメイドをとらえた。

 正門前で、事件リポーターの中年女性が早口で言いたてる。


「たったいま、都立風城高等学校からふたりの少女がでてきました。手前のひとりは、頭に大きな白い翼のかざりをつけています。あっ、翼を頭につけた少女が、手に、なにかをぶらさげています。人の首です、生首ですっ」


 カメラマンもリポーターも、ホシテレビの局員である。撮影は、ワイドショーで日本全国に生中継されていた。

 テレビ局員たちは約30分前に風城高校正門前に到着し、車ごと入ろうとしたが、正門より先には進めなかった。見えない壁が立っていたのだ。塀を乗りこえて校舎に行こうという試みも失敗した。やはり、不可視の障壁があった。そのため、カメラを正門前にかまえ、最大限の望遠ズームで校舎を映していた。数分後、教室の窓ガラスが真っ赤にそまり始めた。大量殺人事件の生放送。大スクープである。

 そしてついに、テレビカメラのレンズは犯人らしき少女ふたりをとらえた。

 リポーターが続ける。


「あの少女たちが犯人なのでしょうかっ。凶器は持っていません、凶器は持っていませんっ。生首からは血がしたたっています。本物です、本物の死体ですっ」


 佐綾は足をとめた。

 火織だけが翼をはためかせて、歩いて正門をこえた。

 見えない壁は消えていた。

 連城火織の人外の美しさに魅了され、リポーターは数秒、無言になった。

 リポーターは、我にかえると火織に駆けよった。

 カメラの構図も、火織のバストアップを映す。

 リポーターの中年女性は、


「あなたが全校生徒殺人を予告したんですか? ほんとうに、生徒全員を殺したんですか!?」


 と、腕をのばして火織にマイクをむけた。

 火織が口をひらいた。カメラレンズをまっすぐに見すえて、


「わたしの名前は、連城火織。――渋谷で自殺すると天使に生まれ変わってよみがえる、という都市伝説は真実よ。人間をやめて白い翼を手に入れたい女の子は、いますぐ渋谷へ行きなさい」


 リポーターは、さらに一歩、火織に近づいて、

「質問に答えてください。ほんとうに、全校生徒700人を殺したんですか? ほんとうにあなたが殺したんですクワジャ!?」


 リポーターが奇声をあげて顔を真上にむけた。そのまま、後頭部は可動限界をこえて背中に貼りついた。体は前面をむいたままで、リポーターの顔は真うしろにぶらさがっていた。

 皮一枚を残して、火織が首を切断したのだ。

 リポーターの首の断面から血の泡がもりあがり、赤いシャワーが噴きあがった瞬間、火織と佐綾は消えていた。

 地面に、少女の生首がふたつ残されている。

 白い羽根が中空から舞い散っていた。

 翼を持つ美少女たちが住宅街の屋根から屋根へ跳びさっていったのだ、とは、カメラマンにはわからなかった。

 遠くから響くパトカーのサイレンをカメラマンは茫然と聞いていた。



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