全校生徒殺人事件(05)
月だけがかがやいている。
雲がないのに星は見えない。不思議な夜だった。
きらめく夜景――ビル群のひとつ、新築の高層オフィスビルの屋上の扉がひらいた。
連城火織が現れた。。
セーラー服と黒ストッキング。
続いて、長身の少女が屋上に立った。連城家に仕えるメイドである。ロングのエプロンドレス。火織より1歳か2歳年上だろう。あみこんだ髪をすっきりまとめ、耳やうなじを見せている。ととのった顔で瞳だけが異彩をはなっていた。
右目がルビー色。左目はサファイア色。
オッドアイである。妖美のメイド少女であった。
火織はメイドに告げた。
「月がきれいね。ここでいいわ」
「はい、火織お嬢様」
長身メイドは、ヴァイオリンケースをコンクリートの床にそっと置いた。ケースをあける。絢爛な短剣が2本。両方をとりだして、1本を火織に手わたした。
火織が、赤と青の瞳をみつめて言った。
「佐綾、ほんとうにいいの? わたしにつきあうことはないのよ」
智原佐綾。メイド少女の名前である。
佐綾は、短剣を胸のまえでにぎって、
「わたくしは、いつも火織お嬢様のおそばにいます。これからも、ずっと」
まよいをふくまない答えだった。
「ありがとう、佐綾。……わたしが先に行くわ」
火織は、短剣の刃を、自分の首に軽くあてた。刃が月光を反射する。短剣を力をこめた。皮膚、肉、頸動脈。鮮血が生き物のように飛びだす。首から巨大な赤い翼がはえているようだった。
渋谷区のビル屋上だった。
次の朝。1限目が終わると、千亜樹は1年A組を飛びだして、D組のドアをあけた。火織のクラスである。
「火織ちゃん、おはようー。桜木千亜樹、推参っ。……あれ?」
火織の席に主はいなかった。
1年D組の女子生徒が言った。
「あら、桜木さん。きょう、連城さんは来てないわよ。お休みじゃないかしら。連城さんは、遅刻したことないから」
港区のホシテレビ本社ビルは、地下3階・地上33階の巨体をほこる建造物である。
13階の報道部フロアで、番組制作責任者の男は困惑していた。自動販売機で缶コーヒーを買って席にもどると、ついさっきまではなかったダンボール箱がデスクの上に鎮座していたのだ。
40センチ×32センチ×23センチの大サイズである。
奇妙な箱であった。
宅配便の伝票が貼ってあるのに、差し出し人の欄が空白なのだ。宅配業者のスタンプも押されていない。どうやって本社にとどいたのか。宛て名には『ホシテレビ・ワイドショー担当プロデューサー様』とある。男のことであった。
開けろ、すぐに中を見ろ――とテレビマンの本能がささやいた。ガムテープをはがし、ダンボール箱を開封した。
便せんが一枚。
書かれている文章は短かった。
一読すると、男は便せんを足元のゴミ箱に放り投げた。よくあるイタズラだ、と思った。
ダンボール箱をデスクからおろそうと持ちあげたとき、男の顔色が変わった。
空のはずなのに、重い。
もう一度ダンボール箱をあけた。上げ底になっている。底に見せかけたダンボール板の下に、なにかがある。高さ5センチの空間にかくされているモノがある。
男の本能がざわめく。
見ろ。
見るな。
見ろ。
つめをダンボールに食いこませ、男はニセの底板を一気にとりさった。
見なければよかった。
内容物と目があったせいで、男は一生、睡眠薬なしでは眠れない体になった。
「うわああああああああっ、なんだ、なんなんだ、これはっ!」
ダンボール箱から鉄のにおいが立ちのぼる。血のにおいだ。
とおりすがりの女性社員が箱の中身を見た。恐怖の悲鳴をあげる。
男はゴミ箱から便せんをひろいあげ、もう一度読んでから、のどを痛めるいきおいでさけんだ。
「だれか、警察を呼んでくれっ。それから、緊急生放送の準備だ。東京都風城市の、風城高校にむかってくれ!」