全校生徒殺人事件(03)
千亜樹を残し、九磨子と部長が女子更衣室をでた。
ふたりは正門にむかった。部活終了後、男女全員が集まってから解散・帰宅するのが水泳部の慣習だった。
オレンジ色の太陽が雲をすかしてかがやいている。
正門の外、桜並木の広い歩道に部員たちが見えた。
九磨子は、部員たちと離れた場所に、水泳部員ではない少女がひとり立っているのを見さだめた。
腰より長い髪、風城高校のセーラー服と黒ストッキング。
九磨子は少女の名前を知っていた。うっとりとつぶやいた。
「あ、連城さん……」
部長も少女を視認した。九磨子に「ええ、連城さんね」と答えようとした。声をだせなかった。10メートル以上遠い位置にいながら、少女に見とれてしまっていたのである。少女しか見えない。
忘我の部長の視界で、少女の髪が風にさらわれた。
1年D組、連城火織。16歳。
絶世の美少女であった。
ゆるやかなウェーブの髪は金糸銀糸のようにかがやいている。光の結晶のような瞳。処女雪をやどしたような肌。神に愛された天才画家が一生をついやしても、この少女の美貌を再現できないだろう。
九磨子が、火織に声をかける。
「れ、連城さん。きょうも、千亜樹ちゃんを待っているの?」
桜木千亜樹と連城火織は幼なじみであった。
火織は微笑しながら答えた。
「……ええ。千亜樹はまだみたいね。水泳部の集合時間、もうすぐなんでしょう?」
やさしさと凛々しさをそなえた声。
九磨子の鼓動が早くなる。火織の笑顔を見た者は平静ではいられない。
ほかの男子部員も女子部員も、無意識に視線を火織にむけてしまっていた。空に満月があれば、人は星より月を見てしまう。
「――お、桜木が来たぞ。これで全員集合だな」
セーラー服の千亜樹が正門前ヘ走ってくる。
千亜樹が合流した。両手をひざにあて、肩で息をしながら、
「……すみません、桜木千亜樹、ただいま到着しましたっ」
九磨子が腕時計を見て、
「1分前。千亜樹ちゃん、ぎりぎりセーフ!」
千亜樹が顔をあげて、笑顔を火織に送った。
(ちょっと待っててね、火織ちゃん)
伝わった。
火織も笑みを返した。
部長が水泳部の一団から数歩前にでた。
水泳部全員、部長へむきなおる。
「それでは、風城高校水泳部、解散します。解散!」
『お疲れさまでした!』
水泳部の男女が唱和した。
部員たちはいくつかのグループに分かれた。
南の南郷線「風城駅」へむかう部員たち。
西の真央線「新風城駅」から帰る者たち。
千亜樹は火織に駆けよって、
「あたしは、きょうも火織ちゃんと帰ります。みんな、お疲れさまでしたー」
千亜樹の愛らしさも、火織の横にならぶと元気な子供にしか見えない。
「おう、桜木、また明日な」
「千亜樹、お疲れさま。バイバーイ」
部員たちのグループは、それぞれ南へ西へ進み始めた。
九磨子は動かなかった。
千亜樹がふりむいて、
「クマちゃんは、みんなといっしょに帰らないの?」
「うん。私、サッカー部の練習が終わるのを待つから」
「そっか、矢太刀くんといっしょに帰るんだね」
「……うん! 千亜樹ちゃん、連城さん、また明日っ」
千亜樹と火織は、九磨子へあいさつをして風城駅へ歩きだした。