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全校生徒殺人事件(02)

 8コース・25メートルの水面が、太陽の光を反射している。


 放課後のプールに20人の部員が声援を送っていた。


 泳いでいるのはただひとり。桜木千亜樹だった。背泳ぎだ。


 タイム・トライアルとは、部員ひとりずつが泳ぐ記録会である。疲れた体ではよい記録がでないので、タイム・トライアルの日は通常の練習をやらないのだ。


 ゴーグルをつけた千亜樹は、酸素をもとめて大きく呼吸している。

 ムダのないフォームだった。左右の腕が水を押すたびに、体がぐいぐいと進むのが見てわかる。足はほとんど泡をたてなかった。足先がしっかりと水をつかんでいる証拠だ。


「千亜樹ちゃん、あと10メートル。がんばれー」


 マネージャーの九磨子がスタート台の上でさけんだ。


(そうだ、がんばれ、あたしの体!)


 視界のコースロープが青から黄色に変わった。残り5メートルになったのだ。


 部員たちの声援が聞こえる。


 千亜樹の指がプールの壁をたたいた。ゴールしたのだ。

 九磨子が、計測タイムを読みあげる。


「千亜樹ちゃん、100メートル背泳ぎ、1分●秒。自己ベスト記録、更新です!」


 部員から歓声があがった。関東大会ならまちがいなく出場できるタイムだ。全国大会もねらえるかもしれない。


 千亜樹はあおむけに水に浮いたまま動かない。いや、動けないのだ。全力をだしきっていた。呼吸はあらく、胸が上下している。


「千亜樹ちゃん千亜樹ちゃん、聞こえる? 自己ベスト更新だよ、おめでとうっ」


 九磨子の声はとどいた。


 千亜樹はゴーグルをはずし、笑顔とピースを返した。





 水泳部全員の個人記録の計測が終わった。


 部員たちは整列し、プールに一礼をしたあと、更衣室に移動した。全員がジャージ姿である。


 女子更衣室の千亜樹はしずかに、しかし、いそいで着がえ始めた。動作のたびにポニーテールがゆれている。


(やばい。ほんとうにやばい。早く更衣室をでなければ……)


 ジャージを脱いで水着になった千亜樹に、長身短髪の先輩が声をかけた。部長である。


「あら、千亜樹。なにをそんなにいそいでいるのかしら?」


 千亜樹が、ゆっくりふりむくと――。


 部長だけではなく女子全員が千亜樹を見ていた。だれも着がえていない。


 部長はあごをあげて、


「タイム・トライアルで自己ベスト記録を更新した女子は、ほかの女子全員に胸をもまれて〈祝福〉を受ける。まさか、この伝統行事をわすれたわけじゃないわよね?」


 巨乳少女・千亜樹に、女子全員がにじりよる。


 千亜樹は一歩さがって、


「お、お言葉ですが、部長。悪しき慣習は、どこかで断ち切る勇気が必要だと思うのですよ。それが若い世代の義務と使命だと思うのですよ」


 部長は般若の相で、


「伝統を生みだした張本人がなにを言うか、千亜樹っ。新入部員のくせに、いきなり4月から先輩たちの胸をもみまくっておいて……。者ども、かかれっ」


 部長の動員令と同時に、九磨子が千亜樹をうしろから羽交い絞めにした。


「ああっ、クマちゃんゆるして。あたしたち、友達だよね?」


 九磨子は、ふるふると首をふった。


「ごめんね、千亜樹ちゃん。友情は、おっぱいより軽いんだよ」


「そんな、クマちゃん。ゆるして、はなして。……ああぁんっ!」


 部長が千亜樹の豊乳をもみ始めていた。十指を水着の上から胸に食いこませながら、


「なにこの弾力。なにこのボリューム。さすがは水泳部巨乳艦隊のひとりね……。ええい、もう辛抱たまらんわ。私は生乳をもむぞ、千亜樹ぃぃぃぃ!」





 男子更衣室では、部員たちが着がえを進めていた。


「なぁ、なんか女子がさわいでないか?」


「そういえば、タイム・トライアルのあとはいつも大さわぎしてる気がするな。陽気なやつらだなぁ」


 男子たちはなにもわかっていなかった。





 九磨子が千亜樹の水着から手をぬいた。


 千亜樹は、すとんとしりもちをついて、そのまま横むきに倒れた。水着の肩ひもをみだしたままで、


「あたし……うばわれちゃった……。あたしのおっぱい……、全部うばわれちゃった……」


 女子部員たちは黙々と着がえを進めている。

 だれも千亜樹に同情しない。

 全員が、過去に千亜樹に胸をもみしだかれた被害者だった。


 セーラー服の部長が、


「ほら千亜樹、悲劇のヒロインはもういいから。横になったりするから、せっかく洗った髪が、また汚れちゃってるじゃない。すぐにシャワーをあびて着がえないと、校門前の集合時間にまにあわないよ?」


「はーい」


 千亜樹はのそのそと猫背でシャワーにむかった。



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