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白と黒の邪悪(03)

 千亜樹と菜々瀬は、スクランブル交差点をわたり、渋谷センター街にやってきた。

 休日は5万人がおとずれる繁華街である。

 ランチタイムだ。

 きょうは土曜日、中学生・高校生もいる。

 本屋、シルバーアクセサリ店、ドラッグストア。

 コーヒーショップやファーストフードなど数々の飲食店。

 全6階の有名ファッションブランドのビル。

 大型ゲームセンター。

 スポーツブランドのフラッグシップショップもある。

 菜々瀬が、千亜樹の手首をつかんで言った。


「……千亜樹さん、おちついてくださいね」


 千亜樹はなんのことかわからなかった。しかし、次の瞬間、目をうたがった。

 千亜樹の母校、風城高校の女生徒たちが歩いている。

 3人いた。

 火織にすべて殺されたはずの生徒たちが、渋谷を歩いている。

 いや、ちがう。

 他校の女子高生が、風高のセーラー服を着て歩いているだけだ。女子高生3人は、千亜樹の心を真っ赤にたぎらせるアクセサリーをつけていた。白く長い羽根がはえたカチューシャである。

 白い翼。風城高校のセーラー服。

 女子高生たちは、連城火織をまねているのだ。


(どうしてあの子たちは火織のかっこうをして、笑いながら歩いているの!? 連城火織は、高校生700人の命をうばった殺人鬼なのに……っ)


 千亜樹はこぶしをにぎりしめた。女子高生たちの胸ぐらをつかみたい、ほほを張りたいという衝動をこらえた。

 女子高生3人は、千亜樹と菜々瀬のまえをとおりすぎ、駅方面に遠く小さくなった。


「……菜々瀬ちゃん、ありがとう。あたしは、もう、だいじょうぶだから」

「千亜樹さんにはつらいでしょうが、いま見た光景が現実なんです。大量殺人鬼・連城火織は、一部の女子高生、女子中学生のあいだでカリスマになっているんです」


 眼帯少女は沈黙で答えた。


(あたしもまわりから見れば、殺人鬼にあこがれて風高のセーラー服を着ている人間と思われてしまうんだ……)


 殺人者を、「通常ではできない偉業を達成した称賛すべき人物」と崇める風潮は実在する。大量殺人者・猟奇殺人者ほど注目されやすい。

 連城火織は、学校の全生徒・全職員を殺害し、麗姿美貌をテレビカメラにさらした。さらに生中継でリポーターの首をさわらずに切断してみせた。

 影響を受ける多感な中高生もいただろう。


「千亜樹さん。わたくしが『渋谷区で自殺するのは1日に多くても数人だ』と言ったのをおぼえていらっしゃいますか? あれは、連城火織が全校生徒殺人事件をおこすまえの話です。事件の翌日は、日本中から集まった100人の女子高生・女子中学生が渋谷で自殺しましたわ……」

「100人!? 100人の女の子たちが、火織とおなじ天使になろうとして自殺したのっ?」

「はい。事件から1週間以上たったいまでも、毎日数人が自殺しています。天使になりたいと願って自殺する人たちをなくすためにも、殺人鬼・連城火織を斃し、彼女が死んだことを公表しなくてはいけませんわ。――わたくしたち鬼火にとっても、連城火織は最優先抹殺対象マストキル・ターゲットなんです。鬼火の総司令は、天使の存在が世間に知られてしまったことと、自殺者急増の責任をとるために、政府から停職処分を受けているんです」

「そうだったんだ……」

「たったいま、わたくしの能力〈千里心眼パース・シーカー〉が、渋谷区の大石町で少女が自殺したことを感知しました。現場へむかいますわ。千亜樹さん、同行してくださいませっ」


 菜々瀬が跳んだ。

 千亜樹も地を蹴った。心の底で怒りの炎を燃やしながら。


(火織、火織、火織……っ。待っていろ、あたしはかならず、おまえのまえに立ってみせる……っ)


 ふたりの堕天使は、飛鳥のように渋谷の空を駆けていった。




 千亜樹は、沈痛な声でつぶやいた。


「こんなに小さな子が、自殺するなんて……」


 マンションの屋上である。

 私立小学校の制服を着た女児が、カッターナイフで首を切りさき失血死していた。貯水槽の鉄柱に背中をあずけて、すわった姿勢で動かなくなっている。

 ――生きることは、ときにつらく悲しい。だが、命をみずから断ってしまえば、悲しむことさえできなくなってしまう。

 菜々瀬は、目をむく死体に手を近づけて両目をとざしてから、


「……この子は、12歳でした。天使化の可能性がありますので、対策をしますわ」


 菜々瀬は赤いナイフで小学生の毛髪を少量だけ切った。透明な小ビンに入れる。ラベルに、日時と「渋谷区大石町マンション屋上」と記入した。


「これで対策は完了ですわ。天使化が始まれば、遺体の再生と同時に、ビンから髪の毛が消えて本体にもどります。天使になったかどうか、離れていてもわかりますわ。この場所に自殺者がいることは鬼火隊員のみなさんに連絡ずみなので、ご遺体の監視は彼らにまかせてもいいのですが……。ほかの自殺者を感知するまでは、わたくしたちも監視をしましょう」


 菜々瀬は、隣接するオフィスビルの屋上に跳びあがった。

 千亜樹も続く。

 眼帯少女は、眼下に女子小学生の遺体を見ながら、


「菜々瀬ちゃん、教えてほしいことがあるの。天使化する可能性がある自殺者は、何歳から何歳までの女の子なの? 天使化の確率は、だいたい何パーセントくらいなの?」

「過去の例では、12歳から17歳までが天使化する年齢層ですわ。天使化する確率は、ほんとうにばらつきがあるので統計的なことは言いにくいのですが、多い月には10パーセント、少ない月は1パーセントの自殺者が、天使化しています」

「1パーセントッ。そんなに少ない確率のときもあるのっ?」

「……はい。わたくしと千亜樹さんが、天使化して堕天使になれたのは、ほんとうにわずかな可能性をたぐりよせた結果だったんですわ」

「菜々瀬ちゃん。さっきの小学生の子が天使化を始めてしまったら、あたしたちが翼をひきぬいて天使化をとめることはできないの? あの子を堕天使にすることはできないのかな?」

「……残念ながら、できません。天使化の完了直前に鬼火の隊員が翼をぬく、という行動は、過去に何度もやったことがあるんです。でも、すべて失敗に終わってしまいました。わたくしたちが翼をひきぬいても、すぐ再生して、またはえてしまうんです。堕天使になるためには、少女が自分自身の意志で殺人衝動に打ち勝ち、自分の手で翼をひきちぎる必要があると考えられますわ」

「そうなんだ……」


 千亜樹は、もしも女子小学生が天使化したならば、心臓をナイフでつらぬく覚悟を決めた。殺人天使は殺さなくてはならない。たとえ、幼い少女であっても。


「千亜樹さん、もし天使化が始まった場合、ほかの天使が新天使を迎えに来る可能性がありますのでご注意くださいませ。敵の天使に、新天使誕生を感知する能力者がいるようなんです」

「うん、了解だよ、菜々瀬ちゃん」


 千亜樹たちが女子小学生の遺体のもとを来訪してから、1時間がたった。


「もう、天使化が始まる心配はないと思います。千亜樹さん、渋谷駅前にもどりましょう」


 千亜樹は、女子小学生の遺体へふりかえり、


(さようなら。あなたの名前も死んだ理由もわからないけれど、どうか、やすらかに眠ってね……)


 と心でつぶやいてから、渋谷駅へ跳びさった。




 午後。

 千亜樹と菜々瀬は、渋谷駅周辺で少女の自殺体を発見・監視していた。

 駅ビルとつながる渋谷アークパレスの床を、頸動脈を掻っ切って血の池にした女子中学生。

 どこからしのびこんだのか、シブヤ10Qビルの屋上で服毒自殺をした女子高生ふたり。

 だれも天使化しなかった。

 千亜樹は、10Qの屋上から西の空を見ていた。

 残照のオレンジ色が濃くなっていく。

 夕刻になっていた。


「千亜樹さん、また自殺者を感知しましたわ。駅前ではありません。世田谷区の黒羽衣で、女子高生が飛びおり自殺をしました。過去に天使化した例がある地域なので、渋谷区外ですが、これから千亜樹さんといっしょにむかいたいと思いますわ。行きましょうっ」


 菜々瀬と千亜樹は北西へ跳んだ。

 ――もうすぐ自殺現場という距離で、千亜樹の隻眼は、マンションに隣接する公園を見た。

 少女の遺体が横たわっている。

 死体は赤くかがやいている。


「菜々瀬ちゃん、あの光……っ」

「いけません、天使化が始まったんですわ、いそぎましょうっ」




「火織さま、世田谷区の黒羽衣で、新しい天使が誕生いたしました。ですが、天使化が完了した直後に反応が消えてしまいました。特殊部隊の中学生堕天使と桜木千亜樹が、天使になった少女を殺害してしまったと思われます」


 暗い部屋で、中学生天使・宝座有鎖が言った。

 ソファーにすわっていた連城火織は、目をふせたまま、

「そう。新しい天使を仲間にできなかったのは残念だけど、堕天使ふたりが世田谷区にいるのは好都合ね。有鎖。黒兎と白兎たちに、対天使特殊部隊の本部をすぐに襲撃するよう伝えてちょうだい」



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