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全校生徒殺人事件(01)

 KillerKillerキラーキラー


 それは、殺人鬼だけを殺す殺人鬼。




 6月初旬の青空を雲がわたっていく。


 電車が、朝の通勤通学の男女を乗せて北西へ走る。東京都の南郷線である。


 最後尾の車両。桜木さくらぎ千亜樹ちあきは、もじもじと体をくねらせていた。20代前半のサラリーマンから痴漢にあっているのだ。

 痴漢は、千亜樹の真正面から体を密着させ、右手で胸を、左手でふとももをさすっていた。


 桜木千亜樹は美少女だった。


 15歳、高校1年生。


 ポニーテールの髪は、色素がうすく、光がさすたびにきらめいた。瞳は大きく、天然の長いまつげが影を落としている。くちびるは赤いが、肌の香りしかしない。化粧をしていないのだ。胸がかなり大きい。


 155センチの少女がまとっているのは、

 赤いセーラーカラー、

 黒いセーラーブラウス、

 赤いプリーツスカート、のセーラー服である。


 進学校の制服だ、と興奮をおぼえる痴漢には、千亜樹が、恥辱にさからえない少女に見えた。


 だが、千亜樹は怒りに燃えていた。


(この痴漢男、絶対に、ゆるさないんだからっ)


 「やめてください」と声をだす気はなかった。手をはらってまっすぐ男の顔をにらむという対策も、わざと実行していなかった。ギリギリまで痴漢行為に耐えて、逆転の策にでる計画なのだ。


(確実に警察につきだしてやるっ。女子高生のおっぱいをさわっていいのは、彼氏と、女子高生だけだ!)


 電車が速度をおとした。停車の準備だ。次の駅は千亜樹がおりる「風城」だ。


 千亜樹は深く息を吸った。秘策の準備はととのった。ありったけの大声で、


「この人、痴漢です!」


 同時に痴漢の手首をにぎって高々とあげる。


 車内の視線が集まる。


 痴漢のとなりに立っている私服の中年男性が、


「あんた、ほんとうにチカンしたのかい? ちょっと次の駅でおりてもらおうか」


 痴漢は誠実さにあふれた笑顔で、


「いやだなぁ、チカンなんてしていませんって。ボクがそんなことするような人間に見えますか? 電車がゆれたとき、この女の子に一瞬だけぶつかったんですよね。この子のかんちがいですよ」


 千亜樹は、中年男性に純白の金属体をわたした。携帯電話である。


 中年男性は、ケータイの液晶画面を数秒見たあと、痴漢に画面をむけて、


「あんた、これはもう言いのがれできないよ。あんたの手が女の子の胸をさわり続けるようすが、しっかり動画に記録されているじゃないか。あんたの顔だって映ってるよ」


 決定的だった。千亜樹は、痴漢の死角からケータイをとりだして、撮影を実行していたのだ。


 中年男性は痴漢の肩と手首をつかんだ。


 別の男性も続いた。


 痴漢は、ふたりの成人男性に押さえられた。

 好青年の仮面をはがされて、痴漢はうつむいて声もない。


(うん、よくやった、あたし!)


 千亜樹は目をかがやかせていた。恥辱からの解放感と、犯罪者をつかまえた充足感があった。


 電車のドアがひらいた。

 風城駅についたのだ。


 痴漢1名と、逃走防止役の男性2名が最初におりた。


 千亜樹と、ほかの客も駅のホームをふむ。


 階段をのぼれば駅員室と改札である。

 痴漢が、押さえられたまま階段をあがり始めた。

 すぐうしろに千亜樹がいる。


 痴漢が足をとめた。首だけふりむいて、


「キミ、ひどいことをしてすまなかった。反省している。まずは、いますぐ、あやまらせてくれ」


 と千亜樹にむきなおろうと体をねじった。

 肩と手首を押さえた男性たちも、痴漢が千亜樹の正面に立てるように足場を変える。


 瞬間、逃走防止役の男性ふたりが階段に倒れた。


 痴漢が全力で体を逆回転にひねったのだ。肩と手首は自由になっていた。階段を駆け逃げていく。舌をだして笑っていた。


 千亜樹はカッと目を見ひらいた。カバンを両手でにぎって腰を落とし、


「逃がすか、女の敵っ。くらえ必殺、大回転カバンアタック!」


 腕とカバンをななめ45度にかまえ、左足を軸に体を高速回転させた。赤いスカートが大きくひるがえる。ハンマー投げの動作であった。


 カバンは矢のように飛び、見えないレールを走るように痴漢の後頭部に命中した。


 階段を登りきっていた痴漢は、


「ぎゃるぉっ!?」


 と声をあげて顔から倒れて、今度こそ逃走防止役の男性2名にがっちりと押さえこまれた。





 1年A組の教室で千亜樹は、


「――ということが朝あったので、遅刻したわけなのですよ……」


 と、あごを机に乗せてつぶやいた。表情も体も脱力しきっている。


 千亜樹が登校したのは、2限目が終わった直後であった。現在は、2限目と3限目のあいだの「25分休み」と呼ばれる時間である。

 都立風城高等学校では、授業の休み時間は通常10分間だが、25分休みだけは別であった。


 九磨子くまこはためいきをつきながら、


「でも千亜樹ちゃん、遅刻しすぎだよー。警察の人からの事情聴取って、そんなに時間がかかったの? せめて、2限目には、まにあえばよかったのにね」


 九磨子はおっとりと言った。おだんごをふたつ作った髪形がクマの両耳に見えることから、級友からは「クマちゃん」と呼ばれていた。たしかに、黒目がちで子熊の人形のような愛らしさがある。


「クマちゃん……。あたしだって、2限目には出席したかった。出席したかったんだよ。でもね、警察のひとが、事情聴取が終わっても帰してくれなかったんだよ……」


「どうして? 千亜樹ちゃん」


「痴漢にカバンを投げたことを、たくさんしかられたんだよ。危険だって。ほかのひとにあたったらどうするんだ、痴漢が倒れずに反撃してきたらどうするんだって。ひどいと思わない? あたしのカバンアタックは高火力で百発百中なのに」


「私は、警察の人の言うことが正しいと思うけどなぁ……。千亜樹ちゃんのカバン投げって、ほんとうに100パーセント命中するの?」


 千亜樹は胸をはってほほえんでから、


「うん、100パーセント。きょう初めて投げて1回あたった。だから100パーセント」


「それ、まぐれであたっただけじゃない! あぶないからっ。もう投げちゃダメっ」


「……クマちゃんがそう言うなら。わかったよ。あたし、カバンはもう投げないよ……」


 しおれる千亜樹に、九磨子が追い打ちをかけた。


「ああ、そういえば。千亜樹ちゃんに、悪いニュースと悲しいお知らせがあるのよ……」


「な、なにがあったの? まさか……」


「今朝、千亜樹ちゃんが出席できなかった授業で、中間テストの平均点が発表されました……」


 風城高校では、学年平均点の半分以下が赤点となる。平均点が64点だった科目は、32点以下が赤点だ。


「数学の平均点は58点、現代国語の平均点は80点です……。たしか、千亜樹ちゃんの点数って……」

「80点!? 最高点じゃなくて、平均点が80点なの? なんでそんなに平均点が高いのっ。現代国語だけは赤点を回避できたと思っていたのに……。ひどい、ひどすぎる……」


 千亜樹の初めての中間テストは全教科赤点で終わった。追試が待っている。


「千亜樹ちゃん、現代国語の平均点が高いのには理由があってね。3年前の中間テストと、問題がほとんどおなじだったらしいのよ。だから、3年前の問題用紙のコピーを先輩からもらっていた人は、みんな高い点を取れたんだって」


「現代国語は40点だったから、赤点はないと思ってたよ……。クマちゃん、あたし、泣きたいよ……」


 と千亜樹がしおれたとき、


 教室のうしろのドアをあけて男子が入ってきた。千亜樹に近づいて声をかける。


「桜木、ほかのクラスのやつから聞いたぜ。駅でカバンをぶん投げて、痴漢に命中させて警察につきだしたんだって? すごいじゃねぇか。オレも見たかったなぁ」


「ありがとうっ。痴漢は犯罪だからね。許せないよね」


 生気をとりもどす千亜樹。


「なぁ、桜木、あとでカバン投げを見せてくれよ」


 千亜樹は目をかがやかせて「いいよ、投げるよ!」と言おうとして、視線だけを九磨子にむけた。


 九磨子は、無言で千亜樹をにらんでいる。


(まずい、クマちゃんを怒らせてはいけない。クマちゃんは、やるときはやる女なのだ)


 千亜樹は、男子にむけて手のひらをあわせて、


「ごめんねー、カバン投げはやめることにしたんだよ。ほかの人にあたったらあぶないからね」


 そうか、残念、と男子は千亜樹から離れた。


「クマちゃん、これでよろしいでしょうか」


「うむ、よろしい。……ところでさ」


 九磨子が、ボリュームをさげて声をかけた。


「千亜樹ちゃん、こんなウワサ話を知ってる? 私のいとこの高校3年生から聞いたんだけどね……」


「なになに……?」


「渋谷で自殺した少女は、天使に生まれ変わってよみがえる!」


「うーん、クマちゃん、それって、ただの新しい都市伝説じゃないの? 人面犬とか、紫の鏡とおなじレベルの」


「そうなんだけどさ、千亜樹ちゃん。都内の中学や高校で、このウワサがけっこう流行ってるらしいのよ。とくに渋谷区で。『マンションの屋上から飛びおりた女子高生の死体が立ちあがって、背中の翼で空を飛んでいった』とか、『理科室で首をつった女子中学生の体が消えさって、白い羽根だけが床に残っていた』とか」


「うおお、こわいよクマちゃん。天使になるのはかっこいいけど、死ななきゃいけないのはこわいよ」


「ふふふ、こわがらせたかったのよ、千亜樹ちゃん」


「でも、自殺しなきゃ天使になれないなら、幸せ絶頂のクマちゃんには無縁の話だよね?」


 千亜樹は微笑しながら言った。瞳にあたたかい光がやどっていた。


 九磨子は赤くなって、


「わ、私のことはいいじゃない。それより千亜樹ちゃん、きょうの部活が楽しみだねっ。私、がんばって応援するからね」


「応援? きょうも、いつもどおり練習するだけでしょ?」


 千亜樹は水泳部員、九磨子はマネージャーである。


「あ、千亜樹ちゃん、やっぱりわすれてる。……きょうはTTティーティーの日だよ」


 ガタッと千亜樹は立ちあがって、


「そうか、きょうはTTだ。タイム・トライアルだ、がんばるぞっ!」


 級友たちが千亜樹に視線を集めた。



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