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魂の支配者(06)

 白目をむいた眼鏡少女のひたいをにぎり、千亜樹が言った。


「さぁ、連城火織のいる場所を教えなさい。火織は、いま、どこにいるの?」


 攻性電気信号インパルスが来須の大脳上皮をマヒさせた。

 脳機能の低下により、来須は黙秘ができない。

 自白剤とおなじ効果であった。


「が、あ、あああ……。火織様は、渋谷、渋谷区の……」


 突然、来須のノドに横一文字の朱線が走った。深さ約1センチの傷である。

 千亜樹は、切っていない。

 菜々瀬も、切っていない。

 来須自身も切っていない。

 来須の首の傷は、それ自体が生き物のように奥へ広がっていく。肉を、気管を、食道を、背骨を裂き、さらに斬り進んで来須の首を地面に落とした。

 体は背中から倒れた。足の裏のすぐそばで、眼鏡をつけた生首がころがっている。


 大蔵来須、冷血の〈大天使アークエンジェル〉は、謎の斬首によって絶命した。


(いったい、だれがこいつの首を切り落としたのっ!?)


 千亜樹は周囲の気配をさぐりながら、駅前広場の中央へ跳んだ。

 菜々瀬も続く。

 来須は首を落とされて死んだ。

 おなじ位置に立っていれば、千亜樹と菜々瀬も正体不明の斬撃に襲われるかもしれないのだ。

 眼帯少女は烈風の速さでナイフを胸前にかまえた。

 千亜樹の視線の先――、桜木町駅舎の屋根に人影が立っていた。いや、人ではない。左右の二の腕から白い翼を広げている。

 天使だ。

 翼の少女が、ひざ上まで伸びる長い黒髪を風になびかせながら言った。


「ふん、来須のやつがどんな調子か、ちょっとだけ見に来てみたら、まさか火織様のお住まいをしゃべろうとしているとはね。まえから思っていたけど、やっぱり使えないやつ。この私が来て正解ね」


 幽鬼のように血の気のうすい少女であった。


 権守けんもりミサ、17歳。高校2年生。


 体も顔もほそい。切りそろえた前髪の下から、三白眼が千亜樹と菜々瀬をにらんでいる。

 高身長に、紺のセーラー服をまとっていた。長い足を、黒のオーバーニーソックスがさらに引きしめて見せている。

 両腕の肌が異様だった。

 腕の内側――手首から二の腕まで、赤黒い傷痕が等間隔に何本も走っている。傷で描かれた線路。

 天使化する以前のミサは、重度のリストカッターであった。

 左手に奇妙な凶器を持っていた。眉をそる女性用のL型カミソリである。殺傷力が高いとは考えられない。

 右手はさらに異常だった。ふともも横でカチカチと音を鳴らしている。にぎっているのは携帯ゲーム機だ。戦場にも等しい地に立ちながら、黒髪の天使は、画面を見ずにゲームを進めているのだ。

 リストカット少女・権守ミサは、ちらりとゲーム機を見て、


「はやく主人公をレベル100にしたいのよね、さっさと貴様たちを殺すわ。おい、眼帯女。貴様が桜木千亜樹ね。……胸がでかいわね。絶対に殺す」


 と屋根から広場におりたった。

 風が強くなった。

 ミサは、長い黒髪を不吉な闇のようにゆらしながら、


「死になさい、眼帯女。私は権守ミサ。我が主、連城火織様のご命令により貴様の首を切り落とすわ。首はラスボスね。まずは、中ボスを斃す」


 と千亜樹を直視しながら、カミソリの刃を右の手首にあてた。

 切った。切るか切らないかのうすい傷だった。ミサの瞳は妖しくかがやいていた。

 ミサのリストカットと同時に、千亜樹に異変がおきた。右手首に傷が生まれ、赤い肉と白い骨を見せたのだ。深さ1センチ、長さ5センチの裂傷である。傷は獣が走る速さで深く長くなり、ついに千亜樹の手首を完全に切断した。こぶしがナイフをつかんだまま地面に落ちた。

 不可視の妖刀に手を斬りおとされた千亜樹は、


「きゃあああっ」


 と、さけんで、切られた右腕を左手でにぎり、止血しようとした。

 血はとまらない。


「千亜樹さんっ」


 菜々瀬は、眼帯少女の右手首をひろいあげ、切断面につなげた。堕天使の肉体再生能力なら、時間はかかるが元どおりにつながるかもしれない。

 ミサは口だけ笑いながら、


「私の勝ちは決まったわね、眼帯女。貴様はもうナイフを使えない。私にもさわれない。貴様の能力――敵にさわって自白させるという技は、もう使えないな」


 と言った。右手はゲームを続けている。

 千亜樹は、痛みに耐えながらミサをにらみ、


「さっきは天使の首を離れた場所から切り落とし、今度はあたしの手首を断ち切った。……そうか、おまえの能力は……っ」


 権守ミサの天使能力は〈斬響魔眼ミラー・ストライク〉。

 敵を見つめながらミサ自身の体を傷つけるだけで、敵のおなじ部位に数十倍の大裂傷をあたえるという強大な技であった。


 ミサ自身の首すじを数ミリ切るだけで、標的を斬首する。

 ミサ自身の手首を軽く傷つければ、敵の手首を切断する。

 カミソリだけを武器とするのも理解できる。黒髪の殺人天使は、恐るべき魔眼を持つリストカッターであった。

 桜木千亜樹は右手と武器攻撃をうしない、左手も封じられた。

 だが、菜々瀬は明るい声で言った。


「千亜樹さん、こらえてください。すぐに援軍がきますっ」


 菜々瀬の能力〈千里心眼パース・シーカー〉が仲間の来訪を感知したのだ。

 複数の足音。かちゃりかちゃりと装備がふれあう金属音――。

 桜木町駅前広場に対天使特殊戦闘部隊・鬼火の隊員たちが現れた。

 隊員たちは千亜樹と菜々瀬に駆けよると、


「お姫様たち、無事か!?」


 4人の屈強な男たちであった。フルフェイス・ヘルメットも厚い戦闘用ベストも、全身をつつむ耐衝撃スーツも濃い黒で統一されている。黒の上に、浮きあがる炎のようなオレンジ色のラインが縦横に走っていた。全長約1メートルの自動小銃を携行している。


「堕天使たちを援護する。撃てっ」


 隊員4人はミサへ一斉射撃を始めた。弾丸はアルテマチタン合金でコーティングされている特別弾である。天使にダメージをあたえられることは立証されている。

 ミサは、駅舎屋根に跳びあがって回避しながら、


「特殊部隊の人間どもか。ふん、ザコ敵を殺すのはめんどうね」


 天使の魔眼は隊員たちを見つめている。

 弾丸が1発、ミサの右肩をつらぬいた。セーラー服が血ににじむ。だが、権守ミサはニタリと笑った。

 弾丸を命中させた隊員が、


「ぐわああああっ」


 と悲鳴をあげた。

 右の二の腕が、徹甲弾の直撃をくらったように血を噴き、腕が肩の付け根から吹き飛んだ。

 隻腕になった隊員は地面をころげまわる。

 菜々瀬が風の速さで走り、


「ま、待ってください、天使を撃つのをやめてくださいっ」


 と隊員3人の小銃を蹴りあげた。空中での三段蹴り。

 弾丸はミサを標的からはずし、空へ飛んだ。

 ミサが、駅の屋根の上から言った。


「くくくっ、人間ども。チビ女のおかげで命びろいしたな」


 天使・権守ミサの〈斬響魔眼ミラー・ストライク〉は、敵がミサを傷つけても発動するのだ。ミサを銃で撃てば、敵の体は戦車砲をくらったように巨大な貫通痕をつくる。ミサをナイフで斬撃すれば、敵は見えない大剣で両断されるだろう。


 攻防一体の魔眼に、千亜樹たちが勝つことは不可能なのか。


 だが、原田菜々瀬は攻撃にでた。地面から千亜樹のUTナイフをひろいあげ、オーバースローでミサへ投げたのだ。

 赤い刃は棒手裏剣のように空を裂いて飛び、ミサのふともも横を傷つけ、黒髪の毛先を切った。

 菜々瀬の左ふとももが血を噴いた。足がちぎれる寸前だ。足だけが傷ついた。

 ミサは悪鬼の表情で怒声をあげた。


「おのれ、チビ女、よくも私の美しい髪を切ったなっ」


 ツーテール少女――菜々瀬は痛みをこらえつつ、肩の高さまでのびた髪をゆらしながらさけんだ。


「ち、千亜樹さんですっ。千亜樹さんなら――千亜樹さんにしか、あの天使は斃せません!」


 菜々瀬の声が響いたとき、

 眼帯少女は10メートル以上を走っていた。右手首はつながったが動かない。左手に菜々瀬のUTソードをにぎっていた。


(ありがとう、菜々瀬ちゃん、おかげで天使の能力をやぶる方法がわかったよ。この一撃にすべてを賭けるっ)


 千亜樹は長剣を片手上段にかまえ、雷火のごとくミサへ飛んだ。

 ミサは、せまる千亜樹を魔眼で見つめながら、


「くくくっ、眼帯女、私のどこを斬るつもりだ? 私にかすり傷がついた瞬間、貴様の体は真っ二つだっ」


 UTソード――赤い長剣が月光にきらめく。

 千亜樹は剣の間合いにミサをとらえた。不動のミサに、


「死ぬのはおまえだけだ、くらえっ!」


 と剣閃をくりだした。

 桜木千亜樹は何をするのか。



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