魂の支配者(04)
KillerKiller。
それは、殺人鬼だけを殺す殺人鬼。
来須が狂喜の声をあげたとき、
殺人天使の視界から千亜樹の体をかくす者がいた。
音もなく現れた小さな少女が、千亜樹を守るように両手を広げて立っていた。
もうひとりの堕天使、原田菜々瀬である。
セーラー服とスパッツの菜々瀬は、背中からUTソードをぬいて正眼にかまえた。
ツーテール、身長140センチの小さな少女は、赤い剣で来須を牽制しながら、
「千亜樹さん、わたくしも戦闘に参加しますっ」
と、いさましく言った。
来須は動揺した。ヘリコプターから飛びおりた堕天使を、来須の目は千亜樹ひとりしか視認していなかったのだ。
「特殊部隊のチビ堕天使か……。オマエ、どうやってここまで来た? 地上を走ってきたのかしらん?」
「わたくしは、ヘリコプターから千亜樹さんといっしょに飛びおりましてよ。あなたからは見えなかったかもしれませんわね」
菜々瀬は続ける。
「――千亜樹さん、ご報告いたしますわ。広場で亡くなっている方々は、23名。そのうち18名の方が、あの鯨包丁によると思われる裂傷で命をうばわれていますわ。ですが、不可解なご遺体がありました。警察官5名が外傷なしで倒れています。そして、広場の駅入口前には、にぎりつぶされた心臓が5つ落ちていました。おそらく、あの天使の能力は、体にさわらずに心臓をぬきとるというものですわ。ご注意くださいませっ」
来須は目を見ひらいて、
「チビ堕天使……オマエ、一体いつ広場を調べたの!?」
菜々瀬は答えた。――千亜樹が回復する時間をかせぐために。
「わたくしは、あなたと千亜樹さんが戦っているときには、すでに広場にいましたわ。わたくし、隠行の術を得意としていますの。殺気をおさえ死期をおそれず、影を森羅万象に溶かし、呼吸は浅く死角を進む。甲賀忍者の直系子孫である上官が、たっぷり指導してくださいました。足音をたてずに走るのは、ヘリコプターの騒音があったおかげでかんたんでしたわ」
広場上空をヘリが飛んだのは、菜々瀬の依頼によるものである。
小さな少女は知将であった。
菜々瀬はヘリからダイブして地面につくまでのあいだ、千亜樹のすぐれた体術を見た。千亜樹がひとりで天使と戦える、と判断した菜々瀬は、戦闘開始を眼帯少女にまかせ、闇にかくれて情報収集をしていたのだ。
来須は怒りをかくしながら、
「ふふふん、チビ堕天使、オマエの能力が遠隔監視の千里眼であることはわかっているわよん。自殺者が天使化するまえに死体を処理できていたのは、すべてオマエの千里眼があったからよねん? オマエの能力は戦闘では役にたたない。すぐに、ひねり殺してあげるわん」
菜々瀬は、来須に笑顔で答えた。
「あら、あなたの能力が『心臓をうばう』というものであることは否定しませんのね。じつは確信できていなかったのですが、おかげさまで推理に自信を持つことができましたわっ」
眼鏡少女は、怒りの形相で死体を菜々瀬へ遠投した。
死者を投げうち視界をうばう、大蔵来須の死角襲撃。
「おなじ手は通用しませんわっ」
と菜々瀬は、飛びせまる死体をUTソードの峰ではじき返した。すぐに剣を上段に振りあげ来須をむかえ撃つ。
来須はいなかった。
もっと恐ろしい別のものが飛来していた。
刃が、投じられた巨大包丁だけが、円盤のように回転しながら眼前にせまっている。烈風より速い。あたれば胴体が輪切りになる!
「千亜樹さん、跳んでください、よけてっ」
さけんで跳躍した菜々瀬は、空中から、地上に立つ来須を見た。
天使の手のひらが妖しくかがやいている。
菜々瀬の脳裏に恐怖が走った。
鯨包丁をジャンプでよけることを、冷血の殺人天使は読んでいたのだ。
「あははははっ、チビ堕天使、おまえの言うとおりよん。アタシの天使能力は〈心臓強盗〉、相手の胸に左手を1秒むけて心臓をうばうっ。高く跳んだオマエの負けよ。空中では進む方向は変えられない!」
菜々瀬は、来須から15メートル離れた位置に着地した。
背後に千亜樹がおりて片ひざをついた。
「菜々瀬ちゃん……っ」
千亜樹は、13歳の堕天使の背中を見て戦慄した。
菜々瀬は生きて立っている。胸に空洞があいている。
空洞のむこうで、来須が脈打つ心臓を左手でにぎって笑っている。