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魂の支配者(03)

 眼帯少女は音をたてて桜木町駅前広場に着地した。

 広場に入ったばかりのOL5人が、飛来したポニーテール少女と散乱する死体を目撃した。悲鳴をあげながら来た道を走りさった。

 千亜樹の孤影が立ちあがった。

 ヘリが広場上空を飛びさっていく。

 死臭ただよう夜気のなか、千亜樹は、腰のホルダーからナイフをぬいた。にぎり部分も刀身も赤い。

 隻眼の先に、両肩から翼を広げた眼鏡少女が立っていた。距離、約20メートル。

 千亜樹はナイフを右手・逆手にかまえ、天使に言った。


「おまえが何人殺したかは訊かないわ。いますぐ、あたしが地獄に送ってあげる」

「あららん? 羽根なしの分際で、天使であるアタシにずいぶんとナマイキなことを言うわねん。じっくりと、なぶり殺しにしてあげ、る!」


 来須が走った。

 両肩の翼をひらいて、飛ぶように一気に距離をつめる。

 鯨包丁を大上段から振りおろして、千亜樹の右鎖骨から股間までを真っ二つに切った。肉や骨を斬った手ごたえはなかった。

 千亜樹が映像のように消える。

 残像だ、と来須が気づいたとき、

 眼帯少女は空にいた。

 千亜樹は宙で反転して、頭から流星の速度で地上の来須を襲撃した。高さ12メートルの照明塔の頂上を蹴って、加速力の爆心地としたのだ。

 赤いナイフが光をひいて来須の首へ走る。

 来須は紙一重でかわすと、鯨包丁を盾にしてすべるように後退した。首は無傷だった。左肩の肉がひらいて血をふきあげた。翼が赤くそまる。千亜樹のナイフを回避できていなかったのだ。


「あらららん、やるじゃない、天使の肉を切るなんて。口先だけの堕天使ではないようね。それとも、武器が優秀なのかしらん?」


 千亜樹は追撃せず、顔を下半分かくすように右手で赤いナイフをかまえていた。

 UTナイフ。アルテマチタン合金製の対天使武装である。ダイヤモンドに近似する分子結合で形成され、高い強度を持ち、電気伝導性と熱伝導性は極めて低い。

 千亜樹はナイフを強くにぎりしめて、


(……よし、あたしは天使と戦える。ナイフの使い方は基本動作を菜々瀬ちゃんに教わっただけだけど、堕天使の運動能力と動体視力さえあれば、天使にダメージをあたえることができるっ)


 来須は、にんまりと笑って、


「うふふん、その長い髪、身長155センチ、なくした右眼。空からヘリで来るとは思わなかったけど、ほかは情報どおりだわん。オマエが桜木千亜樹ね? 偉大なる天使長・連城火織様のご命令により、オマエを殺して殺して殺しまくるから、よろしくねん」

「おまえ、連城火織を知っているの!? いま火織がどこにいるか、かならず答えてもらうよ」

「アタシは、火織様にお仕えする天使のひとり、大蔵来須。火織様とは、おなじ屋根の下で眠らせていただいているわよん。だけど、オマエが火織様のお住まいを知ることなど、ありえないわん」

「おまえの名前をおぼえる気はないわ。火織の情報、おまえの命。このふたつをもらうだけよ」


 千亜樹は、視界に入る来須の左肩を認識した。

 肉を切られた来須の左肩は、流血をやめて赤い線になっている。軽傷にしか見えない。

 千亜樹が走った。標的は来須の右腕。前腕部を切り飛ばし、鯨包丁を地面に落とすねらいである。

 来須は即座にしゃがみ、左腕のサイドスローでなにかを千亜樹へ投げつけた。

 死体だ。サラリーマンの首なし死体が千亜樹の顔めがけて飛んでいく。

 眼帯少女は疾駆しながら、視界をかくす遺体を左の裏拳で払った。

 回復した視野に来須がいない。

 千亜樹の右前方、隻眼の美少女からは死角になる位置で、来須は鯨包丁を振りあげていた。凶刃が必殺の鬼気をまとって千亜樹の首を狩りに行く。

 巨大包丁は千亜樹の

 首の皮を切り、

 肉を裂き、

 静脈を斬った。

 頸動脈を断たれる直前で、千亜樹はUTナイフを盾にして鯨包丁を受けとめた。右手でナイフのグリップを持ち、左手のひらはナイフのブレードを全力で横から支えている。

 千亜樹は来須の腹を蹴り、その反動も利用して後退した。首から流れる血を左手で押さえたがとまらない。血がしたたる。眼帯少女の影に赤い色がまざっていく。


(くっ、やられた! 左手は傷口を押さえるために、しばらく首から離せないっ)


 来須はあごをあげて笑いながら、


「うふふ、いまの一撃、よくこらえたわねん。アタシが投げた死体をやさしく払ったりするから、隙が大アリだったわよん。あははははははっ」


 ベリーショート少女の指摘どおりだった。

 千亜樹は、投げられた遺体を、損壊させないように最小限の力でなぎ払っていた。天使による連続殺人の犠牲者を、さらに傷つけることができなかったのだ。

 戦況は千亜樹が劣勢であった。

 首を切られたから不利になったのではない。

 切りむすぶ直前、来須がひとつの言葉を発した時点で、千亜樹の不利が確定していた。

 来須は「火織の現在地を知っている」と言った。そのため、千亜樹は、来須に一撃必殺の刃をふるえなくなったのだ。火織の居場所を聞きだすまでは天使を殺せないのだ。

 来須の策略どおりの展開になっていた。

 左肩を切られた来須は、眼帯少女の戦闘力を天使と互角と認め、わざと火織の名前を知らせたのだ。


 〈堕天使〉対〈天使〉。

 驚異的な再生能力を持つ者同士の戦いでは、大きくわけて2種類の戦法が考えられる。


 A.一撃で急所に致命傷をあたえる戦い方。


 B.急所ではない部位へ重傷をあたえて

   移動速度や防御力をうばい、

   再生するまえに急所をつらぬく戦い方。


 いま、千亜樹はBを選んでいた。来須を戦意喪失させて、火織の居城を聞きださなければならない。

 一方、来須は、戦局に応じてAとBを自由に選ぶことができた。千亜樹を殺戮できれば目的達成なのだ。さらに、天使・大蔵来須は遠殺能力〈心臓強盗ハート・コレクター〉をかくし持っている。

 来須が一歩、まえにでた。

 千亜樹は二歩、後退した。首の出血はとまっていない。左手を首から離せない。まだ全力で走れない。


「――さあ、桜木千亜樹。いまからトドメをさしてあげる。ああ、火織様にほめていただける、火織様にほめていただけるわん」



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