魂の支配者(02)
「千亜樹さん、わたくしたちの敵である天使たちとの戦闘について、もう一度説明させてくださいませ」
対天使特殊戦闘部隊・鬼火に所属する輸送ヘリで菜々瀬は千亜樹に言った。
菜々瀬が語る。
「天使たちの弱点は、頭部と心臓であると過去の戦いからわかっていますわ。首を切り落としたり、心臓を停止させれば、天使を殺すことができるんです」
「うん、菜々瀬ちゃん、あたしたち堕天使の弱点も首と心臓ってことだね」
「はい、そのとおりです。それから、わたくしの能力〈千里心眼〉は、天使の心を読みとれません。遠くから、天使を観察対象にすることもできません。人間と堕天使だけに有効なんです。ですから、わたくしがどんなに天使に近づいたとしても、敵の天使能力を知ることはできないんです。天使の能力にご注意くださいませ」
「了解だよ、菜々瀬ちゃん。……駅前広場に、たくさんの人たちが倒れているのが見えるよ。逃げずに立っている女がひとりいる。たぶん、あいつが天使ね」
ヘリ操縦士の男が、まえを見たまま、
「こんな高さから夜の地上が見えるのか。すごいな、堕天使は」
千亜樹が、ほほえみながら操縦士に答えた。
「この戦いが終わったら、おじさん、あたしと腕ずもうしてみる?」
「腕ずもうもオジサンもかんべんしてくれ! オレはまだ28歳だっ」
菜々瀬は、初めての戦闘直前にリラックスしている千亜樹を見て、安心した。
「千亜樹さん、説明は以上です。なにか質問はありますか?」
「質問はないけど、……ひとつだけ、ゆずれないお願いがあるの」
菜々瀬は沈黙した。
千亜樹の左眼が、小さな少女をまっすぐに見つめている。
「もし敵が連城火織だったら、あたしに戦わせてほしい。菜々瀬ちゃんは支援にまわってもらいたいの。連城火織だけは、あたしがこの手で首を落としたいの」
「……わかりました。連城火織は、千亜樹さんにおまかせします」
菜々瀬は、千亜樹の瞳から、青白い炎のような強い想いを感じていた。
操縦士が堕天使ふたりに声をかける。
「お姫様たち、指定の場所についたぜ。ほんとうにこの高さから、パラシュートなしで飛びおりるのかい?」
「はい、これが、いちばん早く行ける方法だから。菜々瀬ちゃん、先に行くよ。これ以上、もうだれも殺させないっ」
菜々瀬がヘリの扉をあけた。
セーラー服の眼帯少女――桜木千亜樹が夜空へ跳んだ。
千亜樹の眼下に、横浜ランドマークタワーの屋上があった。地上196メートルのタワーより、はるか高い空からダイブしたのだ。 千亜樹は、頭から矢のように降下していく。
体を大の字に広げ、全身で風圧を受けとめた。
ポニーテールが龍の尾のように空におどる。
滑空を続ける。
風が体をすりぬける。
タワーが近づいてくる。
屋上をとおりすぎると、タワーの壁を地面にむかって走り始めた。
ほぼ水平に飛んだ。
垂直落下のエネルギーを、堕天使の脚力で無理やり横方向に変換したのだ。
別のビルの壁に着地して下方向に走り、さらに別のビル壁へ飛びうつる。
落下速度が減速していく。
千亜樹はビル壁を走り続ける。
地面がせまる。
激突寸前で壁からVの字に跳んだ。高度があがる。みなとみらい『動く歩道』の屋根を滑走する。
屋根の終端がせまる。
飛んだ。
弧を描いて降下する。――殺人天使が待つ決戦の地へ。