序章
KillerKiller。
それは、殺人鬼だけを殺す殺人鬼。
人間は一生に一度、かならず死体を見る。
5月末日。光と闇が溶けあう朝――。
女子大生・京花は、愛犬のトイプードルと散歩にでかけて異常な人影をみつけた。
歩道のタイルの上、血の池の中心に、長い黒髪の少女が倒れていた。動いていない。セーラー服。身長が高い。女子高生だろう。
「ひっ」
京花はさけんで視線をあげた。
高層マンションがそびえている。
女子高生は靴をはいていない。飛びおりたのだ。
死んでいる。
生きているはずがなかった。
女子高生はうつぶせに倒れていた。しかし、顔は空をにらんでいる。首が180度ねじまがっているのだ。ふたつの眼球は、落下の衝撃で半分ほど顔から飛びだしていた。カエル人間。血の泡を吐いている。
京花は携帯電話をとりだした。救急車を呼ぼうと119を押す。
「もしもし、飛びおり自殺です、すぐに来てください! 場所は、東京都、渋谷区、大石町の……」
突然、トイプードルが激しく鳴き始めた。かつてない、低い低いうなり声だった。
京花は、愛犬の視線の先にありえないモノを見た。恐怖の悲鳴。携帯電話を落とした。
血まみれの女子高生がうごめいていた。ゴキリゴキリと音が鳴っている。脱臼していた全身の関節が元どおりにはまっているのだ。
死体は動き続ける。
ゴキリ。
あおむけに裏がえった。
ゴキリ。
両手で地面を押して、腕の力だけで上半身を持ちあげた。正座の姿勢になった。セーラー服のタイが京花とむきあっていた。後頭部からひざまで伸びた黒髪が京花を見ていた。
ゴキリ。
立ちあがった。手は自然にたれている。胸は京花をむいている。後頭部が京花を見つめている。
ゴキリ。
首がまわった。耳が京花を見つめている。さらに首が周回する。
ゴ
キ
リ。
女子高生――美少女が京花に微笑した。邪悪な笑顔だった。
京花は動けない。恐怖に全身を縛鎖されていた。女子高生とは、約5メートル離れている。
「こ、殺さないで……」
京花の本能が全身に警報をだしていた。
逃げなければ、女子高生に殺される。
もし逃げれば、女子高生に殺される。
逃げても逃げなくても殺される。だから、哀願するしかなかった。
「お願い、殺さないで……」
犬は鳴きやんでいた。主人のまえで小さく体をすくませている。
女子高生は歩きだした。右手が、京花の首をつかんだ。