白の国
突然消えてしまったリリアが現れたのは、屋敷から程なく離れた空き地だった。
「ふう……」
一先ずは脱出出来たことに、安堵の溜め息を漏らすリリア。サギはリリアが外出することを極端に嫌っているため、侍女の監視の目が途切れた瞬間に勝手に出て行くしか方法が無いのだ。
「……私だって、一人になりたい時はあるのよ」
「贅沢な悩みですね」
「――!?」
リリアは突然聞こえた男性の声に、ぴくっと肩を震わせて振り返った。
「だ、誰なの?」
彼女の目に飛び込んできたのは、どこにでもいそうな普通の青年だった。
「……これでも一応、サギ様に仕えている見張りです。 あんたが勝手に脱走するから、屋敷中必死であんたのことを探してますよ」
「――嘘よ! まだ、出て来たばっかりなのに……」
驚くリリアに、青年は呆れた様に溜め息を吐くとリリアの腕を取った。
「さあ戻りますよ、リリア様」
「えー!?」
有無を言わせないその態度に、リリアは従うしかなかった。屋敷に戻る道すがら、彼女は子供の様に駄々をこねた。
「大体、どうして私が屋敷から出てはいけないなんてことがあるのよ! サギは危ないからって言うけれど、この国に私に害をなす物なんて無いはずよ」
「……本気で言ってるんですか」
ふっと立ち止まり、低い声で言う青年。
「何よ! 何か文句でもあるの?」
「……あんたが、あんたがあんなことを言ったせいで――」
「ちょっと、やめて――」
青年がリリアの腕を持つ手に力を込めたため、リリアはその痛みに悲鳴をあげた。
「おい、リリア様がいたぞ!」
丁度そこに、前方から走って来たのは別の見張りの者だった。どうやら青年よりも年上らしいその人物は、リリアの腕を持つと言った。
「ご苦労だったな、サイ。 お前はもう下がれ」
「……分かりました」
何事も無かったかの様に、さっと手を離して去って行くサイ。リリアは何が何だか分からないまま、屋敷に戻るしか無かった。
しかし彼女の心には、もやもやが残っていた。
「……私が、何を言ったっていうの……?」
正直なところ、生まれてこの方、いやもっと言うなれば何百回と生まれ変わってこの方、リリアは自分に負の感情を向けられたことが無かった。だからこそ、一瞬とはいえ憎悪とも言える感情をむき出しにしたサイのことを忘れることが出来なかった。
彼に会って、直接聞けば良い。だが、会う術がない……。迷った挙句、リリアはまたこっそりと屋敷を抜け出すことにした……。
「あんたも、懲りないんですね」
「……あなたに、会いに来たのよ」
果たして。再び抜け出した直後にサイに見つかったリリアは、彼にそう言った。
「一国の神が、俺に何の用で?」
「ここじゃゆっくり話せないから、場所を変えましょう」
「変えるって、どこに――!?」
前回とは逆に、有無を言わせずサイの手を掴んだリリアは迷わずに術を発動させた。
「……ここはどこだよ」
転移経験初めてのサイは、さすがに慌てているのかきょろきょろと見渡しながら言った。
「私の部屋よ」
あっさりと言うリリアに、サイは眼を向いて驚いた。
「――は!?」
「私を探している皆は、屋敷の外を探すはずでしょ?」
得意そうに言うリリアに、サイは額を押さえつつ溜め息を吐いた。
「……俺、屋敷には入っちゃいけないんですけど」
「大丈夫、話が終わったらちゃんとあなたは元の場所に転移させるから」
「……そういう問題ですか?」
サイはいよいよ諦めがついたのか、部屋にあった椅子を引き寄せるとどかっと座り込んだ。
「……で、何の話をするんですか?」
リリアも椅子に腰かけると、率直に聞いた。
「私が何を言ったっていうの?」
「……」
サイはしばし固まったのち、ゆっくりと口を動かした。
「……かなり長い話になりますよ」
「構わないわ。 それに、敬語も必要ないわ」
「……分かった。 じゃあまずは、周辺の村との戦争の話からだな」
うんうん、と頷きながら言うサイに、リリアは早くも待ったを掛けた。
「ちょっと待って! 戦争……って、何のこと?」
「……。 最近、武器を持った国民を良く見かけないか?」
「あ、それは分かるわよ」
サギから直々に、頼まれたのだ。白の国の国境付近で他の村の者が狼藉を働いているので、兵を出すことになった。彼らの無事を祈るため、白蛇の加護を授けて欲しいと。
リリアは彼らのために、一人一人に力を分け与えたのだ。
「あれは、実質白の国から仕掛けた戦争だ」
「――どういうこと!?」
「サギ様は今、白の国の周辺にある村を次々に征服しては吸収しているんだ」
「……何の、ために……?」
「それはまあ、領土の拡大とか、色々あるんだろ」
「……」
何もかも初めて聞く話に、リリアは段々青褪めていった。しかしサイの話は、これで終わりでは無かった。
「彼らの多くは、俺達の様に元からの白の国の住民とは違って“力”を使えない。 見た目は同じでも力を使えない彼らが、この国ではどういう扱いを受けるのか知っているか?」
「……ま、まさか」
口を震わせるリリアに、サイはそうだと言った。
「私の力を使わないというなら、この国にいる必要なんてないじゃない……。 サギ様は、あんたがそう言ったと言って彼らをこの国から追放することを決めた。 ただし、どうしてもこの国に留まりたいのなら、人権を剥脱し、奴隷として生きよと」
「う、嘘……」
愕然とするリリア。しかしサイは、椅子からゆっくり立ち上がると言った。
「俺の話が信じられないなら、聞かなかったことにすれば良い。 ……それよりも、俺は早くここから出たいんだが」
「……あ。 うん、そうだったわね。 ――転移」
うわの空のまま、リリアは彼を転移させた。彼女に残されたのは、束の間の静寂と、根底から崩された世界観だけだった。




