本当の気持ち
「あ、あの……リリアさん」
「何、イザム?」
「僕……やっぱり、床で寝ます」
僕はもぞもぞと掛布団の下で体を動かすと、上半身を起こした。
「だーめ!」
その瞬間、隣で寝ていたリリアさんの白い腕が僕を捕えた。
「一緒に寝ましょ、イザム」
「ですが――」
「ちょっと前まで死にかけてたんだから、大人しく横になりなさい!」
「は、はあ……」
断じて本意では無いのだが、僕は今、リリアさんと一つのベッドで横になっている。何回か脱出を試みている物の、その度に彼女に引き戻されていた。
――どうしてこんなことに……。
出来るだけリリアさんの方を見ない様に意識しながら、僕は悶々と同じことばかり考えていた。誘って来たのは、勿論リリアさんだった。今のところ何も起きてはいないが、朝まで無事でいられるかは分からない。こうなる直前まではうつらうつらしていた目は、今やギンギンに覚醒していた。
――ね、寝れるわけないですよね!?
がばっと身を起こした僕は、再び口を開こうとして――。
「――イザム。 話、聞かせてよ」
「……え?」
リリアさんに出鼻を挫かれ、僕は思わず口をぱくぱくさせた。
「私が知らないレナの話を聞かせて欲しいの」
「……」
普通に考えれば、僕はこの質問に答えるべきでは無いのだろう。今は裏切り者に甘んじているが、心の中では勿論レナさんの味方だ。何気ない一言が、大きく戦況を変えてしまうことも十分に考えられる。
僕は開いたままの口を閉じ様として……リリアさんの目を見てそんな自分を恥じた。リリアさんの目は、まるで子供の様に澄んでいたのだ。一瞬だけ脳裏に過ったのは、妹のカナの姿だ。夜な夜な、寝る前のお話をせがんできたカナと、今のリリアさんが重なったのだ。
「……」
僕は黙って、リリアさんの方を向く様に横になった。リリアさんは待ちきれない様な顔をして、僕を見上げていた。
「……レナさんと二人で、旅をしていた時の話です」
出来るだけ明るくて、どうでも良い話を選択して僕はとうとうと語り始めた。……今まで気づかなかったのだが、僕はレナさんの話をするのが好きな様だ。リリアさんは良い聞き手で、絶妙なタイミングで相槌を打ってくれたため話はどんどん膨らんで行った。
いつしか僕は、自ら進んで大事な思い出に熱弁を振るっていた。
「――その時、レナさんが何て言ったと思います?」
「……」
「リリアさん?」
気付けばリリアさんは、静かに寝息を立てていた。ハッとして窓の方を見ると、すでに夜が明けようとしている時分。またやってしまったかと思う間もなく、僕はどっと眠気に襲われた。
――おやすみなさい。
とても疲れていて、とても幸せな気分に浸りながら。僕はすぐに意識を手放した。
僕が次に目を覚ました時、すでに隣にリリアさんはいなかった。
――いたたた……。
僕は寝過ぎた時特有の頭痛を感じながら、ゆっくりと身を起こした。額を擦りつつ、僕は窓の方を見た。
――……まるで夜みたいに暗いですね。 凄く天気が悪いのでしょうか。
しかし、一人で部屋に籠っていても仕方が無い。とりあえずリリアさんを捜しに行こうと思った時、廊下を歩く軽い足音がして当の彼女が戻ってきた。
「――あ、イザム。 やっと起きたのね」
「……おはようございます」
「おはよう。 もう夜だけどね」
「――夜!?」
驚く僕に、リリアさんはふふふと笑って背中に隠していたそれを出した。
「もう夜ご飯も終わっちゃったんだけど。 林檎、持って来てあげたわよ。 一緒に食べましょ?」
リリアさんの手には、林檎が丸ごと二個あった。
「――! ありがとうございます……」
僕にその片方を渡すと、リリアさんは皮も向かずに豪快にかぶりついた。
「え……」
「何よ。 これが林檎の、正しい食べ方なのよ?」
「……そうですか」
僕は促されるまま、その赤い実にそっと歯をたてた。実は青の国には林檎の木は生えておらず、これが初体験だったのだ。
「――!」
その途端、乾いた口の中に瑞々しい甘さが広がった。
「美味しいです……」
「うふふ」
ごくんと喉を鳴らす僕に、真っ赤な唇をしたリリアさんは妖艶に微笑んだ。
――っ。
その様子を見て、何故かは分からないが僕はとある確信を抱いた。
「……リリアさん」
「――何?」
僕は林檎を食べる手を止めて、彼女の顔を真正面から見つめた。
「リリアさんが僕を助けて下さったのは、レナさんのためだったんですね」
「……は?」
僕の言葉に、食べかけの林檎を持ったままリリアさんは硬直した。
「……何を言ってるの?」
リリアさんは今や、言葉を震わせていた。
「どうしても、あの時何故リリアさんが僕を助けて下さったのか分からなくて……。 僕なりに、考えてみることにしたんです」
「……」
リリアさんが俯いたまま何も言わなかったので、僕は話を続けた。
「そもそもリリアさんはあの時、レナさんに斬られているはずでした。 しかし実際は僕が飛び込み、リリアさんは僕を連れてレナさんの元から逃げ出しました」
「……そう、だったわね」
「そこで考えられるのは、二つです。 一つは、これまでの流れが完全にリリアさんの思い通りに進んだという仮定です。 リリアさんは、僕がレナさんを裏切るということまで予測していて、無事に僕をレナさんから引き離したという可能性があります」
――この場合、それが何の利点になるのかを別に考えなければならないのですが。
僕はリリアさんの顔色を伺いつつ、本命の仮定を述べた。
「そして、もう一つ。 それは僕がレナさんを裏切ったのは、完全なる誤算だったという仮定です。 リリアさんはどうしても、僕に斬られるわけにはいかなかった。 だから咄嗟に僕を連れて逃げるしかなかった、という可能性です」
「……何にでも理由を付けたがる水龍さん。 じゃあ私は、何のためにあなたを助けなきゃならなかったっていうの?」
リリアさんは少し声を低くして、怒りを滲ませながら言った。僕はどくん、どくんと波打つ自分の脈を自覚しつつ言葉を紡いだ。
「リリアさんは、僕を助けようとしたんじゃありません。 ――レナさんに、僕を斬らせたくなかったんです」
「……」
――僕も、気付いてしまったから。 自分の本当の気持ちに。
今は遠ざかってしまった人に思いを馳せつつ、僕は再び口を開いた。
「リリアさんには、分かっていたはずです。 レナさんは、裏切り者を赦さないということ。 それでいて、例え裏切り者であったとしても人を殺すことに苦しみを覚える人だということを。 ……僕を斬れば、レナさんは苦しみます。 だからあなたは――」
「――もう、止めてよ!」
突然リリアさんは、大声をあげて僕の言葉を遮った。驚くべきことに、彼女の目には涙さえ浮かんでいた。それはリリアさんが初めて見せた、年相応の顔だった。しかし彼女は、すぐにその表情を妖艶な物に変化させると言った。
「……あなたも、私のことなんてどうでも良いけど、レナが大切だから私を庇ってレナに刃向ったんでしょ?」
「そうかも、しれません」
「……はっきり言ってくれるわね」
場合によっては許さない、という気迫を見せていたリリアさん。しかし僕が余りにもあっさり認めたため、肩の力が抜けてしまった様だ。
「……ねえ、イザム。 聞いても良い?」
「何でしょうか」
「……どうして、そんな風に思ったの? 私は実際、レナを殺しかけてるのよ。 普通に考えたら、ありえないでしょ?」
「――きっかけは、むしろレナさんの方です。 僕はもともと、レナさんがリリアさんに関する事実だけを故意に隠している様に感じていました。 そして、リリアさん、あなたもです。 生きてきた年月を考えれば、仲たがいをしている期間の方がそれ以外よりもよっぽど短いはずです。 ……それなのに二人共、特定の時期のことにしか触れません。 それが僕には、どうにもふに落ちなかったんです」
言い終えた僕に、リリアさんは額に手を当てて言った。
「……あー。 これはやっちゃったかな……」
「リリアさん」
僕は期待を込めて、彼女の名を呼んだ。
「……あなたは私に、ううん、私の好きだった人にとても似ているの。 だから特別よ」
「――では」
「教えてあげる。 一千年前の真実を」
リリアが絡むと、こんなにも書きづらいとは……!
妖艶キャラはしばらく封印です。




