烙印
リリアのキャラを何パターンも書いて、このバージョンに落ち着きました……。悪女は辛いよ。
「……あの、リリアさん、今何と――」
「私にもう一度、言わせる気?」
リリアさんは上目使いで僕を見つめると、唇と唇が触れそうな距離までぐっと近づいてきた。
「さ、イザム。 お楽しみはこれからよ」
「――っ」
僕はリリアさんにじっと見つめられると、身体の自由が効かなくなる様な気がした。彼女に導かれるまま、僕はいつしかベッドに腰掛けて上着の紐に手を掛けていた。
「そうよ。 良いわよイザム」
「……」
露わになった僕の胸には、リリアさんが巻いてくれたと思わしき包帯があった。
「それも外して」
「はい……」
僕は眼を瞑ったまま、ゆっくりと包帯をほどいて行った。
隠すものが無くなった胸に、リリアさんの熱い視線が突き刺さる。僕は居心地の悪さに、そっと腕で隠そうとして即座に制された。
「やっぱり出て来たわね」
「え……って何――っ!」
リリアさんが急に、その冷たい指を僕の胸に沿わせたのだ。僕は恥ずかしさの余り目を逸らして、しかし全神経をその指に集中させていた。彼女の指は、僕の胸の真ん中を蛇の様にいったりきたりしていた。
「ほら、あなたも自分で見たら?」
「え、ええ……」
やっとリリアさんが指を離してくれた時……僕は汗びっしょりだった。ホッと一息ついて、自分の身体を見下ろした僕は愕然とした。僕の左胸に、見慣れぬ火傷の跡があったのだ。それはまるで……。
「これは、まさか――」
「不死鳥の烙印よ」
ぞっとする様な声で、リリアさんは僕に告げた。
「罪を犯した苦神に与えられる罰は、死なんかじゃないわ。 何度生まれ変わったって消えない、この烙印よ。 あなたは私を庇ったから、レナに裏切り者の烙印を押されたってわけね」
――裏切り者。
今さらの様に、自分がしたことの重さが僕に圧し掛かってきた。決して軽はずみな気持ちでは無かった。覚悟もしていた。それでも、目に見えるその印は僕に後悔の念を呼び起こすには十分過ぎた。
黙り込んでしまった僕に、リリアさんは艶やかな笑みを浮かべた。
「あらあら。 今さら後悔してるの?」
「……ええ」
「うふふ。 もし今私を殺せば、レナも許してくれるかもしれないわよ?」
満面の笑みでそう言うリリアさんに、僕は力なく首を横に振った。
「例えそうしたとしても、この烙印は消えないのでは?」
「そうね。 消すには、レナよりも力を持たないとね」
「……リリアさんみたいにですか?」
ついそう口にしてしまってから、僕はしまったと口に手を当てた。
「そうよ。 私の胸には、何も無かったでしょ?」
「――すみません」
慌てて謝る僕に、リリアさんはくすくす笑うとちろりと舌を覗かせながら言った。
「気にしなくても良いわ。 あなたはもう、こちら側なんだから。 ――裏切り者の水龍さん」
一方、リリアとイザムに逃げられてしまったレナ達はというと。
「……レナ」
「……不死鳥様」
オルとブリリアントが呆然とする中、レナは二人が消えた痕跡を探っていた。
「――北に逃れたな。 さすがにこれでは追いようがない」
ゆらりと立ち上がる、レナ。その背中には揺らめく様に、殺気が燃え上がっていた。まだ鞘に戻してすらいない剣を片手に、仲間の方を向く彼女の顔は人のそれでは無かった。
「水龍め。 やってくれたな」
その声は怒気を隠そうともしておらず、ブリリアントは聞くだけで肩を震わせていた。
そんな中――。
「――お、オル兄様……何を!?」
オルは黙ってレナの元に歩み出ると、両膝を地に付けて頭を下げたのだ。それはこの状況では、自殺行為に他ならなかった。
「――何の真似だ、麒麟」
頭上から降り注ぐレナの声は、氷柱よりも厳しくオルを貫いた。通常の人間なら身動きも取れない重圧感の中、オルは絞り出す様に喉を震わせた。
「……レナ、いや――“不死鳥の乙女”に頼みがある。 ……イザムのことは、赦してやってくれないか」
「……」
「……」
風さえも音を立てるのも止めた中、森に響く音はオルの声だけだった。
「……イザムのことは、赦してやって欲しい。 罰は……俺が受け――」
「――麒麟!!」
不死鳥の声は爆風へと変わり、オルに向かった。
「――お前が何を言おうと、私が意志を変えることはない!!」
肩で息をしつつ、彼女は吠えた。対するオルは平伏の状態から後方に吹き飛ばされ、たまたまそこにあった木に背中を打ち付けて止まっていた。
「……レナ……」
呆然と地に座り込んでいるオルの元に歩み寄り、レナは真上から見下ろして彼に尋ねた。
「お前が水龍を庇うのは何故だ?」
「……あいつがまだ、何にも穢れていないからだ」
「それで、罪滅ぼしでもするつもりなのか」
「……そうかもしれない」
「綺麗事を続けるならば、お前は苦神を辞めろ」
「……」
何も言わないオルに、レナはやっと剣を鞘に戻した。
「旅を続けよう。 我々にはまだ、為すべきことがある」




