二人
――……。
暗闇の中で、初めに感じたのは妙な圧迫感だった。胸が締め付けられるようで、上手く息が吸えないのだ。のしかかる何かから逃れようと、身をよじろうとした僕は自分が身動きが取れないことに気付いた。
「……ん……」
身動きを取れないというのは、それなりに苦痛を伴う。余りの気怠さに、僕はたまらず重い瞼をこじあけた。
――……え?
目に飛び込んできた物が信じられなくて、僕は何回か瞬きを繰り返した。混沌としていた意識が、急速に覚醒していく。僕の両方の目は、受け入れがたい情報を否応が無しに頭に送り込んできた。
「リリアさん……?」
全裸の僕の上に、生まれたままの状態のリリアさんが横たわっていた。
――!?
「――あ、目が覚めたのね……ってちょっと、動かないで! ああ――んっ」
本能的に僕は、彼女の下から逃れようとした。すると当然、密着しているからこそ見えていなかった彼女の身体が――。
「良い加減にしなさい!!」
それから数分後。きっちりと服を着た僕は、ゆるく服を纏ったリリアさんの前で小さくなっていた。
「その、本当に、申し訳ありませんでした……」
「……」
気が動転してしまって、全く状況を把握することが出来なかったのだが。冷静に考えてみると、僕達が肌を合わせていたのは実にまともな話だった。
レナさんの炎を胸に受けた僕を連れ、この場所に逃れてきたリリアさん。瞬く間に火だるまになった僕を、リリアさんは仕方なく冷たい池に放り込んだ。結果、焼け死ぬことは免れた僕だったが――。
「冷たい……」
池から僕を引っ張り上げたリリアさんは、半分死の淵に踏み入れてしまっている僕を見て迷わずに服を脱いだ。低体温症を起こしていた人間を温めるには、火を使ってはいけない。急激な温度変化に耐えられず、死亡する危険性が高いからだ。こういう場合は人肌でゆっくり、可能ならば服を脱いで直接体温を伝えながらに限るのだ。
……とまあ、この様な理由であの状態が生まれたのだと、今では分かる。分かったところで今さらどうしようもないのだが。
当然の様にツンとしているリリアさんに、僕はひたすら謝り続けていた。
「リリアさん、その……」
「私の身体を見ておいて、賞賛の一つも言えないの?」
「すみま――って、み、見るなんてそんな――」
「見たんでしょ?」
ずいっと真正面から近づいたレナさんの唇は、僕の唇のぎりぎりで止まった。
「……す……すみま……ひっ」
リリアさんはなんと、赤い舌をぺろりと出して僕の鼻頭を舐めた。
「あ、あ、あの……!?」
――今の、何ですか!?
「つまらない男ね」
恐らく顔が真っ赤になっている僕を見ようともせず、リリアさんは右手をひらひらと振りながら言った。
「固まって無いで、さっさと行くわよ」
「行くってどこに……」
ゆらりと立ち上がったリリアさんは、むっと眉を寄せて言った。
「村に決まってるでしょ! こんな辺鄙なところで、あなたと野営なんてまっぴらよ!」
「は、はあ……」
身一つの僕を従え、リリアさんはずんずんと山を下りて行く。
――見たところかなり深そうな山ですが、こんなところに村が……?
僕の心配を他所に、リリアさんは迷うことなく道を進んで行きものの一時間程で僕達は小さな村に辿り着いていた。
「ここは……?」
「赤の国の最北端、雪の村よ」
「雪の村……」
リリアさんはそれ以上の情報を与えることなく、無言で突き進んでいく。やっと立ち止まったのは、小さな宿の前だった。
「あら、久しぶりだねお客さん」
「相変わらず、ここは寂れてるわね」
「ふへへ。 今日は良い男を連れて来てるじゃないか」
「……すぐ案内して貰えるかしら?」
「はいはい」
出迎えに出て来た気の良さそうなおばさんは僕を見てにやりと笑うと、僕達を一つしか無い部屋に案内した。
ごゆっくり、と言い残しておばさんが出て行ってすぐ。リリアさんは壁をとんとんと叩き始めた。
「リリアさん、何を……?」
「良いから黙ってて」
とんとんという音が少し変わったかなと思った瞬間、がこっと壁が外れた。
「――!」
壁の奥に隠されていた空洞に細い腕を突っ込むと、リリアさんは何かが入った袋を取り出した。
「それは……」
リリアさんが袋を逆さまにすると、中から出て来たのは立派な真珠だった。数を数えてもう一度袋に戻すと、彼女はそれを胸元に仕舞って壁を元に戻した。
「あの、このこと、お店の方は……」
「知る訳ないでしょ」
「ですよね……」
用は済んだと言う様に、リリアさんは手をパンパン叩いて部屋に一つしか無いベッドに腰掛けた。
「さてと」
「あの……」
「今度は何なの?」
足を組み、立ちすくむ僕をちろりと見上げるリリアさん。
「えっと、ここってまさか――」
「売春宿だけど、何かしら?」
「……」
大体予想がついていたとはいえ、僕はその言葉に硬直した。
「うふふ、緊張してるの?」
「えっと、あの、僕――」
「脱ぎなさい、イザム」
突然、リリアさんは僕にそう言ったのだった。




