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不死鳥の乙女  作者: ren
不死鳥の乙女
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 こめかみで脈を感じながら、私は乾いた唇で呟いた。


「リリア……?」


「――うふふ、あはははは!」


 可笑しくて仕方が無いと言う様に、リリアは笑った。狂気じみたその様に、私は思わず身震いした。


「何――」


「あなたたち、何をしているの? せっかく不死鳥の乙女が血を流しているのよ」


 笑うのを止め、広場に響き渡る声でそう言う彼女。その声に呼応する様に、いつの間にか静まり返っていた人々は再びざわめき始めた。


「不死鳥の乙女の血だと!?」


「どこだ、どこにあるんだ!?」


「不死鳥の血は俺の物だぞ!」


 焦点の定まらない目で、次々と喚きだす人々。私はその中に、父さんと母さんが含まれているのを見た。


「ど、どうなってるのよリリア!」


「うふふ。 訳が分からないって顔してるわよ、不死鳥の乙女さん」


 実に楽しそうに微笑む彼女に、私は冷や汗が伝うのを感じた。


「不死鳥の乙女って、あなたのことでしょ……!?」


「いいえ、あなたのことよ。 その証拠に、もう傷、治ってるでしょ?」


「――!」


 はっと腕に目をやると、確かに深々と切りつけられていた傷は綺麗に消え去っていた。


「う、嘘……」


「嘘じゃないわ。 全てを元に戻す、不死鳥の能力――。 あなたこそが、不死鳥の乙女なのよ」


「――!!」


 かつて無い程の衝撃を受けている私に、彼女はうってかわって気だるげな表情で回りを見渡した。


「……やっぱり五月蠅いわね。 あなたたち、静かにしなさい」


 そう言った途端、人々はぴたりと口を閉ざした。


 ――……リリア……?


 ごくっと唾を飲みこみ、私はリリアの唇が動くのを追った。


「ねえ、レナ。 これからどうする?」


「ど、どうするって、何が……?」


 ちろりと赤い舌で唇を舐め、彼女は言った。


「あなたの血には、計り知れない程の価値がある。 私が抑えるを止めたら、ここにいる愚かな人間達はたちまちあなたに飛び掛かるわ。 血を全部抜いて、自分達の利益のために使うのよ」


「そ、そんなことありえな――」


「聞いてなかったの、こいつらの叫びを? 愚民共はいつも、自分の欲望に忠実なのよ」


 そう言って笑う彼女は、もうリリアでは無かった。私は半ばやけくそ気味に、彼女に叫んだ。


「じゃ、じゃあ、どうすれば良いのよ!?」


「私と一緒に世界をやり直しましょう」


「――!?」


 ――白い巫女と共に、おまえさんは新しい世界を見るだろう。


 彼女の言葉は、おばあ様に言われた言葉を思い起こさせた。


「なん……で……」


「不死鳥の力が無ければ、どうせこんな世界、すぐ亡びるのよ」


 つまらなさそうにそう言った彼女は、一転してうっとりした笑みを浮かべた。


「でも、これからは違う。 私たちが作るのは、そう、力あるものだけが生きる、美しい世界……。 二人が手を組めば、なんだって可能になるわ」


 彼女に真っ直ぐ見つめられ、私は回らない頭のまま呟いた。


「力のある、もの……」


「そうよ。 好きな様に生きられるのよ」


 そこでふっと、いつも通りのリリアの笑顔を浮かべた彼女は言った。


「レナとなら、きっと上手く行くと思うんだ! レナもそう思うでしょ?」


 リリアはそう言って、私に手を差し出した。


「……」


 ――これが、運命……?


 私の頭の中で、リリアとの思い出が駆け巡って行く。あの時も、この時も、私の隣にはリリアがいた。今までも、これからも、ずっと、ずっと、リリアが私を導いて――。


「私は――」


 口を開こうとした瞬間、何かが私の足に触れた。


「――!?」


 驚いて下を見れば、うつ伏せに倒れているサイが手を伸ばして私の足首を掴んでいた。


「サ、サイ!? 嘘でしょ?」


 私は慌てて、サイの身体を揺すった。


「サイ! 大丈夫!?」


「……リリア……」


 彼は眼を瞑ったまま、唇だけでそう言った。


「サイ! しっかりしてよ! サイ!」


「……」


 しかし彼は、それ以上ぴくりとも動かなくなってしまった。


「サイ……。 ねえ、サイ……?」


 気付けば舞台にいた人は、私とリリアを除いて全員が倒れていた。それだけではない。観客席にいた人は皆、不自然に頭と手を垂れ……。まるで魂が抜けてしまったかの様に、そこに立ち尽くしていた。


「……」


 サイの顔にそっと触れ、私はゆっくりと立ち上がった。生まれて初めて感じる強い怒りが、私の中で燃え上がっていた。キッとリリアを振り返り、私は今度こそ口を開いて大声で言った。


「美しい世界なんて、まっぴらごめんよ!! 力があるとかどうとか……。 そんなのどうでも良いから、全部元に戻してよ!!」


 私の渾身の叫びは風となり……。ただ、リリアの前髪を微かに揺らしただけだった。


「……」


「……」


 肩で息をしながら、私はリリアの返事を待った。彼女はしばらく無表情で私を見つめていたが、やがて諦めたかの様に笑顔を浮かべた。


「そう、分かったわ」


「リ――」


「じゃあ、ここで死になさい」


 ――!


 彼女はふっと口元を歪め、手でパチンという音を出した。途端、先程までの沈黙が嘘の様に人々は暴れ出した。


「血だ、血だぁ!!」


「不死鳥様の血だぞ!」


「血をくれぇ!」


 舞台上の人は、這いつくばるようにして。観客席の人は、頭を垂れた姿勢のままゆっくり歩きながら私を取り囲む様に迫ってきた。


――ここで死ぬ……のかな。


 たった一人変化が無かったサイと、一緒に。私は終わりが近づくのを、自分でも意外な程冷静に見つめていた。それはもう、諦めと言って良かったのかもしれない。とにかく、信じられないことに、私はその場で目を閉じた。その時私は、確かにその声を聞いた。


『剣を奪え』


 ――!


『剣を奪え』


 ――剣を奪う? 剣って、剣って……?


『剣を奪うのだ、レナ』


 はっとして私は、横に立つリリアを見た。


――剣って、あれか……!


『剣を奪って、この場から抜け出せ』


――抜け出して、どこに行けば良いのよ?


 理解を超えた出来事が、余りにも一気に起こったせいで。麻痺してしまった私の頭は、敵か味方かもわからないその声にすがりつきたい気持ちだった。


『心が赴くまま、どこへでも……』


 しかし、返って来たのはまたしても理解出来ない言葉のみ。それっきり、謎の声は聞こえなくなってしまった。


――……え、終わりなの?


 舞台を這ってきた演者たちは、私の足元に横たわるサイの足へと手を伸ばそうとしていた。彼らに飲み込まれるのはもう、時間の問題だった。


――……やるしかない。


 ごくっと唾をのみ、私は覚悟を決めた。


「ねえリリア……。 ちょっと良い?」


「どうしたの、レナ。 今更怖くなったの?」


 ふふふと笑うリリアに、私はにっこりと微笑んだ。


「私、リリアのこと好きだよ」


「――!」


 リリアが目を見開いた、その一瞬。私はそれを見逃さずに、ふっと力が抜けた彼女の手から剣を奪い取った。そして――。


「私は捕まらないわよ!!」


 剣を構え、私は自ら人の中に飛び込んでいった。


「皆どいて!」


 正直な話、丸腰で動きが遅い村人と、剣を持った私では勝負は見えていた。問題は、いかに“怪我をさせずに”切り進むのかということ。私にはどうしても、人に真剣を向けることが出来なかったのだ。例え自分の命を狙う者だったとしても……。


 近づいてくる者を剣の柄で飛ばし、飛ばし、私はどうにかして前へと進んで行く。


 ――ごめんね、ごめんね……。


 ぎゅっと唇を噛みしめ、私はひたすら出口を目指した。


「もう、ついて、来ないで!!」


 ついに広場を抜け出した私は、無我夢中で走り出した。無意識に選んだ道はかなり険しく、けれど自分にとっては慣れ親しんだ道だった。


 後ろを振り向く余裕など無かったが、ゆっくりとした足音の集団が、ずっとついてきているのは分かっていた。


「何で、ついてくるのよ……!」


 舌打ちしつつ、私は走る。

 

 ――でも、このままじゃ……。


 無我夢中で走っていた私はハッとして、慌ててその場に踏みとどまった。一寸先は、文字通りの闇。足元の石がいくつか、月明かりに照らされながら奈落の底に吸い込まれていく……。


 ――よりによって、ここに来ちゃうとはね……。

 

 私が辿り着いたのは、リリアと何度も夕日を見たあの崖だった。完全な行き止まりを前に、私は立ち尽くすしか無かった。


「はあっ、はあっ」


 乱れた息を整えている間にも、村人達はどんどんこの狭い空間に集まってきていた。リリアの命令でもされているのか、誰も無駄に叫ぶことも無ければ、私に飛び掛かってくることもない。ただただ人間の壁を作るかのごとく、彼らは私の逃げ道を塞いでいった。


 私の汗が完全に引く頃になってようやく、リリアは分厚い壁の向こうから姿を現した。


「あらあら。 上手く逃げたのに、自分から追いつめられるなんてどういうつもりなの?」


 ――私だって、分からないよ……。


 そう言ってしまいそうなのをぐっと堪えて、私はあえて笑みを浮かべた。


「最初から逃げ切れるなんて、思ってないよ……。 でも、捕まる気もない」


「何を……言っているの?」

 

 口から出まかせの言葉に、リリアは明らかに戸惑っている。だがそれを見て、逆に私の心は決まった。


 ――不思議な声に、言われるまでもない。 私がここに来たのは、つまり――。


「例え死んだって、あなたの言いなりにはならないってことよ!」


「ま、まさか……!」


 驚くリリアの前で、私はくるりと後ろを向いた。


「誰か、あの子を止めなさい!!」


 慌てふためいているリリアの声を背中に、私は大きく息を吸った。


「――バイバイ、リリア」


 自ら前に倒れる様にして、私は空を飛んだ。胸の前で剣を抱えて一本の棒の様になったまま、私はきりきりと夜空を舞った。


「レナー!!」


 遠くの方から降ってきた声を聞いたのを最期に、私の意識は途切れた。


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