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不死鳥の乙女  作者: ren
傀儡の旅人
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オルの過去

 辛い道のりを進むには短すぎる睡眠を終えた後。僕達は再び、行動を始めた。レナさんが決めた方針は、“あえて何もしないこと”だった。


「ここで下手に動けば、襲ってくる村人を巻き込むことになる恐れがある。 敵が誰もいないところで私たちを待っているというなら、かえって好都合。 “力”さえ使えれば、何の問題も無い」


 淡々と語るレナさんの表情からは、何も読み取れなかった。いつも通りに歩き、やり過ごしながら休憩を取り、また歩いて、交代で眠る日々が三日続いた後……。ついに僕達は、緑の国最後の村から一日で歩いていける地点よりも遠くに離れた。


 そして――。


「お久しぶりね、レナ」


「会いたかったぞ、オル」


「待ちくたびれた」


「――っ! あなたたちは……」


「……!」


「あの方はまさか……」


 逃げも隠れもせず。少し開けた場所に陣取り、今か今かと待ち続けていた僕達の前に突如現れた“二人組”。一人は勿論、妖艶な笑みを浮かべているリリアさん。その傍らに立つのは、誰であろう、僕達が追っていた男――カムイだった。


「……何故お前がここにいる」


 低く、唸る様に発したオル君の声。側で聞いている僕の方が、思わずぞくりとしてしまうそれに、問われたカムイはニヤリと笑うのみだった。


「ほう。 力を得る前と得た後では、流石に迫力が違うな。 ……育ててやった恩を忘れたのか、オルよ」


「……お前に育てられた思い出など無い!」


「くくく。 それは身体に聞いてみないと分からんなあ」


 嫌らしい笑みを浮かべる男に、オル君はぶるっと体を震わせた。彼がぎゅっと手を握るのを見ながら、僕は彼自身に聞いた事を思い返していた。


 それは、二人で寝ずの番を始めたばかりの頃だった。真っ暗闇の中、レナさんとブリリアントから離れて見張りのしやすい場所に移動する僕とオル君。勿論明かりなどは持っていないし、頼れるのは自分の勘のみ。


 ――まだ始まってもいないのですが、早速闇に押しつぶされそうです……。


 かなりびくびくしている僕に、飄々と歩いているオル君がふっとこちらを振り返った。


「……何だ。 怖がっているのか」


「――怖いですよ! オル君は、何で平気なんですか?」


「……昔、よくやらされていたから」


「――え?」


 オル君が口を滑らせた言葉を、思わず僕は聞き返してしまった。


「……」


オル君は黙って、明るいうちに決めていたポイントまで到達すると音も無く座った。僕もその隣に、慎重に、そろりと座った。


「……」


「……」


 ――昔というのはきっと、カムイと過ごしていた時期のことですよね。 余計なことを聞いてしまいましたか……。


 頭を抱えたいのを堪えて、僕はどうしようかと考え込んだ。そんな僕に、オル君は不意打ちの様に声を掛けてきた。


「……イザムは、盗みを働いたことはあるか」


「――ありませんよ!」


「……物を無理やり奪ったことは?」


「……ありま……せん」


 またしてもやってしまったと、気付いたがもう遅い。項垂れる僕の隣で、隣でオル君が背後の木に背中を預ける様に動いたのが分かった。


「……命からがら村を逃げ出してから。 カムイに拾われた俺は、生きるためなら何でもやってきた。 盗みも、脅しも、殺しも。 全て、日常だった」


「――!」


「……カムイは最初こそ手当をし、飯をくれた。 だが傷が癒え、小剣が握れる頃になると態度はがらりと変わった……。 奴がまず初めに俺に教えたのは、武器の使い方だった。 朝になると、どこからともなく隠れ家に帰ってきては寝ている俺を蹴り起こし、徹底的に扱いた。 ……扱きが終わった後は、またどこかへ消えて行き、次の朝には必ず戻ってきた。 俺はその間、ずっと放置されていた……。 金も何も無い俺が、次の朝、カムイの剣を受けて生き残るには方法は一つしか無かった。 盗んだパンを貪り食って、薬問屋で脅し取った傷薬を訳も分からず塗りこんで、力尽きて次の朝蹴り起こされるまで泥の様に眠った」


「……逃げ出そうとはしなかったのですか?」


「……何度もした。 その度、あいつはどこからともなく現れては俺を連れ戻した。 ……その後は気を失うまで何度も殴られ、水を掛けられて眼を醒ましてからまた殴られ続けた」


「……」


「……町に出て、不良共に絡まれても無事でいられる様になった頃ぐらいからか。 俺は段々“力”が使える様になっていた。 それを知ったカムイは、扱くのは止めて俺を夜の街に連れて行く様になった。 詳しいことは分からないが、怪しい取引に手を染めていたのは間違いない。 ……俺もそれを知っていて、手伝っていた」


「……その、オル君は、つまり……」


「……人を殺したことも、一度や二度ではない」


「――っ……」


 予想がついていたとはいえ、やはりその言葉は重かった。嫌でも脳裏に浮かぶのは、ほんのつい先日、オル君が僕に向けた、閃光。あれはまさしく、本当の殺意だったのだ。


言葉を失くす僕に、オル君は自嘲気味に笑った。


「……いくら人間が変わったとしても、過去は変えられない。 俺は、もう純真にも無垢にも戻れないんだ」


「……オル君……」


 隣に座っているオル君は今、どんな顔をしているのだろうか。越えられない壁の様な物を感じ、僕は静かに木にもたれかかった。


「オル君は何故、それほどの過去がありながら求神として生きることを選んだんですか……? はっきりと決めたのは、過去の記憶が戻る前ですよね」


「……それは――」


 感情を表に出さないオル君が、初めて瞳に灯した情熱的な炎。それは暗闇の中眩しい程に光を放って、僕を貫いた。


「……それは――守りたいと、思ったからだ」


「守りたい……ですか」


「……ああ。 だから俺は、守りたい物のためなら人を殺める覚悟が出来ている」


「……」


 覚悟を決めた男の横顔は、僕には重すぎる物だった。


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