罪と罰
僕の身代わりになってくれていたレナさんは、ゆっくりと後ろを振り返った。
「……っ」
その瞳に射抜かれて、僕は全身を硬直させた。ここに至ってようやく、僕は自分がしてしまったことの重大さに気付かされていた。
「そうだな。 水龍の処遇は、麒麟に任せようか」
「……分かった」
オル君の感情を押し殺したかの様な声が、僕の周囲の空気を凍らせていく。僕は身動きが出来ないままに、目の端でレナさんとブリリアントが去って行くのを知った。
「……」
「……」
オル君は、彼女達二人の気配が完全に消え去るまで無言を貫いていた。それが意味する物とは、一体――。
「……嫌なことはさっさと終わらせるに限るな」
オル君がボソッと呟いた、その瞬間。僕の目には、オル君の“内部”から凄まじい光線と突風が吹き出すのを確かに見た。
――!
目を塞ぐことも出来ない僕の前で、自らの力を解放させたオル君。全身に可視出来る程の力を漲らせた彼の手には、二つの短剣――トパーズの剣が握られていた。
――ああ、僕はここで、消されてしまうのですね。
驚くべきことに、その二つの聖剣が自分に向けられているにも関わらず、僕はその神々しい姿に圧倒され涙すら浮かべて彼に見入っていた。人間とは、余りにも強大な者と出会った時、恐怖さえも忘れてしまう存在なのだろうか。
静かに目を伏せていたオル君が、感情の読めない目で僕をしっかり捕えた頃。僕の脳内には走馬灯の様に、過去の記憶が次々と浮かんでは消えて行っていた。
――短い人生でした。 僕は、何一つ……。
僕が最後まで自分の拙い思い紡ぐ前に、無慈悲にも彼は二つの短剣を振り斬った。
「――!!」
切っ先から生まれた二つの波動は、真っ直ぐに僕に向かって来た。目を瞑る間もなく、目標に到達したそれは……僕のわずか一メートル程後ろで交わり合うと、そのまま後ろへと駆けて行った。
「……は……は……は……」
僕は凄まじい音と共に地面に亀裂が走り、背後の森が更地へと変わってしまったのを見ながら……その場に崩れ落ちた。
一歩も動いてはいないはずなのに、村の端から端まで全力疾走した時の様に息があがっていた。今さらの様に全身から吹き出してきた汗が、麻痺していた死への恐怖を物語っていた。
圧倒的な力を見せつけたオル君は、ふっと力を抜いて再び“力”を封じた。そして溢れ出た涙を乱暴にこすっている僕をまじまじと見て、問うた。
「……同じ“求神”に殺されると言うのは、どういう気分なんだ?」
「……分かりません」
僕はようやく戻ってきた感覚に押しつぶされそうになりながら、正直に答えた。
「……そうか」
未だに平常心を取り戻せない僕に腕を差し出し、やや乱暴に立たせてからオル君は言った。
「……もしお前が、またレナを傷付けるなら。 レナが命令する前に、俺はお前を殺さなければならない。 意味は……分かるな?」
「これ以上、レナさんに同じ“求神”を殺めさせないために、でしょうか」
「……ああ」
どこか上の方を見ながら、オル君は言う。
「……残酷なことを言うが、四人の中で唯一力を覚醒していないお前は俺達の弱点だ。 人一倍情が厚いお前が、急に変わってしまったレナを気に掛けるのは分からなくも無い。 だが……。 それよりも先に、すべきことがあるだろう」
「……」
何も言わない僕に、オル君はバシッと尻に平手打ちを加えた。それでも、僕の乾ききった喉はどうしても震えそうには無かった。やがて諦めた様に、オル君は再び口を開いた。
「……とにかく、これからはレナに迷惑を掛ける様な行動は慎め。 あいつはああ言っておきながら、誰かを犠牲にする等考えてすらいない。 お前が何か起こせば、皺寄せは全てレナに行くんだ」
「――!」
オル君の言葉に、僕はハッとした。先程の襲撃の際も……。例え僕に小刀が突き刺さっていたとしても、急所では無い限り僕自身の治癒能力やレナさんの再生能力を持ってすれば大事には至らなかっただろう。それなのにレナさんは、わざわざ僕を庇って、痛みを請け負ってくれたのだ。
――レナさん……。
「本当に、すみませんでした」
申し訳ない気持ちと情けない気持ちと、両方が溢れて来て。僕は心からの、謝罪の言葉を発した。
オル君はそれに応える様に、またバシッと僕の尻を叩いた。
「……全く。 素直になれよ最初から」
「すみません……」
「……大分レナ達に後れを取った。 行くぞ、“イザム”」
「はい……」
俯き加減に答える僕を急かす様に、オル君は荷物を背負い直すとさっさと歩きだしてしまう。僕はその背にそっと頭を下げた後、慌てて彼を追いかけた。
本気で速足のオル君と、すっかり目が覚めた僕がレナさん達に追いついたのは昼食の時間だった。ブリリアントと簡易食糧を齧っていたレナさんは、やって来た僕達を見て聞いた。
「しっかり反省出来たか?」
「そ、その……」
直前まで謝罪の言葉が出かかっていた僕は、不意打ちの様なその質問に思わず口ごもってしまう。そんな僕に、オル君は無言で尻を叩いた。
「――っ! ……その、本当に、申し訳ありませんでした……!」
荷物を投げ出し、地面に平伏する僕。上からレナさんとオル君が、ここまでやれと言った覚えはない、……何、命まで狩らなくて良いのか悩んでいたところだと言う恐ろしい掛け合いと、ブリリアントのホッとした様な溜め息が降って来た。
「顔を上げろ、水龍」
「はい……」
レナさんは、生半可な気持ちで旅をするとどうなるか教えたかっただけなのにどうしてこうなった……と珍しくぼやいた後。僕を見下ろしながらこう言った。
「二度と気を抜くな。 次は無いと思え」
「――はい!」
「精霊、何か言うことはあるか?」
「いいえ、何もありませんわ」
ブリリアントは首を振りながら、何故か目を潤ませて言った。
「そうか。 ならこの件についてはこれ以上触れるのはごめんだ。 水龍、さっさと立って昼食を食べろ。 食べたらすぐに出発だ」
「……はい!」
こうして僕は、皆に赦され再び旅を続けたのだった。




