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不死鳥の乙女  作者: ren
傀儡の旅人
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イザムの葛藤

 翌朝――。いつも通りレナさんが尋常では無い速さで歩いて行く中、僕は油断すれば落ちて来そうな瞼をこすりこすり何とかその後を追いかけていた。


 昨夜。どうしても寝つけなかった僕はこっそり小屋を出て、山野をうろうろしていたのだ。


 ――月光草を探した時も、こんな夜だった様な。


 僕は無理やり懐かしい思い出を掘り起こして、口の端に笑みを浮かべた。そうでもしなければ、自分の心が乾燥しきってしまう気がしたからだ。


 人も動物もいない場所で土の上に直接寝ころんで、僕は思考の海に身を任せた。そして……気付いてしまったのだ。


 ――レナさんは、僕の質問に何一つ答えてくれてはいない……!


 ガバッと身を起こしたのは、驚きを抑えきれなかったせいか。


「――っ……」


 軽い眩暈と頭痛を誤魔化す様に、僕はこめかみを揉みながらレナさんんの話をもう一度丁寧に思い起こした。やがてその矛盾点に確信を持てる頃、ようやく僕は再び背中を土に付けた。


 ――レナさんは先程、滅多に無い程丁寧に過去の出来事を僕達の前で語ってくれました。けれど、良く良く考えると不自然に触れられていない箇所が多々あります。 これは一体……。


 レナさん自身も不明なため、説明しようが無かったのか。あるいは、どうしても説明出来出来ない、又はしたくない理由でもあるのか。


 僕は直感的に、レナさんは後者の理由で説明を避けたのだと推測した。


 ――しかし……こればかりはレナさんにもう一度聞くと言ったことも出来ませんし、手がかりも無く……。


 結局は八方ふさがりであることを再確認して、僕は天を仰いだ。


 ――急に変わってしまったレナさんにどうしても近づきたい一心であれこれ考えてみましたが……。


 知れば知るほど、友達であった彼女は無力な自分から離れていく。僕は彼女の重荷を肩代わりするどころか、余計な負担を増やしているだけなのではないだろうか。


「……駄目です駄目です。 駄目な思考の渦にはまるのは、きっと良くないことなのですから……」


 僕は眼をぎゅーっと瞑って、何も生み出さない、どうしようもない迷路から抜け出そうと試みた。その反動か何なのか、特に何も思っていなかった単語が口から勝手に飛び出した。


「――友達」


 どうして急に自分がそんなことを言ったのか。少し重たくなってきた瞼の奥で、僕は静かに記憶を辿って行った。そして、唐突にとある事実に行きついたのだ。


 ――そうか、そうだったのか。


 燃える精霊の屋敷で、意識を失くしたレナさんを前にしてリリアさんは確かにこう言ったのだ。


『私とレナは、昔からの付き合いなの。 ぽっと出のあなたに、大事な友達を任せるわけにはいかないでしょ』


 僕は再び、眠りからは程遠い状態に引き戻されていった。あの時の僕は、リリアさんから語られた“友達”という単語にかなりの違和感を抱いて、実際、本人にも聞き返していた。


「結局真相については教えて貰えませんでしたが……」


 不死鳥の村で暮らしている時を皮肉って、あえて友達であると言ったのかと僕は解釈していた。しかしレナさんの今回の話と合わせると――。


「白の国滅亡を起こす前のリリアさんとレナさんは、親しい友達同士だったのでしょうか」


 借りにそうだとすれば、過去に何があったのか。そして現在のリリアさんは何を思って、レナさんを危険に晒しているのか。


「またしても謎が、増えてしまいました……」


 段々白くなっていく空の下で、僕はお手上げというように大きく腕を広げながら押し寄せた眠りの波に埋もれて行った。


 朝、一番早起きのオル君に無防備過ぎるだろうと真剣に怒られながら小屋に戻ったのが五時頃。ブリリアントにそろそろ起きて下さい、と肩を叩かれたのが五時半で、小屋を元に戻して出発をしたのが六時。しっかりと寝たのは、合わせて一時間にも満たない程だった。


「イザム兄様、大丈夫ですか?」


「ええ、申し訳ありません……」


「付いて来れないなら置いて行くぞ」


「すみません……頑張ります」


 自業自得故、心配されると余計に肩身が狭くなってしまう。欠伸を漏らさない様に奥歯を噛みしめているので普段よりも口数少なく、僕は必死で足を動かしていた。


 ――最も、一番の謎は未だに僕の“記憶”が戻らないことなのですが……。


 先を行く三人の背中を見ながら、僕は何となく昨夜の思考を続けていた。普段なら絶対にやらないだろう、気の緩み。その隙をついて、僕の右手から急速に近づいてくる物があった。


 それは……三つの鋭利な小刀だった。


「……イザム!」


「イザム兄様!」


 ボーっとしていた僕の方を振り返って、オル君とブリリアントが叫んだ時にはすでに遅かった。


「――え?」


 そこで初めて、僕は自分に“死”が向かっているのを感じた。しかし気付いた時にはもう遅い。小刀はもう、到底避けることが出来ないところまで迫っていた。


 ――そんな!


 僕は本能的に、目を右腕で覆った。


「――っ!」


「……!」


 一秒、二秒、三秒……。僕は余りに無さ過ぎる“死”の感覚に、恐る恐る眼を開けた。


「――そ、そんな……」


 僕は馬鹿みたいに、その場に突っ立つことしか出来なかった。何故なら――僕の目の前にはレナさんがいて、その右腕には深々と三本の小刀が突き刺さっていたからだ。


「レ、レ、レナさ、レナさん……」


「これしきのことで狼狽えるな、水龍」


 レナさんは血だらけの腕をだらりと下げたまま、普段通りの声でそう言った。


 これしきのことという段階では無いと焦る僕の前で、レナさんは自分の腕ごと小刀に炎を付けた。


 ――っ!


 肉が焦げる独特の臭いがしたのは一瞬で、炭になった小刀がポトリと音を立てて地に堕ちた。そしてレナさんが無事な方の手でさらりと撫でると、瞬く間に腕は再生された……。


 ――……。


 目の前で出来事を自分の中で消化しきれずにいると、丁度小刀が飛んできた方向の茂みがガサガサと揺れてオル君が姿を現した。


「オル兄様!」


 僕の背後から、ブリリアントのホッとした声がした。


「……済まない。 取り逃がした」


 オル君によると、僕達を狙った襲撃犯は森の奥にある川に用意していた小船に飛び乗って逃亡を図ったらしい。


「気配の消し方、小刀捌き、そして失敗したと悟るや否や雷に負けず劣らぬ速さを持つオルにも捕えられない速さでの撤退……。 どう考えても、手練れの本職による襲撃だろうな」


 レナさんはそう分析すると、ご苦労だったとオル君に告げた。同時に僕達を守るために結界を張っていたブリリアントに、術を下げさせた。


 僕が何も出来ないでいる間に、皆はそれぞれが最善の方向に走っていたのだ。


「襲撃の目的は、不死鳥様以外の私たちの抹殺でしょうか」


「……恐らくはそうだろうな。 リリアに取っては、俺達の力等気に留める価値も無いのだろう。 奴が本気で世界を破壊したいのなら、狙いはレナだけのはずだ」


「……」

 

 僕は全く付いていけはしなかったものの、脅威が過ぎ去ったことに思わずホッとして止めていた息を吐いた。だが決して、これで終わりでは無かったのだ。


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