破滅の日
不死鳥が赤の国に戻って一年程足らずで、赤の国の東部と西部にそれぞれ水龍、麒麟が降り立った。彼らが国を築き、ようやく世界全体に平和が訪れ様とした頃……事件は起きた。
「不死鳥様、大変です!」
「ああ、承知している」
その日――不死鳥の自室に、国境を警備していた者からの知らせが届いた時にはすでに彼女は旅支度をし終えていた。
「不死鳥様――!」
「私はこれから、白の国に向かう。 ……万が一戻らなかった場合は、いつも通りの対処を頼む」
「不死鳥様……」
赤の国を出た不死鳥は、同じく遥々自分の国から出て来た水龍、麒麟と共に白の国があった場所を目指した。やがて辿り着いたそこは、まさに死の国と化していた。
「これはまた、酷くやった物だな」
「ここに少し前まで国があったなんて、とても信じられません……」
「……驚くべきは、奴はこれをたった一人で為したということだ」
三人の目の前には、ただただ白い世界が広がっていた。白の国に一つだけあった火山が噴火。国は一瞬にして熔岩及び火砕流に飲みこまれ、その後三日三晩降り続いた火山灰が背の丈を超える程に降り積もってしまったのだと言う。これは勿論、白蛇の仕業なのだが。
「不死鳥様。 これから、どうされるおつもりですか?」
「どうするもこうするも……。 噴火の瞬間、咄嗟に国沿いに防御壁を作らなかったら我が国も同等の被害を被っていただろう。 まずは白蛇を見つけだし、どういうつもりなのか問いただす」
「……この灰の山から、奴を見つけ出すのは骨が折れるぞ」
「そうでもない。 白蛇がいる場所は、検討がついている」
そう言って不死鳥は、普段は滅多に使わない力を解放して背中に翼を生やし、空を飛んだ。当然の様に後に続く、水龍と麒麟。
三人は白い山を越えて、かつて白蛇が住んでいた小さな小屋へと向かった。上空から見下ろしたそこは、不自然に灰が無く元のままを保っていた。
「やはりここにいたか白蛇――」
三人は静かに、白蛇の家の前へと降り立った。麒麟がノックをすることもなく、白蛇の家の扉を乱暴に開いた。
「――あら。 三人御揃いで、こんな辺境にようこそ」
「……白蛇、貴様……」
掴みかからんばかりの勢いの麒麟を手で制して、不死鳥は静かに問うた。
「これは、お前がしたことなのか」
「ええ、そうよ! 私以外に、こんな凄いこと出来るわけないじゃない!」
狂気に満ちた笑顔を見せる白蛇に、その場の空気がピシリと凍りついた。
「どうしてこんなことを……? 僕達は天より力を授かり、人を導く存在のはずです」
水龍は白の国の民を思ってか、瞳に涙すら浮かべて白蛇に聞いた。
「うふふ。 人間なんて、取るに足らない物よ。 どうして力を持つ私が、彼らのために働かなければならないの?」
「――なっ!」
およそ受け入れがたい返答に、水龍は絶句した。白蛇の表情からは、焦りや後悔の念は読み取れない。
「……慈悲深き白蛇神が、この様な事態を許されるはずがない。 彼はどうしたんだ?」
感情を制御しきれていない麒麟が噛みつくと、彼女は平然とこう言った。
「白蛇神ならとっくの昔に、天に逃げ帰ったわよ。 愛想が尽きたんですって、この世界に」
「……!?」
「なるほどな。 ――で。 主神を失ったお前は、これからどうするつもりだ?」
それまで静かに聞いていた不死鳥は、ここで初めて口を開いた。その瞳には、白蛇しか映ってはいなかった。彼女がこの場所を訪れたのは、友であった白蛇と話すためだったのだから。果たして、白蛇の答えは――。
「それは勿論。 下らない人間を、この世界から完全に滅ぼすのよ」
「……」
「――っ!」
「……!」
不敵に微笑む白蛇に、三人は完全に圧倒されていた。
「一週間後、赤、青、黄の国境にある山を噴火させるわ。 あなたたちは自分の国が亡びるのを、人間どもが跡形もなく消えていくのを、指を咥えて見ていることね。 では、私はこれで失礼するわ」
そう言って白蛇は、煙の様にその場から消えた。
「……」
「……」
「……」
呆けた様に、白蛇が消えた後の壁を見つめる三人。 神々の中でも高位に属する白蛇神の力。それを破壊に注ぎこんだら、どうなるか。国が亡びるぐらいでは、きっと済まないだろう。現に白蛇は、自分の国を一瞬にして消してしまったのだ。借りに三つの国が火砕流に飲みこまれたとして、生き残れる人はいるのだろうか。生き残れたとして、国を再興することは可能なのだろうか。
初めに感覚を取り戻した水龍は、がくりと膝を折りその場に崩れ落ちた。麒麟は崩れ落ちこそしなかったものの、壁にもたれ掛ってようやく立っていられる様な状況だった。唯一真っ直ぐ立っていた不死鳥は……。
「行くぞ、水龍、麒麟」
「え、ええ……」
「……分かっている」
三人は勿論、白蛇を止めるべく動き出した。そして――。
「白蛇が宣言した、この世界に滅亡に招く日。 私たちは山の中に潜む白蛇を見つけ出し、奴を討ち取った。 だが……それこそが罠だったのだ。 白蛇神の属性は、光。 奴が死ぬということは、世界からそれらが消えるということだ」
「光が、消える……?」
思わず聞き返した僕に、レナさんはそうだと頷いた。
「白蛇が死んだあと、前触れもなく三つの国の境にある山が噴煙を上げた。 私たちが阻止しようとしていた、まさにその噴火が起きてしまったのだ」
「――っ!」
息を飲む僕に、レナさんは遠い目をしたまま話を続けた。
「今度の噴火は、溶岩も火砕流も起こさなかった。 その代わり、先ほどとは比べものにならない程の火山灰を噴き出した。 火山灰は空を覆い、天と世界を完全に遮断するまでとなった。 瞬く間にこの地は、太陽の射さない暗黒の大地へと化したのだ」
「そんな……! 太陽が無ければ、僕たちは……」
「私たちも、馬鹿では無い。 無論白蛇の真の企みぐらい、端から分かっていた。 だからこそ私は、白蛇を討つ前に自分の力を解放してから臨んでいた」
「力を、解放? ということは、不死鳥様は……」
ハッと口を押さえるブリリアント。
「特別な手順を踏めば、私は力を解放した後も丸一日はこの世界に留まり続けることが出来る。 私は翼を使い、噴火口に身を投じた」
「……」
「……」
言葉を失くす僕達。後を引き継いで語り始めたのは、当時を知っているオル君だった。
「……不死鳥の力によって、火山はもう一度噴火したんだ。 それこそ天に届かんばかりに高く、溶岩を噴き上げて。 その時生じた爆風が、白蛇の火山灰を全て吹き飛ばした。 太陽は再び大地を照らし、人々は一瞬訪れた生命の危機を振り返ることもなく元の平和な日々を過ごしたんだ」
「……」
「……」
オル君が語り終えた後、しばらく誰も声を発さなかった。一呼吸、二呼吸置いて、口を開いたのはレナさんだった。
「今の白蛇の目的が何なのか、私たちは知らない。 だからこそ、奴に追いつき、その答えによっては――」
「答えによっては……?」
「再び、この手で殺す」
「――っ」
殺すなんてそんな……という言葉は、とても僕の口からは出てこなかった。ただ胸を占めたのは、言いようの無い悲しみだった。
――レナさんは、ずっと、こんな重いものを背負って……。
するとレナさんは、僕の心の内を感じ取ったのか、誰に言うともなしにこう呟いた。
「勘違いするな。 私は苦神である故、人々にとっての”最善”の策を取っているだけだ。……もしここにいる誰かが白蛇と同じことをするならば、私は迷わずにそれを叩く」
そう言い切るレナさんの瞳には、何が映っているというのだろうか。僕は少し近づいたと思った彼女が、またしても手の届かない遙か彼方へ飛び去ってしまったのを感じていた。




