白蛇と不死鳥
「事の始まりは、白蛇神と不死鳥神がこの地に降り立った時に遡る」
深い森の中で、月の光を背に受けながらレナさんは静かに話し始めた。彼女の眼前に座るのを許されたのは、僕達三人のみ。秘められし厳かな話を聞くには、これ以上無い程の環境が揃っていた。
「北に白蛇神、南に不死鳥神がそれぞれ築いた村。それが町となり、国になって行くまでさほど時間は掛からなかった」
レナさんは昔語りを、正しく自分が見て来た通りに話していく。僕は勿論ブリリアントもオル君も、レナさんの大きくは無い声を聞き洩らさぬ様神経を研ぎ澄ませた。
「生きていくのが難しい時代だったからこそ、人々は自分がどうすれば生き残れるかに敏感だった。 だからこそ皆、引き寄せられる様に南北に分かれた我々の元を目指したのだ」
当時のことを思い出す様に、レナさんは静かに目を閉じた――。
「人間とは小さな存在だ。 我の力なしには生きて行けまい」
そう言って白蛇神は、彼の元に集まった人間に自らの力を分け与えた。
「人間は確かに小さな存在だが、自らで未来を切り開いていくだけの力がある。
我は彼らが困った時にだけ手を差し伸べれば良い」
そう言って不死鳥神は、彼女の元に集まった人間を暖かく見守った。
二人の神は考え方こそ違ったが、互いに尊敬しあっていたし、何より人間を愛していた。彼らがこの世界に初めて安寧をもたらしたというのは、紛れも無い事実だった。だが――。
「白蛇、話がある」
「――レナじゃない!」
ある日突然に、不死鳥は白蛇神の本拠地――すなわち白の国を訪れた。
山奥で一人で暮らしている白蛇を訪れるのは、身体が並はずれて丈夫な不死鳥でも骨が折れる旅路なのだ。久しぶりに客を迎えた白蛇は飛び切りの笑顔を見せたが、すぐに只ならぬ気配を感じたのか黙って自室に不死鳥を案内した。
「今日はどうしたの?」
「近頃、新しく赤の国を訪れる者が多くてな」
「それは、良かったじゃない」
白蛇はそう言って微笑んだが、目は全く笑っていなかった。
「その者達が口を揃えて言うには、白の国を追い出されたと」
「……」
重々しく告げる不死鳥に、白蛇は目を伏せた。
「どうやら事実の様だな」
「私は……直接は何もしていないわ。 国民が勝手に、やっていることだもの」
どこか投げやりに言う白蛇に、不死鳥はどういうことかと問いただした。
「白蛇神は全ての人間に、平等に力を分け与えているわ。 でも、中にはどうしてもその力を使えない人もいるのよ。 ――ね、分かるでしょ?」
「……力を使える人間が、力を使えない人間を迫害していると」
「迫害だなんて、そんな言い方……」
白蛇は形の良い唇をすぼめたが、事実は事実だ。諦めた様に溜め息を吐くと、彼女は言い訳の様な説明を始めた。
「白蛇神はとてもお優しいお方よ。 人々が望むままに、力をお与えになる。 でも……。 いつしか人々は、それに甘える様になってしまったの」
「お前もそれを、容認しているのだろう」
不死鳥は部屋をぐるりと見渡しながら、彼女に問うた。
「白の国を通過する間、お前のことについて色々と聞いた。 彼らはお前のことを、白蛇神に捧げる生贄だと思っている様だな」
「――!」
「一人こんな山奥に追いやられ、お前は一体、何がしたいんだ?」
「それは……」
言葉につまる、白蛇。一室にしかない白蛇の部屋には、最近作ったのであろう手編みの籠が沢山つるしてあった。しかし部屋自体は、今にも潰れそうな程に古い物だった。つまり、白蛇は完全に白の国の住民から切り離された生活を長い間強いられているということに他ならない。
「私は……」
「ん?」
「私は……。 レナだって、他人の事言えないじゃない!」
萎らしくしていた白蛇は、急にその隠された牙を不死鳥に向けた。不死鳥は一つ瞬きをした後、何の話だと白蛇に言った。
「私が何も知らないとでも思っているの、レナ。 あなたは人間にはどうすることも出来ない災害が起きる度、自分の身を犠牲にしているじゃない!」
「……」
「あなたの中に眠っている不死鳥の力を最大限に引き出すためには、あなたという殻を破らなければならない。 あなたは人間のために、何回“死”を選んだの?」
「それは私が、“苦神”だからだ」
「苦神……?」
「私はこの身一つで、人々の苦しみを引き受けると決めた。 必要とあれば、人間としての死など厭わない」
堂々と言い切る不死鳥に、白蛇はそれ以上何も言わなかった。
「……話がそれたな」
ゆっくりと立ち上がった不死鳥は、すっかり日が暮れた外へと出て行こうとする。
「もう帰っちゃうの? 今日は遅いし、泊まって行ったら?」
慌てて引き留めようとする白蛇に、不死鳥は一言遠慮すると断った。そして――。
「この世界は、思ったより手が掛かる様だ。 我が主神は、天界から水龍と麒麟を呼ぶことを決めたのだが」
「――!」
「彼らには、広がり過ぎた赤の国の一部にそれぞれ国を構えて貰う手はずになっている」
「……良い案だと思うわ」
「お前ならそう言ってくれると思っていた。 では、また日を改めて来よう」
そう言って不死鳥は、白蛇の元を去って行った。それが――“苦神”として見える最後の機会になるとも知らずに。




