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不死鳥の乙女  作者: ren
傀儡の旅人
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七夕

たまには季節ネタを。

 これはまだ、僕が水龍の村にいた時の話――。


 ”その日”の前日は、僕は決まって大きな籠をしょって山に入るのが習わしだった。水龍が住まわれているという山にはたくさんの薬草が生えていて、僕は普段から独自の薬草地図を頼りに摘みに来ているのだが今日はそうではなく。お目当てはそう、笹だった。


 明日は年に一度の七夕の日だった。各々の家が戸口に短冊を付けた笹を飾るのだが、その笹の採集を僕が一手に引き受けていたのだ。


 僕がたくさんの笹を持って広場に行くと、すでに村中から集まってきていたお母さん軍団が籠から笹を奪っていく。


「貰ってくよ、イザムちゃん!」


「どうぞどうぞ!」


 彼女たちはこれから、一斉に村中に配るための笹団子を作るのだ。手伝いにいっている妹のカナ曰く、そこは女の戦場らしい。


 神聖な笹をまるで槍の様に構えて走り去っていくお母さま方を見て、僕はいつも好奇心がうずくのを感じていた。しかしうっかりそう口走ろうものなら、きっとカナに怒られてしまう。


 ――世の中知らない方が良いこともあるということ……ですかね。


 僕は気を取り直して自分の仕事――すなわち、残った笹を大きさにそって分ける作業を開始した。早くしなければ、目を輝かせた子供たちが来てしまうからだ。――ほら、もう足音がする。


「イザムにいちゃーん!」


「はい、五人家族のヒラの家には中くらいの笹をどうぞ」


「わーい!!」


 広場に並べた笹を家まで運んでいくのは、子供たちの仕事だった。僕はケンカが起きない様に配慮しながら、どうにか笹をさばいていく。


 やがて最後の一人を見送り、僕が空っぽになった籠を背負って家に戻る頃にはゆっくりと太陽が沈み始める頃だった。


「今年もぴったり、売り切ることが出来ましたね」


 別にお金を貰っているわけではないのだが、僕はそんなことを呟きながら歩いていく。


 道中の家の戸口にはすでに、飾り付けが済んだ笹が飾られていた。僕はそっと短冊に顔を近づけ、たどたどしい文字で書かれたそれを読んだ。


 ――将来は村で一番の釣り師になれますように!


 ――お裁縫がうまくなりますように!


 ――旅に出ます!


 何となく書いた子の顔が浮かんできて、僕は唇に笑いを乗せながら再び歩き始めた。


 程なくして着いた誰もいない自宅。僕は左手に持った、小さな小さな笹をそっと戸口に立てかけた。


 ――カナが戻ってくる前に、夕ご飯の支度をしましょうか。


 僕が手際よく野菜を刻み、二人分の夕食を作り終えた頃。まるでタイミングを計ったかのようにクタクタになったカナが帰ってきた。


「ただいまー」


「おかえり、カナ。 ちょうどごはんが出来ましたよ」


 いつもと変わらない、二人だけの静かな食事。違うのは、食後に美味しい笹団子が食べられること。


「うん、美味しい」


「良かった! 今年もなかなか凄かったんだからね~」


 甘いものに目が無いカナは、いつまでたっても子供の様だと僕は思う。


 満腹になったところで、ようやく僕たちは笹の飾り付けに取り掛かる。何のことは無い。思いつくままに短冊に願いごとを書き記していくだけだ。


 縁側に座り、僕たちは天の川に見下ろされながらたくさん用意した短冊をそれぞれ一枚ずつ取った。


 僕は早速、筆を取ってさらさらと書いた。


 ――薬師として精進出来ますように。


「お兄ちゃんって、そればっかりだよね」


「――ええ!?」


 いつの間にか僕の手元を見ていたカナが、少し呆れた様にそう言った。


「……他に、何かあるでしょうか」


「だから……。 色々あるじゃない! お金持ちになりたいとか、もっと大きな家に住みたいとか、ちょっと大きな夢とか……」


「……そりゃあ、お金はあるにこしたことはありませんが……」


 何も生活に困っているわけでもないのに。そう呟く僕に、カナは諦めた様にため息をつくとさらさらと短冊に何かを書いて僕に見せつける様に掲げた。


「……お兄ちゃんに、素敵な人が見つかりますように……」


 そういう方面に疎い僕にも、さすがにカナが何を言わんとしているかは伝わってきた。


「……なるほど。 考えたこともありませんでした」


「ええー! しっかりしてよねお兄ちゃん」


「はい……」


 そういうカナには、素敵な人はいるのだろうか。すでに次の短冊に取り掛かっているカナの真剣な横顔は、間違いなく子供を逸した物だった。


 ――素敵な人、ですか。 


 言葉だけで赤面してしまいそうな自分をどうにか抑え、僕も次の短冊に取り掛かることにした。しかし筆を握れど、僕には何の願いも浮かびそうに無かった。


「ねえ、お兄ちゃん」


「――! 何ですか?」


「お兄ちゃんの好きなタイプって、どんなの?」


「……優しい方ならどなたでも」


「じゃあ、髪長い人と短い人ならどっち?」


「うーん。 困りましたねえ」


 きらめく星たちはまるで、普段考えてもいなかった難問を押し付けられた僕を笑っているかのように輝いていたのだった。 

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