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不死鳥の乙女  作者: ren
傀儡の旅人
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泣いていた

 僕はただ、目だけを動かしてレナさんを見ることしか出来なかった。そんな中レナさんは、他の者には目もくれずリーダー格の男の元へと行った。そしてその顎を掴み、自分の方を向かせて問うた。


「誰の命令だ?」


「……」


「もう一度だけ聞く、誰の命令だ?」


 男は涙を流しながら呆けた様にレナさんを見ていたが、その冷たい眼差しにはっと正気に戻って観念したように答えた。


「し、白い、悪魔みたいなやつだ! 突然村に現れて――」


「何を命令された?」


「そ、その……。 不死鳥の乙女を、生きた状態で捕まえてこいって……。 捕まえられなければ……」


 男はそこで、言葉を詰まらせ声を上げて泣き出した。気付けば他の男達も皆、天を仰いで泣いていた。


「矢に塗っていた毒を渡したのも、そいつか」


「……ああ、そうだ。 あいつは……何か良く分からねえ毒を、俺達の村の井戸水に入れやがったんだ! 狩りを終えて村に戻ってきた俺達が見たのは、もがき苦しむ村の皆だった……」


「村にいた者は誰ひとり、立ってやしなかった。 あの悪魔は、茫然とする俺達に言ったんだ……。 俺達がお前を捕まえて来たら、解毒剤をやるって……。 あいつは確かにそう言ったんだ! それと、余計な奴らは殺せと……」


「本当はこんなこと、やりたくねえよ! でも、でも……他にどうすりゃ良かったんだよ!?」


 ただただ涙する男、無表情に淡々と語る男、地面に座り込みやけになった様に天に向かって吠える男……。


「……」


 僕の隣でオル君は黙って項垂れ、ブリリアントはすすり泣いていた。僕自身は……目の前の現実から目を逸らさない様に、必死で堪えていた。


 ――これは、酷過ぎます……。 リリアさん、あなたはどうして……。


「……」


 レナさんは男の声を聞き遂げると、再び真っ直ぐに立った。そして――。


「村へ案内しろ」


「……え?」


 茫然とする男達を前に、レナさんは平然と荷物を背負い直して言った。


「ま、まさか……。 お前、俺達の村を救ってくれるのか?」


「不死鳥の力ってやつを使って?」


「本当か!?」


 ぱあっと表情が明るくなった男達だったが、次のレナさんの言葉で再び奈落の底に突き落とされることとなった。


「何故私が、お前らなど救わなければならない?」


「え……」


「今も村にいるかどうかはともかく、少なくとも村には奴がいた痕跡が残っているはずだ。 それはこれから先の進路を決めるのに、役立つ情報だ」


 ――!!


 僕はその余りに冷徹な言葉に、思わず憤りを感じずにはいられなかった。しかしレナさんは、尖った視線をこちらに向けてこう言い捨てた。


「理由はともあれ、こいつらは畏れ多くも我々“求神”の命を狙ったのだ。 生かしておくだけでも、生ぬるいと思うがな」


「そんな……」


 絶望する僕に背を向け、レナさんは男を引っ立てる様に村に向かって歩き出した。


 ――レナさんは、彼らの苦しみを見ても何も思わないのですか……?


 悔しさに唇を噛みしめる僕の背中を、オル君が勢いよく叩いた。


「……俺達も行くぞ、イザム」


「……ええ」


 やがて訪れた村は、男達が言った通り悲惨な状況だった。動く物は犬一匹いない、余りにも寂しいその状況に、ブリリアントはまた涙を浮かべていた。


 僕は仰向けに倒れていた女性の口をそっと見て……その正体に気付いた。極めて致死性の高い、ササンという毒物。 古くから暗い目的のために使われてきたものだ。


「イザム兄様……」


「……」


 僕が黙って首を振ると、ブリリアントは堪えきれない様に声をあげて泣き出した。僕達を村に案内し終えた男達は……。井戸を見た瞬間、急に苦しみだした。まるで、自分達も毒を飲んだとでも言う様に。


「……何故、急に……」


「恐らく、この方達も毒入りの水を飲んでいたのでしょう……。 この毒は調整次第では、飲んでから発症までの時間をかなり正確に操作することが出来るのです。 例えば四日前、狩りに出掛ける際に村の井戸を利用していたとしたら……」


 僕は力なく、そう言った。


「この方達だけでも、救うことは出来ないのですか……?」


「一度発症してしまえば、対処方法はありません。 リリアさんはそれを知って……」


「全ては奴の、計算通りだったということだな」


 一人で村中の建物の中を調べていたレナさんが、扉を開けて出て来た。


「残念なことにここには、すでに奴はいない。 それよりもむしろ問題なのは、奴には我々の行動が筒抜けだったらしい。 少し旅の方法を変えざるを得まい」


 レナさんは淡々とそう言って、出て来たばかりの家におもむろに火をつけた。


「――レナさん!?」


「穢れた土地を、放っておくわけにはいかないからな」


 家は瞬く間に燃え盛り、火はすぐに隣の部屋に燃え移った。そうして、ものの五分と立たないうちに村全体が炎と化した。家も人も、植物も、全てが赤く染まっていく……。


 僕はその時、まだ息がある人がいるのを突然思い出した。


「駄目です! まだ、まだ生きている人が……」


 慌てふためき、消火しようとする僕にレナさんは深い溜め息を吐いた。


「お前の目は節穴なのか?」


「――っ」


 レナさんの視線が僕を突き通した瞬間、体が金縛りにあったかの様にぴくりとも動かなくなった。音も熱さも全く感じなくなり、ただただ自分のこめかみから伝わってくる拍動に支配される時間が一秒、二秒、三秒と流れ――。


「――イザム兄様!」


 消えた時と同じ様に、全身の感覚は突然戻ってきた。地面に膝をつき、荒く息をつく僕の目に映ったのは踵を返すレナさんだった。彼女はそのまま……村の出口へと歩いて行った。


「レナさん……」


「イザム兄様、しっかりなさって!」

 

 僕はブリリアントが差し伸べてくれた手に捕まり、どうにか立ち上がった。ブリリアントは白い顔をしていたが、それはどうやら僕を心配してのことだったらしい。ホッと微笑む彼女に、僕は尋ねた。


「ブリリアント、火事を見ても平気なのですか?」


「……。 これは神聖なる”浄化の炎”ですもの。 怖がるなど、とても……」


「浄化の、炎……?」


「……全ての禍を無に帰す、不死鳥の乙女の技だ」


 ブリリアントが漏らした聞きなれない言葉に反応した僕。その疑問に答えたのは、オル君だった。


「……良く見てみろ、イザム。 レナの炎は、何一つ燃やしてなどいないんだ」


「――!」


 オル君に言われた通り、燃えているはずの物を見た僕は驚きに目を見開いた。炎は確かに村全体を、文字通り覆っていた。しかしそれは、まるで初雪の様にそっと上から被さっただけに過ぎないのである。


「……呪いを解くだけならまだしも、ほとんど黄泉の国に踏み入れていた人間を輪郭を壊すことなく再生させるのにはレナの力を持ってしても無理だ」

 

 オル君はそう言って、目を細めて村を見渡した。


「……だからレナは、この村を封印することにした」


「封印……」


「……ああ。 時が来て、呪いが消え去るまで……この炎は村を守り続ける」


「で、では! 呪いが解けた時、この人たちは復活するのですか……?」


 期待を込めた僕の質問に、オル君は目を伏せた。


「……レナの力を持ってしても無理だと言っただろ? この村が復活することはあっても、一度死んだ人間が蘇ることはない。 ……俺たちを除いてはな」


「……」


 望んでしまった後の喪失感に勝る物を、僕は知らない。先ほどよりもよほど大きな悲しみが、僕を支配していく。咄嗟に口をつい出たのは、否定の言葉だった。


「でも――」


「……とにかく俺たちも、早くここをでるぞ」


 しかし僕の言葉を遮るように、オル君は僕の背中を押して出口へ向かうよう言った。


「……俺達が力を合わせても、レナには適わない。 この世にありながら、人の生死すら決める力を持つ”神”。 それが、レナなんだ」


「……」


 僕に話しかけると言うより、自分自身に言い聞かせる様なオル君の呟き。


 ――理解は、出来ます。 でもどうしても、心がそれを良しとしない……。


 そっとブリリアントを見ると、彼女も何か考えているかの様にじっと俯いたままであった。


 出口で待っていたレナさんと合流し、再び四人で歩き出した時……。ブリリアントが僕にだけ聞こえる様にそっと、耳元で呟いた。


「私は不死鳥様もきっと、お泣きになっていたのだと思うんです」


「……え……?」


 しかし僕が振り返ると、ブリリアントは黙って笑うばかりでそれ以上何も言わなかった。


 ――レナさんが、泣いていた……?


 ブリリアントの言葉を反芻しながら、僕は燃えた村を後にした。

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