殺意
「……レナ」
「ああ、気が付いている」
その日は珍しく、朝から良い天気が続いていた。誰もはぐれることも無く、細い山道を四人縦に並んで歩いている最中のこと。ふいに前の二人の間で、こんな会話が生まれた。
「――イザム兄様」
「ええ、僕もやっと気づきました」
正直なところ、言われなければ掴めなかっただろう本当に小さな気配。他の三人の感度に舌を巻きながら、僕はそっと服の下に隠した水龍のナイフを握った。
「……俺達の前に誰かいる。 ……四人だな」
「この先に、森が途切れて開けた場所がありますわ!」
「もしかして、そこに僕達を待ち伏せしているのでは……」
「良い度胸だ。 このまま進むぞ」
レナさんはそう言うと、自ら罠に飛び込むかの様に歩みを速めた。僕達は遅れを取らない様に小走りになり、その後を見知らぬ足音が追いかけてきた。
――ただの旅人の方でしたら良いのですが……。
僕は考えにくいと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。しかしその期待は、オル君によってあっさりと破られた。
「……気を付けろ。 四人中三人が弓矢を構えた」
僕達の緊張感はぐっと、高まった。明確な敵意があると言うことは、何かとても警戒心の強い集団なのか、僕達を狙った追剥なのか、それとも――。
ブリリアントが言った開けた場所は、突然現れた。
――!
僕達は……。自分に向けられた矢じりを前に、その場に突っ立った。
「お、お前達は……不死鳥の乙女と、そのお供だな!?」
そう言う様に打ち合わせでもしていたのか、リーダー格の、唯一弓矢を構えていない男が震えながらそう言った。
――僕達の正体を知って……!
「だとしたら、何だと言うのだ?」
レナさんは全くの冷静そのもので、逆に威圧するかの様に聞き返した。
「お、大人しくここで捕まれ!」
「……」
レナさんは何も答えず、男達をじっと見つめた。
「直接呪術は掛けられてはいない様だな」
「……だな」
「どうしましょう」
「とりあえず、話し合いで解決しないかどうか見てみましょうよ」
僕たちがひそひそしゃべっている間にも、男達の苛立ちは傍から見ても分かるほどに膨れ上がって行く様だった。僕が特に気になったのは、向かって右端の一番若い男だった。ニキビの目立つ彼は、顔を赤くして、その手はぶるぶると震えている。
――もう、限界が……。
僕がそう思った、まさにその瞬間だった。
――!
「イザム兄様!?」
「……イザム!」
僕の足元に向かって風が吹き抜けた。しかしそれは、風とは比べ物にならない程禍々しい、弓矢――それも――。
「これは、毒矢……ですね」
僕は膝を折り、絶対に触れない様に注意しながら飛んできた矢じりを慎重に見た。
「これは……この地方にしか生えないトリリカブトの毒です。 かなり致死性が高く、触れただけで五分もあれば体が痺れて動けなくなってしまうでしょう」
「――そんな!」
「……見かけ倒しじゃなかったのか」
青ざめるブリリアントと、眼光を鋭く光らせるオル君。
「どうだ、これで分かっただろう! 俺達はほ、本気なんだ!」
そう言って、次の矢をつがえる男。
「ば、馬鹿! 当たったらどうするんだ!」
「不死鳥の乙女以外は、殺しても構わないんだ!」
「そうだそうだ! 早くしなきゃ、もうあいつが……」
――あいつ……?
リーダー格の男は慌てた様に仲間に怒鳴ったが、誰も聞いてはいなかった。僕は男の一人が漏らした言葉が気になりつつ、今さらの様に殺意を向けられたことに鳥肌が立っていた。そんな時――。
「お、おい! 何をしているんだ!?」
男達は弓矢を引いたまま、全く違う方向を見ていた。その視線の先には――レナさんがいた。なんとレナさんは、背負っていた荷物を地面に置くと男達に向かって一歩一歩歩み寄って行くのだ。
「と、止まれ! 止まらないと撃つぞ!?」
「馬鹿野郎! 殺すなってば!」
「うわああああ!?」
焦った男達はついに、その手を離してしまった。
「……レナ!」
「――不死鳥様!」
「――レナさん!」
僕は思わず、レナさんの方に駆け寄ろうとして――。
「五月蠅い」
レナさんはそう言って、右手を前に出した。たった、それだけだった。
――!
三本の矢は、目標に到達する前に炎に包まれ燃え尽きた。
「……」
「……」
「……」
かつては矢であった炭は、地面に音も立てずに落ちた。男達は……戦意を削がれ、地面に膝をついた。
敵も味方も、誰も一言も発さなかった。その場の空気は、全てレナさんに支配されてしまった。
――強い……。
僕の額から汗が、零れ落ちた。




