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不死鳥の乙女  作者: ren
傀儡の旅人
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再生の力

 精霊の村を出た僕達は、レナさんの言う通りに紫の国を目指して邁進していた。


 緑の国から紫の国に移動するには、一旦青の国に出た後、さらに赤の国に入ってから紫の国に向かう必要があった。つまり旅の行程のほとんどが、山を越えるという過酷なルートだったのだ。しかもレナさんの進む速度は、僕と二人で旅を始めた時の倍程。旅慣れぬブリリアントには相当厳しい物であったはずだが、彼女は遅れをとりまいと必死についてきていた。


 そして――。レナさんは已然として、元のレナさんには戻ってくれなかった。相変わらず僕達とは必要最低限の会話をすることもなく、彼女は一度も後ろを振り返らずに先頭を歩き続けた。


 今日も今日とて、険しい山道を進んでいた僕達。レナさんのすぐ後ろを疲れを知らないオル君が歩き、どうしても遅れがちになるブリリアントを振り返りながら僕がその後に続いていた。特に今日は、山を登り始めたばかりでずっと急な斜面を登り続けているので速さの差は歴然だった。


「ブリリアント、大丈夫ですか?」


「……ええ。 大丈夫、ですわ……」


 斜めに生えている太い木に捕まりながら、道とは呼べない道を必死で進む彼女はどう見ても“大丈夫”そうではなかった。僕は少し来た道を下って、彼女に手を差し伸べた。


「申し訳……ありませんわ……」


「気にしないで下さい」


 荒い息をしている彼女に、僕は代わりに持ってあげている水筒を差し出した。素直に受け取り、白い喉をごくりと鳴らす彼女。僕はふと、その足に目線をやった。


「ブリリアント、その足はまさか――」


「……」


 何も言わないブリリアントに、僕は失礼しますと断ってからその足に触れた。左の足首に比べ、右の足首がわずかに腫れて、熱を持っていた。


「いつから、ですか?」


「その……前に休憩を取った直後に、枝に足を取られてしまいまして……」


 申し訳ありません、と俯く彼女に僕は眉をひそめた。


 ――かなりの間、無理をさせていた様ですね……。


 僕は上方を振り返って、休憩出来そうな場所を確認すると指さしてブリリアントに言った。


「こちらこそ、早く気付かなくて申し訳ありません。 あの岩のところまで、何とか歩けますか?」


 ブリリアントは恐らく、骨折等ではなく捻挫だった。しかし治療しなければならないことに変わりはなく、とにかく座れる場所が必要だったのだ。


「ええ、勿論ですわ」


「もう少しですから、頑張ってくださいね」


 僕は出来る限り、ブリリアントが右足に力を入れずに済む様に手を貸しながらその場所を目指した。


 ようやくブリリアントを座らせた後、僕はそこら辺に落ちていた太めの枝を使って足首を動かない様に固定した。


 ――本当は、安静にして冷やしておくのが一番良いのですが……。


 レナさんはきっと待ってはくれないだろうし、何よりブリリアントが、休むのを良しとはしないことは分かっていた。


 僕は気持ちだけでも軽くなれば良いと、湿布に使われる薬草を配合した軟膏を腫れている部位に塗った。


 勿論能力を使うことも考えたのだが結局対処療法しか出来ないので、同じ結果に終わるならば自分の負担が少ない方を選んだのだ。


「さあ、これでいくらかマシにはなったでしょう」


「本当にありがとうございます、イザム兄様」


「レナさんに追いついたら、今日はこれ以上進むのを止めて貰う様言いましょう」


「で、ですが……」


「痛む足を無理やり動かすより、しっかり治してしまった方が結局は速く進むはずですよ」


「……。 申し訳ありません……」


 俯く彼女の手を取り、僕はその目に涙が溢れるのを気付かない様にして立つように促した。


「行きましょう、ブリリアント」


「はい、お兄様!」


 急にから元気になったブリリアントを支え、僕は険しい山道を登った。結局、レナさんとオル君に追いついたのはそれから二時間程歩いた後のことだった。


 普段はこれからさらに距離を稼いだ後に夕食の準備を始めるのだが、いつまで立っても現れない僕達を一応は心配してくれたのか二人は野営がはれそうな開けた場所で待ってくれていた。そればかりか、すでに食事――立派な兎の丸焼きのみだが――を用意してくれていた。


 無表情で火加減を見ていたレナさんは、ブリリアントを見るとパッと立ち上がり――。


「足を出せ」


「え、あの――」


「良いから出せ」


「は、はいっ」


 ブリリアントをその場に座らせると、木の枝を固定した包帯をくるくると解いて行く。


「……」


 僕はその勢いに負けて、何も出来ずにその場に突っ立っていた。思考力が戻ってきた頃には既に、ブリリアントの赤くなった足首が空気にさらされていたのだった。


「あの、レナさん――」


 僕が何をやっているのかと尋ねる前に、レナさんはブリリアントの足首をおもむろに掴んだ。


「――っ!」


 その瞬間ブリリアントは顔をしかめたが、それはほんの一瞬だった。レナさんが手を離した時には腫れはすっかり引ききり、元に戻っていた。


 ――再生の、力……。


「あ、ありがとうございます!」


 ブリリアントの声には答えずすっと立ち上がったレナさんは、僕に包帯を手渡すとこう言った。


「次からは、私を呼べ」


「……はい」


 ――……どうしてでしょうか。 これは最善の結果のはずですのに、何故かこう、もやもやと……。


 薬師として、水龍の遣いとしてのプライドを傷つけられたと感じている自分が少し恥ずかしくなって、僕は火から少し離れた場所でいつも以上に丁寧に包帯を水洗いした。


 ――僕に力があれば……。


 木々の間から見える夜空に向かってそう思いながら、僕は秘かに溜め息を吐いたのだった。


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